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発達グレー気味な母が“自分語り”をする理由


「いつも“自分語り”ばかりする。」



これは、母が姉の子たちからよく言われている言葉です。

母と暮らして三十数年、私はもう慣れてしまいましたが、

高校生の孫たちは、いつもそのことで祖母である母に腹を立てています。



たしかに、母は会話の途中で“自分語り”をすることがよくあります。

たとえば、

「昨日○○したんだ」

と話をされたときに、私や姪っ子たちは

「そうなんだ、○○したんだ」
「へ~どうだった?」

などと会話を続けたりしますが、母は

「“私は”、この間〇〇をした」

という反応の仕方をします。

もちろん、会話の全部がそうとはかぎらないのですが、

基本、母は自分を主語にして会話をしだすのです。



母はデジタル思考人間だった


この間、テレビがついているリビングで、母と話をしていたとき、

母から話をふられたので、それに答えました。

しかし、母はそのことに無反応でテレビを見始めました。

「…ねぇ、聞いてる?」

すると、返ってきた母の一言が

「ちょっと、今テレビ見てるから、だまってて」


私、ビックリ。


“エー!!あなたが私に話をふってきたから答えたのに、

それにリアクションしないで、しかも『テレビ見てるからだまってて』って、どゆこと!?”

まさに冷や水を浴びせられたようでした。



そうなんです。

母は、いつも自分で話をした時点で満足・・しているので

相手から“同調”や“共感”といった反応を、会話の中であまり期待しないのです。

ひどいときには、母が質問をしてきたのに、こちらが答えたときにはすでに別のことに意識を向けていて、無視されることもあります。



「ちょっと、今テレビ見てるから、だまってて」

こう言われてしまったら、もうだまるしかありません。

会話というのは、たとえ一方が続けたいと思っていても、

もう一方がやめたいと思ったら、もうどうにもできません。


すると今度は、テレビの感想を私に話してきます。

「ねぇねぇこの人ってさぁ…」
「この〇〇が××でさぁ…」

しまいには…

「この△△はいったいなんなの?」

私:プチ―ン(# ゚Д゚)💢

「テレビを見るか、人と話すか、どっちかにしなさい!!!」

「…ハイ( ˙-˙ )」


すいません、記事の冒頭でそんな母にもう慣れたと書きましたが、

ぜんぜん慣れてませんね、反省です。

しかし、私も私ですが、母も母です。


これまでの記事でも、母についていろいろと書いてきました。

そこで、母の会話のスタンスを、こう表現してきました。

いくらボールを投げても、なんだかうまくキャッチしてくれません。
キャッチしてくれても、そのボールに興味をあまり示してくれません。
ふーん、という感じで、そのボールをポイッとそこらへんに放り投げてしまう感じ。



調べると、ヤフーの知恵袋にこんな質問がありました。

発達障害は、何故話が噛み合わないのでしょうか? 話をきく力がないからでしょうか?

Yahoo!知恵袋より

それに対して、こんな回答が。

会話のキャッチボールができないし、するつもりもない。

ボールが飛んできてるのが見えているのに、キャッチすることも避けることもしない。ポケットから別のボールを取り出し、だれもいない方向に投げる。

Yahoo!知恵袋より

完全に同意できるわけではありませんが、言い得て妙なところがあります。

“会話のキャッチボールができないし、するつもりもない。”

たしかに、うちの母もそんな感じです。

ただ、だからといって“愛情がない”とか、“人に興味がない”わけではないのです。

ましてや、“人に言われたことで傷つかない”なんてことも、当然ながらありません。
(これについては、反省の意味もこめて別記事で詳しく書こうと思います。)


ただ会話のスタイルが、ほかの家族とかみ合わないのです。

会話をキャッチボールにたとえるならば、母はバッティングマシーンのような感じ。

どんな球が返ってきても受け止めることなく、ただひたすら自分を主語にして機械のようにボールを投げまくる。

もちろん、母に共感してもらったり、はげましてもらったこともないわけではありませんが、

母はこの“自分語り”が、基本の会話スタイルなのです。


そんななか、脳研究者の池谷裕二さんと作家の中村うさぎさん共著の、『脳はみんな病んでいる』という本に、興味深い記述がありました。

精神科医の方をゲストに迎えた第六章にて、

たとえば、「お前のことが好きだよ」と言われたときに、普通はすぐに「ありがとう」とか「私もだよ」と返します。アナログ思考の人は、細かいことまでツッコまずに適当に調整をして「好き」という概念を受け入れるんですよ。自閉スペクトラム症の人は「具体的にどこが好きなのか」とか「百点満点で言うと何点分好きなのか」とか頭の中でデジタルに分析してしまって、相手の言葉をすんなり受け入れられません。

『脳はみんな病んでいる』池谷裕二・中村うさぎ共著より引用


“アナログ思考の人は、細かいことまでツッコまずに適当に調整をする”

