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“普通”の生き方を手放せない繊細さんへ


思えば私は、今まで“こういうことを誰かに言ってほしい”という思いで記事を書いてきました。

いわば、我流のセルフコーチングのツールとして、noteに記事を書いてきたんです。

なので、昔の記事を読み返しては、実践できてないなぁと思い知らされたり、逆に励まされたりしています。おかしな話ですが。

ということで、今日はちょっと自分に対して“喝”を入れる感覚で書きます。

辛口な内容になるので、心身が弱っている方や体調が良くない方はあんまりおすすめできません。

タイトルに惹かれ、“なんとなく行き詰まりを感じている”、“今の現状を打破したい”という方は、読み進めていただけたらと思います。

ちなみに、辛口ではないバージョンはこちら。



さて、

私は最近、自分らしく生きるのに、自分の中にある“プライド”が障害となっていることに気づきました。

本当はずっと前からうすうす気づいてはいたのですが、完全に自分の中で認め切るまでに時間がかかってしまいました。

そしてその根底には、ある図式が頭の中を占めていました。

それは、


普通の生き方ができる=“善”
普通の生き方ができない=“悪”


というものです。


だから、

1日8時間労働で週5日働けない自分は悪だ、とか

疲れやすく気分の浮き沈みが激しい自分は悪だ、とか

成人しているクセに自己管理能力が低い自分は悪だ、とか

とにかく世間一般の価値観を自分に当てはめて、自分をジャッジしていました。

まだ心のどこかで、“満員電車に揺られて耐えながら仕事にいかないといけない”という固定観念があったんです。

自分の中の繊細気質を『自分の足をひっぱるもの』と蔑み、普通の生き方にずっと憧れを持ってきました。



しかし、

繊細気質は“弱さ”じゃありません。


ましてや、“罪”ではないのです。






例えば、喘息持ちで激しい運動ができない人に、“激しい運動ができない人は人間じゃない”と言うでしょうか。言わないですよね。

繊細さんも同じなんです。

繊細気質な人に向かって、“他の人と同じように生きられない人は人間じゃない”とは、言わないはずです。

それなのに私はずっと、

“普通に生きられない自分は人間じゃない”と、自分を責め続けてきました。



繊細さんが手放すべきものは、“普通へのこだわり”“プライド”です。

私は今までずっと、どこか自分の生き方に対して“擬態”している感覚がありました。

つま先立ちでやっと水面から顔がでる深さのプールで、一生懸命呼吸をしているような感覚で生きてきました。

要は、ずっと自分に合わない環境を選んで、無理をしてきたんです。

繊細さんは真面目な性格で向上心があるゆえに、合わない環境でもなんとか一生懸命頑張った結果、適応できてしまうことが多いです。

やれちゃうんです。

できちゃうんです。

だから、自分でも普通に生きられない自分を認められないんです。

“私だって普通に生きれる”というプライドを背負って、なんとか必死に食らいつこうとします。

けどかならずどこかで歪みが起こってきます。

表面上はそつなくこなしているように見えても、実際は常に限界スレスレの状態なのです。

所詮は“本物”じゃないんです。“擬態”しているだけなんです。

私の場合はその歪みが、パニック障害や社交不安障害という形で現れました。




“私だって普通に生きれる”というプライドは、繊細気質を持つがゆえにできた傷やトラウマをカバーする役割があります。

しかし、それは間違った応急処置なのです。

繊細気質であるがゆえにできてしまった傷やトラウマは、繊細気質を否定することではなく、認め受け入れ、育むことで治癒されていきます。



満員電車なんか乗らなくていいんです。

電話なんか取らなくていいんです。

営業なんかしなくていいんです。

これはもちろん、満員電車に乗って電話を取ったり営業に行ったりする仕事を否定しているわけではありません。

ただ、自分の適性を考慮せずに、やみくもに普通の生き方を自分に強いても、自分いじめにしかならないと言いたいのです。

自分に本当に合った仕事なら、電話だって取れるし営業だってできます。

自分にあった、自分が心地よいと感じるやり方でいくらでもできるんです。




満員電車に揺られて会社に行くことが、地に足つけて現実的に生きることじゃありません。

繊細さんにとっての現実的に地に足つけて生きることとは、

自分の特性をきちんと理解した上で、その特性が活かせる働き方を見つけだすことなのです。

どんな場所でも雇用形態でも、それが自分の繊細気質を活かせる場所なら、どんな仕事だっていいんです。



でも、やっぱり普通に生きることにこだわってしまう…。

普通に生きられない自分には価値がないのでは…?と思ってしまう…。

そんな方に聞きます。

自分の繊細気質を無視して世の中で一般的とされる生き方を自分に強いて、誰が喜びますか?

誰が幸せになりますか?誰から認められますか?

親ですか?上司ですか?友達ですか?恋人ですか?自分自身ですか?

あなたの人生は、誰のものですか?

あなたが本当の幸せを感じられない限り、あなたは幸せになることはできません。

人生には限りがあります。他の人のことを気にしている時間はありません。

あなたはあなたの思うように生きていいのです。

あなたが心から安らぎを感じ、心から納得したやり方で輝ける場所が必ずあります。

人と違うことをしてもいいんです。

人と違う方法で幸せになっていいんです。

あなたはあなたに合った方法で、自分を幸せにすることができるんです。

誰の言うことも聞く必要はありません。誰の指図を受ける必要もありません。

あなたはただ、あなたが心地よいと思う方法で、あなたが幸せになれる道を選んでいいんです。

自分が幸せになることを最優先していいんです。

だから、誰よりも何よりもまず、あなたの心の声を最優先に聞いてあげて下さい。

あなたの望みは、あなたの心の中にすべてつまっています。

それに気づいてあげれば、あなたはあなたらしく生きることができるんです。






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