怒りの感情とどう向き合うか
私の母は発達グレー(ASD)ではないかという前提で記事を書いています。医療機関から正式に診断されたわけではありません。その点ご了承いただければ幸いです。
先日、めずらしく母が激怒していました。
久しぶりに何事だ!?というくらいキレ散らかしていたので、次の日にわけを聞いてみました。
すると、母が使っていた化粧品を姪っ子が母の部屋から勝手に持っていったことが原因でした。
ここまで読まれた方は、“え、そんなことで?”と思われたかもしれません。
おそらく姪っ子自身が“え…そんなことでそんな怒る…?”とびっくりしたと思います。
母自身も、他のものならいいけどその化粧品だったから…と言っていました。
そこで私は、なぜそこまで母が怒り狂ってしまったのか考えてみました。
理由1:ルーティーンを崩されたから
母には、お風呂から上がってからその化粧品を使い、その後テレビを見るという決まったルーティーンがありました。
しかしその化粧品がないことで、軽くパニックになってしまったと思われます。
母はテレビにもろくに集中できずに、その化粧品を探していたそうです。
その化粧品はただのメイク落としで、はたから見たら薬などと違い命にかかわるものではないので
ないならないで“しかたないか~”とやりすごせばいいのでは?と思われるかもしれませんが、
そうできる人とできない人が、世の中にはいます。(どちらかというと、私もできない方です)
母は、自分の中でできあがっているルーティーンが崩されてしまうのがイヤなのです。
お風呂上りにはかならずその化粧品を使うことがセットになっているのです。
だから、その化粧品がないと、次の行動にスムーズに気持ちよく移れないのです。
しかもその日は、他の家族にお風呂をゆずったために見たいテレビが始まるまであまり時間がありませんでした。
かなり短い時間で普段のルーティーンをこなさなくていけないというストレスがあり、余計にパニックになってしまったようです。
理由2:自分を責めてしまっていたから
普段自分の使っているものがなくなったら、普通は自分をまず最初に疑います。
どこかに置きっぱなしにしたのか…、もしかして間違って捨ててしまったのか…
そんな思いを巡らす中で、“なんて自分はだらしないんだろう”という、どうしようもない不安と憤りと自己嫌悪に襲われます。
私はここに、母が怒り狂った一番の要因が隠れているように思います。
私の母は、自己肯定感が異様に低いところがあります。
その特性のせいなのか、高学歴で頭がよく、家事を完璧にこなすにもかかわらず自分に自信がないのです。
そしてすぐ、物事を悪い方悪い方へと考えます。
探し物が見つからないと、すぐに“間違って捨てちゃったんじゃないか…”と言います。
そんな自己肯定感が低い状態の母にとって、日常でうまくいかない出来事はすべて、自分を攻撃してくるものになってしまいます。
正確に言うと、その自己肯定感の低さから
うまくいかない現象を利用して、“自分いじめ”のようなことをしてしまうのです。
今回の化粧品紛失事件も、母にとっては自分に対する信頼がゆらぐ重大な出来事でした。
どうして普段使っているモノの管理もろくにできないんだろう。
どうして自分は普通のこともきちんとできないの。
そんな心理から、おそらく自分を必要以上に責めてしまっていたのではないかと思われます。(あくまで私の予想ですが)
そんな化粧品の行方が気になってろくにテレビが見られない状態が続き、番組が終わりにさしかかろうとしたとき
たまたま母の部屋の前を通りかかった姪っ子に聞いてみると
なんと、母が探していた化粧品を自分の部屋にだまって持っていっていたではありませんか。
そのとき母の中では、それまで胸に渦巻いていた
不安
憤り
自責の念
自己嫌悪
それらのすべての感情が、無駄だったことを思い知らされます。
そこで、
どうして私にこんなつらい思いをさせるの!!
おかげで予定は狂わされるわ自己嫌悪に陥るわ、大変な目にあわされたじゃない!!
