見出し画像

転職経験3回で気づいた“真面目”の落とし穴


「スイさんは真面目だね。」


私がよく言われる言葉です。

「スイさんって、おもしろいね。」

こうも、よく言われます。


自分は、“真面目”で“おもしろい”キャラ

そんな自分がとても気に入っていました。


けれど最近、この自分の真面目さが、今まで仕事をする上で障害になってきたのではないか

そう思いはじめました。


そもそも、真面目ってなんだろう

そもそも真面目とはなんでしょう。

よいイメージとしては、

完璧主義、妥協しない、芯がある、信頼されやすい、コツコツとりくめる、丁寧、忠実、誠実

そんなところでしょうか。

また、ネガティブなイメージとして、

融通がきかない、こだわりが強い、抱え込みすぎる、冗談が通じない、柔軟性がない、臨機応変に対応できない

などがあるかと思います。

これを、自分が仕事をするうえで簡単におきかえてみると、


仕事は一生懸命がんばるけど、そのぶん理想が高く人一倍やりがいを求めがち


これが今までの自分をあらわすのにピッタリ当てはまりました。


自分に“はなまる”があげられない

真面目でいることって、正直言って疲れますよね。

あなたが勝手に真面目になってるんだから、それで疲れるって言われてもねぇ。

…ええ、おっしゃる通りなんですよ。おっしゃる通りなんですけれどもォ…。


けれど人って、真面目になりたいから真面目という訳ではなく、

HSP気質だったり、アダルトチルドレンの背景を持っていたり、

小さいころからの思考のクセがあったりして、ついつい真面目になりすぎてしまうことがあると思うのです。

真面目の始まりは、優しい気持ちからだったり、毒親から身を守るためだったり、承認欲求のためだったりと、さまざまなんです。


こういうときの何が苦しいかって、自分に“はなまる”をあげられないことなんですよね。

真面目や完璧主義な人が、よく“うつ”になりやすいと言われるのは、この“はなまる”をあげられないことが原因のひとつだと思うのです。

いくらがんばっても、自分が自分を認められない。

そんな状態では、苦しいにきまってます。疲れてしまうのも当然です。


やりがいを求めすぎてキャリアをダメにしていた

私はこれまで転職経験が3回あります。くわえて、今現在は無職です。

なんで仕事が続かなかったんだろう。

なんで仕事が見つからないんだろう。


自分としては、前向きな理由で仕事を辞めてきたと思っていました。

最初の会社は、パワハラ社長がイヤで退職しましたが、それ以降は仕事内容が主な理由でした。

“もっと人の役に立つ仕事がしたい”

“もっと人を支援する仕事に就きたい”

そんな思いから、仕事を退職してきました。

けどここに、真面目であることの落とし穴があるのではないか、

ようするに、やりがいを求めすぎてキャリアをダメにしてきたのではないか、ということがわかってきたのです。

こちらの動画では、まさに私のように仕事が続かない人の特徴や、その理由が解説されています。

この動画の終わりのほうの

“やりがいや自己実現を会社に過剰に求めるのはおすすめできません。会社は営利組織なので、そこで働く人は何らかの役割で利益を上げることに貢献すべき存在。無条件の愛情をくれるのは絆が出来た人だけです。ひとつの仕事や職場に依存せずに、職場以外で承認欲求を満たせるように、色んな居場所を持つようにしてみてください。”

