私が思うツインレイの統合の瞬間|サインや合図より大切なこと
私が思うツインレイの統合の瞬間ってなにって言ってしまうと、
“自分として生まれてきたことに、違和感を持たなくなること”
だと、思ってるんですよね。
そもそも統合の“瞬間”っていうとね、なんかその時からバラ色の人生に切り替わったみたいな、ツインレイと結ばれてハッピー!みたいな、そういうイメージを持たれているかもしれないんですけど、
そういうことじゃないんですよね。だってそもそも生きてる限り統合って続いていくし、自己統合って死ぬまで続いていくので。
統合の瞬間って言ってしまえば、人生の中で何回も訪れるんじゃないかなと私は思ってるんですけど。だからそんなに劇的なものとかね、すごくドラマチックでロマンチックなものだとは私は捉えてなくて。
なんか調べるとね、「執着がなくなる」とか「一体感やつながりを感じる」とか「無条件の愛に包まれる」とか「真実の愛に目覚める」みたいな書き方をされてるなぁっていう印象を受けたんですけど。まあそれもね、一部を切り取って表現しているにすぎなくって。
つまり統合って結局どういうことなの?っていうと、
“自分が自分であることに納得した状態”
その感覚にたどり着くことなんじゃないかなって、私は個人的に思ってるんですよね。
やっぱりね、ツインレイと出会うって、すごい衝撃ですから。生まれ直しを強制的にさせられるようなステージに入るわけで。否応なしに自分の人生を振り返ったりとか、インナーチャイルドと向き合ったりとかってことをさせられるんですよね。
だからこそ統合の瞬間って言えるのは、自分が自分として生きていることに対する納得感を持つ、ってことなんじゃないかなって思ったんですよね。
いろんなあぶりだしがものすごい起きて、抱え込んでいた思い込みとかとらわれとか、信じ込んでいた価値観とか常識とかも一つ一つほどいて、一つ一つ向き合って、一つ一つ見直していって。
本当の自分として生きるために妨げとなるようなものと向き合って、そのたびに和解したりとかね、受容したりしながら。また相手との関わりの中で何度も何度もあぶりだされて、その度に何度も何度も向き合って、癒して、統合してっていうのを繰り返してきて。
それがツインレイプログラムだと私は思ってるんですけど、そういうことをくぐり抜けてくると、最終的に「統合の感覚って何?」「統合の瞬間って何?」って聞かれると、“自分であることへの納得感”ってところに落ち着くんですよね。
自分として生まれてきたことに納得感があるから、自分の中に愛を見出すことができて、ありのままの自分をすべて受け入れた状態で、自分の人生を歩めるようになる。
それが広がって、ワンネスの体感を得られるから、相手と一体感とかつながりを感じられるし、自分の中に愛を見出す。
これまで起きたことすべてね、相手に対してもそうだし、相手との関わりの中であぶりだされたいろんな醜い感情とかトラウマとか、全部ひっくるめて「そこには愛があったんだ」っていう気づきとか悟りに到達したからこそ、無条件の愛に包まれる感覚がするって言えると思うんですよね。
だからよく言われてるような「相手に執着しなくなる」とか「ガラッと価値観が変わる」とか「安心感とか一体感を感じる」とかっていうのは、その状態の一側面を切り取っているにすぎなくて。
本当の統合の瞬間っていうものは何なんだろうって考えると、私が実体験から導き出した答えが、ただ自分であることに対する納得感とか、心の底からの腑に落ちた感覚なんですよね。
「自分がこれまで歩んできた道のりはすべて必然で、自分が選んできた選択もすべて間違いではなかった。」
「自分の人生に起きたことはすべて意味があったことだった。それがあったから今の自分になれた。自分は本当の自分に戻ってこれた。」
っていう。
だから最初にも言ってるんですけど、なんか“瞬間”っていうと、その時を境にしてビフォーアフターですごい劇的に変わったみたいに捉えられてるかもしれないんですけど、全然そうではなくて、あくまでもその延長線上なんですよね。