という意味で、大爆発が起こってしまった。
これが、母が怒り狂った背景なのではないかと思いました。
怒りの正体を知ること
怒りの感情は、とてもやっかいです。
こうして冷静に母の心情を分析していますが
私もつい最近家族に(母ではありませんが)キレてしまったことがあり
自分なりに反省し、怒りの感情とどう向き合ったらいいのか考えてきました。
どんなに伝えたいことがあっても、
それを怒りの感情でコーティングしてしまうと
それをぶつけられた相手には、驚きや戸惑いや不快感や、同じような怒りの感情しかもたらしません。
ここで注目すべきなのは、怒りの感情をぶつけてしまうときというのは、
自分が何に対して怒っているのか、あまり自覚していないということです。
え?自分が何に対して怒ってるのかわからないのにキレ散らかしてくるなんて、タチが悪いんですけど…。
と思われるかもしれません。
しかし人は怒っていても、本当は何に対して怒っているのか、イマイチわかっていない時があります。
なんとなくイヤ。
なんとなく嫌い。
なんとなくムカつく。
そんな感覚で、頭で理解する前に心で感じてその感情を人にぶつけることで初めて、
あ~こういうところがイヤだったんだ
あ~こういうところに腹が立ったんだ
とわかるのです。
けれど、それでは手遅れになってしまいます。
また、怒るということは、怒られる方はもちろんですが
怒る方も傷つきます。
自分の怒りの感情に、自分の心が傷つけられるのです。
怒りの炎で自分自身が火傷するようなものです。
怒りは、本人にとっての救済やガス抜きになるようで、必ずしもそうはなりません。
怒ることで、さらに自己嫌悪が進んでしまうのです。
特に、自分がなぜ怒っているのか自覚しない“意図しない怒りの表現”は、
自分の毒が自分のからだ中にまわってしまうような副作用があるのです。
ここで大事になるのは、やはり普段から自分を知っておくということです。
当然のことながら、人によって許容範囲は違ってきます。
母は、普段はおおらかでモノに執着がないので、本人の言うように
何かを勝手に黙って持っていっても怒ったりはしません。
しかし、姪っ子が持っていった化粧品がたまたまルーティーンを構成する重要な要素だったこと、
そもそも、母にとってそのルーティーンを崩されることが何よりも不快で耐えられなかったこと
そして、ただでさえ低い自己肯定感を無駄にゆさぶられたことで、“意図しない怒りの表現”につながってしまったのでした。
この誰も幸せにしない、“意図しない怒りの表現”を防ぐためには、
自分にとって、どんなことをされたら不快に思うのか、怒りを覚えるのか
普段から知っておく必要があります。
ここで、他人軸で考えてしまうと自分の快・不快に気がつきにくくなってしまうので注意です。
はたからみたらそんなこと?と思うことでも、本人にとっては最短で怒りに到達する導火線だったりします。
あくまで自分基準で、自分にとってどんなことをされたら嫌に思うのか、怒りを覚えるのか、自覚しておく必要があります。
私が家族に対してキレてしまった心情を思い起こすと
それは確実に怒る必要がなかったものでした。
ただ、その家族のある行為が自分の中では不快なものとして認識され、
それによって連想されるネガティブな記憶から、私はキレてしまっていました。
しかし本来は、その家族が行ったことと私のネガティブな記憶は一切関係なく、
別々のものとして認識されなければなりません。
それを、さも自分が侵害されたかのように受け取ってしまったがために
私はキレてしまったのでした。
そして、この現象は案外世の中で多くみられるように思います。(あおり運転をする人の心理状態など)
怒りの感情はなぜ大事なのか
自分の中でこの“怒り基準”を自覚しておくことが難しいのは、
世の中になんとなくある、“怒りの感情を持ってはいけない”という共通認識からきているように思います。
しかし、怒りの感情こそ尊重されるべきものだと私は思います。
怒りは、自分の人権を侵害されたことに対する立派な反応です。
自分には何が足りないのか、自分は何を必要としているのか教えてくれる重要なセンサーなのです。
そんな怒りを、
“みっともない”
“子どもっぽい”
“短気”
などとネガティブなレッテルをはり忌み嫌ってしまうと、
そのセンサーの性能を悪くし、自分がどういう状態なのかわからなくしてしまいます。
怒りには、悲しみや苦しみの感情が隠れています。
怒りを否定すると、その悲しみや苦しみの感情も否定し消し去ってしまいます。
その結果、思いもよらないささいなことがきっかけで、“意図しない怒りの感情の表現”を生み出すことになってしまいます。
意図しない怒りにどう対処するか
自分の怒りの感情とどう向き合うのか。
自分の中のネガティブな感情を、どう伝えるのか。
“意図しない怒りの表現”によって相手や自分を傷つけないためには、どうすればいいのか。
そのためには、まず
自分の中での“快・不快”、“大事にしたいもの”、“こだわり”を知ること。(そしてそこに一切の評価はしないこと)
そして
近しい人には、その自分の大事にしている基準を伝えること。
この2つが重要になると感じます。
要するに、自分のトリセツを普段から作っておき、それをまわりの人にも伝えておく、ということが大事なのではないでしょうか。
そしてこの作業は、決して自分の未熟さや幼稚さと向き合うということなのではなく、
自分が本当は何を望むのかを知る、重要で“大人”な作業だと思っています。
これだけでも、かなりスムーズにコミュニケーションができるようになるのではないかと思います。
また、街中などでイラッとしたことがあっても、
“自分にとっては○○が大事だからイラっとしたのだ”
と自分の気持ちを冷静に見つめることで、不必要にイライラすることを防ぐことができます。
実際、今回は私自身が母のトリセツを頭の中で持っていることで
母はただ姪っ子に対して理不尽に怒り狂ったわけでも
その化粧品自体にものすごく執着していたわけでもないということに、気づくことができました。(あくまで私の予想ではありますが)
ということで、まずは私自身がきちんと自分のトリセツを作っていきたいと思います。
そして、キレてしまった家族に対しては出来る限りのケアをしていきたいと思っています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました😊
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