という部分が、特に胸に刺さりました。

うわ、めっちゃ当たってるじゃん、と。


私は今まで主に福祉職を経験してきたのですが、仕事に対して人一倍やりがいを求めてきました。

利用者のプライベートな部分にまで踏みこむため、そのぶんほかの仕事よりもやりがいを感じていました。

そして、そんな福祉の現場だからこそ、同僚や利用者から、“無条件の愛情”をもらえることを無意識に求めていたように思います。


本当に自分がやりたかったもの

なんとなくは気づいていたのですが、最近ようやくはっきりとわかってきたことがあります。

私が、仕事で本当にやりたかったこと。

仕事で実現したかったこと。


それは、自分自身を癒すことでした。


人って人に優しくされる・・・よりも、人に優しくする・・ことで

癒されたり、元気をもらえることがあります。

人から「大丈夫?」と言われるよりも、弱っている人や助けが必要な人に「大丈夫?」と聞くほうが、元気が出るんですね。


問題なのは、福祉職についている人みんながみんな、そういう動機で働いているわけではないということです。

動機としてはすばらしいかもしれませんが、それだけではやってはいけません。

それに加え、福祉の現場はつねに人手不足で離職率も高く、過酷な労働環境のところが多いです。

そんななかで、

“やりがいを求めて勝手に人一倍がんばって、勝手に疲れてしまう頭でっかちな人

そして、それが叶えられないとわかると、辞めていく人“

それが、私でした。


“真面目”なあまり“無責任”になっていた

なんでそんなこと利用者に言えるんだろ。

なんでそんなこと利用者にできるんだろ。

なんで一緒に働いている人に対して、もっと優しくできないんだろ。


今まで私は、そう思ってきました。

まわりの人に対して、もやもやしてきました。

そりゃそうです。仕事場で“癒されること”を目的としていたからです。

先輩や同僚がやさしく支援している姿を見て、間接的に愛をもらいたいと思ってきたからです。

もちろん、尊敬できる先輩はたくさんいましたし、基本的にはみんなそれぞれ愛を持って仕事をしていました。

ただ私は、“癒されたい”と思うがあまりに、まわりの環境に対して必要以上のものを期待し、求めてしまっていました。


けと、そんな職場は存在しません。

“それはあなたが今まで働いてきたところがそうであって、もっとホワイトで理想的な職場なんていくらでもあるんじゃない?”

そうかもしれません。

けど、100%完全にイイ人なんて、この世にいません。


仕事は、たくさんの人の価値観や考え方がまざりあって、なりたっています。

当然考え方の違いから派閥もできるし、意見が対立して衝突することもあります。

私のように、人を癒すことで癒されたいと思う人もいれば、そうじゃない人もいます。

同じ職種でも、人はみんなそれぞれの目的があって仕事をしています。

そんな環境の中で、真面目になりすぎて人一倍やりがいを求めても、それは当然リターンとして返ってはきません。

ということが、30すぎてようやくわかってきました。


自分としては、こんな職場では自分のやりたいことを実現できない!という思いでいました。

一生懸命仕事をしていました。利用者のため、ひいては自分のために。


しかし、

あまりにもやりがいを求めすぎると、かえって無責任になってしまうのではないか、ということに気がついたんです。


じっさい退職することによって、私はそれまで自分に懐いてくれたり、信頼してくれていた人たちを裏切ることになってしまいました。

また、自分の働く目的が“癒されたい”というものだったので、“求められていること”と、“自分のしていること”がズレていることもありました。



自分は真面目なのだ

自分はやりがいを求めているのだ

だから自分は悪くない

そう思ってきました。

けれど、それを追いもとめすぎてしまうと、かえって無責任になりかねないということがわかりました。


同じ仕事をしていても、働く動機や目的は人それぞれ。

自分が働くその背景には、自分自身が仕事を通して癒されたいという欲求があった。

なので私は、まず自分自身を癒さなくてはいけない。

でないと、就職しては退職するを繰り返してしまう。

ということに、ようやくたどりつきました。



自分の中の真面目さを、活かすも殺すも自分次第。


ということで、これからは真面目のよさを活かしつつ、仕事が“目的”にならないように生きていきたいと思います。



ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました😊




※2022.4.22 補足の記事を書きました。よかったらこちらもどうぞ↓


いいなと思ったら応援しよう!

Sui -スイ- いつもありがとうございます。いただいた応援やサポートが、活動の励みになっています🌿