これ、アナログ思考な私がいつも母に言うことです。

「そんな真面目に受け取らないで、“へ~”とか、“そうなんだ~”とか、適当に返事しておけばいいんだよ。」と。

しかし母はたいがい、「意味がわからない」と言うことが多いです。


まさしく母の言動は、デジタル思考からきていました。

自閉スペクトラム症の人は「具体的にどこが好きなのか」とか「百点満点で言うと何点分好きなのか」とか頭の中でデジタルに分析してしまって、相手の言葉をすんなり受け入れられません。

『脳はみんな病んでいる』池谷裕二・中村うさぎ共著より引用

上記で引用した部分をまるでなぞったかのようなことを、私は記事に書いていました。

母には、“ボール”よりも“レポート”のほうが、心に響くのです。相手の感情や気持ちなどの主観的な事実よりも、数字やデータなどの客観的な事実が載っているほうが、相手から受け取る情報として認識しやすいし、好きなのです。



高学歴だけど受容・共感・支持ができない母


ここまで書いてきてなんですが、母が発達障がいを抱えているのかは断定できません。

児童の障害福祉に携わった経験と、個人的な考察から導き出していますが、あくまで推察にすぎません。

そんななかで母を発達グレー気味と表記することも、適切ではないかもしれません。

ただそれよりも大事なのは、母の特性を理解することだと考えています。


高機能自閉スペクトラム症の人は高い知能だけでなく、並はずれた集中力があるので、試験勉強に没頭するとハイスコアを取るんですよ。自閉スペクトラム症候群の人は、システマティックに試験が設計された学歴社会では高得点を取りやすいのだと思います。一人で黙々と挑むことのできる「受験」という制度には、性格的に向いている。(中略)ただし、試験勉強ができるかどうかは、賢いかどうかとは別です。

『脳はみんな病んでいる』池谷裕二・中村うさぎ共著より引用

母は頭がよく高学歴です。くわえて、母の兄弟もみな高学歴です。

いたって常識的で、家事もわりとそつなくこなします。孫たちに持たせるお弁当も、毎回手づくりにこだわります。

しかし、一見そういう“完璧で非の打ち所がない”ようなところが、

母の会話における“自分語り”スタイルの異様さを、浮き立たせてしまっているのです。

それは、会話の中で受容・共感・支持をする能力が、圧倒的に欠けているということです。

アナログ思考人間にかこまれ、共感のスタンスを示せない母は、

家族から毎度腹を立てられたり責められたりしても、デジタル思考をつらぬこうとします。

そういうところが、“賢いかどうかとは別”なのでしょう。


もちろん、そんな母を責めているのではありません。それが母なのです。

ただ、母自身が自分のことをよくわかっていないようなので、

ほかの家族が、母のことを理解するほかないのです。

私は、母となぜ話がかみ合わないのか長年悩んできましたし、

理解できないゆえに、かなりひどい言葉も浴びせてきてしまったように思います。

けれど最近になって、母のことがだんだんわかってきました。

母はデジタル思考なのだ。ただそれだけなのだ。

だからといって、くりかえしになりますが、

私たちに愛情がないわけでも、興味がないわけでもない。

ましてや、母が共感せずに思ったことを口にしてしまって不本意に私たちを傷つけるからと言って、

母自身が、人から言われたことに傷つかないわけでもないのです。



ここまでいろいろと考察してきて、この記事のタイトルの『発達グレー気味な母が“自分語り”をする理由』を考えてみると、

それは、“母なりの共感”ということがいえるのではないでしょうか。


「昨日○○したんだ」と家族から言われたら、

母は母なりに自分の中で連想をして、「私はこの間○○した」と答えるのです。

母は母なりに、会話をしようとしているのです。それが母にとって、いたって普通のスタイルなのです。

ただそれが、相手の話したことへの反応ではなく、

自分が主語になる“自分語り”になってしまうので、どうしても家族から反感を買ってしまいます。

なんとも歯がゆいものです。

だいたい、このことに気がついたのはつい最近のことなのですから、

私たち家族の間で、これまでに相当なディスコミュニケーションが起こってきたことになります。

そう考えると、かなりの損失です。

そこに悪意はないのです。誰も悪くはないのです。

今現在も、家庭のみならず、職場や学校などでこのようなことが起こっているのかと思うと

相当な数の誤解やすれ違いが存在しているといえます。

実際私はこれまでの職場で、母に似た性格・・の人が孤立しているのを見たことがあります。

私の母のように、

本来は傷つかなくてもいい人や悪者にならなくていい人が、

誤解されたり、後ろ指をさされたり、仲間外れにされてしまっている現状が

あちらこちらであるのではないか。

ちょっとのボタンの掛け違いによって、引き起こされた誤解やすれ違いが、

この世の中にたくさんあふれている気がします。


けれど、これまで家族の問題でいろいろと悩んできましたが、

少なくとも私は母のおかげで、自分とは違った立場の人の気持ちを、少しは考えられるようになれたと思います。




軽い気持ちで書き始めたら、なんだかあれもこれもと長くなってしまいました。


この記事が、少しでもどなたかのお役に立てれば幸いです🍀





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