積み重ねの延長線上で、あるときふと
「この自分として生まれたからこそ、愛の存在として目覚めることができたんだ」
っていう腑に落ちた感覚。
だから統合のサインとか前兆ってよく言われてはいるんですけど、まぁ強いて言うならば、「自分責めの癖がなくなった」とか「誰かや何かに期待したり見返りを求めなくなった」とか「自分の幸せを誰かや何かに預けることがなくなった」とかなのかなって。
どうしてもサイレント期間って呼ばれるような状態のときって、「どこに向かっているのか」「自分と相手は今どういう状態なのか」「相手はどう思ってるのか」って連絡がとれない状態になると、
自分の歩んできた道のりが正しかったのかとか、自分がした選択は間違いじゃなかったのかっていうところで、不安になっちゃうとは思うんですけど。
だから統合の瞬間っていうと、ありのままの自分を受け入れ、この自分で生きていくって目覚めること、決意すること、覚悟を持つことなんじゃないかなって思うんですよね。
だからよく「テレパシーやエネルギー交流で相手と深く繋がりを感じる」みたいに言われたりしてるんですけど、まぁそれがあったとしても、それはほんの一部にすぎなくて。大して重要じゃないと私は思ってるんですよね。
ツインレイとシンクロが増えるとか、エンジェルナンバーをよく見るとか、そういうこともよく言われたりしてますけど、それは本質じゃないと思っていて。
結局は統合って、自分に還っていくことにすぎなくて。外側からの承認を基準にしている限り、統合っていうのは起こり得ないなというふうに感じていて。
現実って内側の投影にすぎないので、いくら外側の世界で「統合したんだ」っていうサインとかをキャッチしたとしても、自分が自分を否定してたりとか、自分が自分を満たせてなかったりとか、寂しさや飢餓感を無視した状態だったりとか。
あと男性性が女性性を抑圧している状態とか、いろいろあると思うんですけど、そういうまだ自分の中での不一致とかズレがある状態だと、統合したとは言えないわけで。
ツインレイ鑑定とか占いとかカウンセリングとかで言われたりとか、もしくはサインとしてシンクロとかテレパシーとかがあったとしても、それで統合したかどうかは分からないし、それは統合の合図とは言えないんじゃないかなと私は思ってるんですよね。
くり返しになりますけど、外側の現象に統合した状態を見出そうとしても、自分の中で自分の人生に納得していないとか、まだ何か見ない部分があったりとか、ちゃんとトラウマと向き合えてないとかっていう状態だったら、意味がないんですよね。
逆説的になっちゃうんですけど、統合してる人ほど統合のサインとか統合の証とかを気にしない。もはや知る必要がないっていうか、外側の世界に答えを求める状態ではないので。
だから言ってしまうと、統合の瞬間ってなにって思う時点で、まだ統合してないんですよね。だって、何かとか誰かの情報を使って確認したり安心したいっていう気持ちがあると思うので。
本当に統合した瞬間を迎えたならば、統合しているかどうかなんて気にならないし、もちろん相手のことも気にならない。ただ自分がどうやってより幸せに、より楽しく今の自分で暮らしていけるかっていうことだけに関心がある。
だから「自分としてどう生きていくか」ってことだけに興味が向くんですよね。統合すると、自分以外のことはどうでもいい。もちろんそれは、自分さえ幸せであればそれでいいということではなくてね。
自分がどういう在り方でいれば幸せなのか、っていうことだけにフォーカスが向いてて、誰かとか何かの反応とか評価とかに依存しなくなる。一切気にしなくなる、っていうのが「統合」だと私は思っているんですよね。
あくまでも私個人の感覚でいろんな定義を持ってる人もいると思いますので、一つの参考程度にしていただければと思います💐
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