この宇宙は「夢の世界」?宇宙とあなたは一つ?「無限」の不思議が導くワンネス体験。ホログラム的世界観で読み解く。部分は全体を映し出す『フワッと、ふらっと、ホログラム宇宙のトランスパーソナル心理学』
1. 自然数と偶数の対応関係からワンネスを感じ取る
自然数(1, 2, 3, ...)と偶数(2, 4, 6, ...)はどちらも無限にあるはずです。
しかし、よく考えるとこれは少し変ですね。
偶数は自然数の半分しかないと考えるのが日常的な感覚ですが、いずれも無限であるとは不思議な感じがします。
自然数と偶数を1対1で対応させた表を下記に示します。

この対応によって、自然数と偶数が一対一で対応し、どちらの集合も同じ「大きさ」を持っていると言えます。
これは無限の世界では、「一部が全体と同じ大きさを持つ」ことが成立する例です。
自然数の半分が偶数なのに、自然数と偶数が同じ大きさだと考えられるのは、このように1対1で対応がつけられるからです。
偶数は自然数という全体の中の一部、部分であるはずなのに全体である自然数と同じ大きさを持つということです。
直感的な感覚が通用しにくいですが、無限の世界では自然数の集合と偶数の集合が同じ大きさだとする「1対1の対応」が成立します。
また、偶数を合計すると自然数の合計の2倍になるという現象も、無限の世界における「部分と全体」の関係を表しています。

この表の10行目までの合計を取ると、自然数の合計は55で、偶数の合計は110となり、偶数のほうが大きくなり、自然数合計はその丁度半分となります。
全体・部分の関係が反転したかのような感覚になります。
このように、無限の世界は「部分と全体が同じ」になりうることになり、
一部は全体を映し出し、全体は一部を映し出すという、
あたかもトランスパーソナル心理学でいう「ワンネス」の世界のようです。

ワンネスとは、
全ては一つ、全てはつながっているという世界観のことで、
トランスパーソナル心理学における「ワンネス(Oneness)」は、
自他の区別が溶け、一体感を感じる意識状態や体験を指します。
これは通常の自己意識を超えて、自分が世界全体や宇宙と深く繋がっている感覚として現れます。
瞑想や深いリラクゼーションの中での感覚、
自然の中での圧倒的な感動や畏敬の念、
宗教的・神秘的体験、
サイケデリック体験や変性意識状態などにより、
「自分」という境界が薄れ、宇宙や他者との一体感を感じられる場合があります。
(参考)
トランスパーソナル心理学における「ワンネス」はこのような特殊な体験からその感覚が得られるものですが、
自然数と偶数との対応関係からもワンネスの世界を感じ取れるかもしれません。
ワンネス体験は、自己超越や統合のプロセスと解釈され、深い癒しや気づきをもたらします。
欲求5段階説で知られるアブラハム・マズローの至高体験(Peak experience)や、
(参考)
トランスパーソナル心理学の旗手であったケン・ウィルバーの「超意識の発達段階」とも関連します。
(参考)
また、フロイト、アドラーと共に三大深層心理学者と称されるカール・ユングの「元型」や「集合的無意識」とも共鳴する要素があります。
(参考)
特に、ユングの「個性化過程」は、ワンネスへ至る道とみなされることがあります。
また仏教の「空」や「縁起」、インド哲学の「ブラフマンとアートマンの一体感」など、さまざまな宗教・哲学においてもワンネスは重要なテーマです。
(参考)
トランスパーソナル心理学は、これらの伝統的な思想を心理学的に再解釈し、体験として統合しています。
(参考)
2. ワンネス的世界観であるデヴィッド・ボームのホログラム宇宙論
ワンネス的な世界観として他に、デヴィッド・ボームのホログラム宇宙論と、
昨今注目が集まっている最先端の物理学理論であるホログラフィー原理があります。
デヴィッド・ボームのホログラム宇宙論は、物理的な宇宙が「ホログラムのような構造を持つ」という考え方に基づいています。

これは、宇宙のあらゆる部分に全体の情報が含まれているという概念であり、

そして物質世界の背後にはより深い秩序が存在するとされます。
ボームは、宇宙を2つの秩序で捉えました。
まずは、物質や現象の背後に存在する、
目に見えない深いレベルの秩序で、
すべての情報や可能性が「折りたたまれている」状態である「暗在秩序(Implicate Order)」です。
宇宙全体はこの暗在秩序(暗在系ともいいます)によりつながっているとしています。
そして、もうひとつは暗在秩序から「展開」され、
私たちが普段認識している物理的な世界である「顕在秩序(Explicate Order)」(明在系ともいいます)です。
顕在秩序では、物体や事象が分離して存在するように見えますが、それは表面的な現象に過ぎないといいます。
ボームは、「宇宙はまず暗在秩序として存在し、それが顕在秩序として現れる」という主張をしています。

ボームの理論は、量子力学の不可解な振る舞いを説明しようとする試みから生まれました。
特に彼は、量子のふるまいを「非局所性(遠く離れた粒子が瞬時に影響し合う)」として捉え、従来の量子論とは異なる「量子的ポテンシャル理論」を提唱しました。
ボームの量子的ポテンシャル理論は、量子粒子が「量子的ポテンシャル」と呼ばれる場によってガイドされるというモデルです。
(参考)
このポテンシャルは、空間を超えて瞬時に作用する性質を持ち、物質間の距離に関係なく相互作用します。
これにより、量子力学の「非局所性(粒子間の遠隔相関)」を説明します。
(参考)
ボームは、量子的ポテンシャルこそが暗在秩序の一例であり、宇宙のあらゆる場所に情報が存在していることを示すものと考えました。
ボームが考えた宇宙論は「ホログラム」の性質にヒントを得ています。
ホログラムは、立体的な3次元の情報を2次元の表面に記録しているにもかかわらず、全体像を再び3次元の立体的な映像として再構築できる技術です。

またホログラムは、レーザー光を用いて2次元のフィルムに3次元の像を記録する技術ですが、
特徴的なのはフィルムの一部分を切り取っても、全体の像が再生されることです。
これは「部分が全体を反映している」という意味で、前述の自然数と偶数の対応関係、無限の集合にも似たような性質があります。
ボームはこのホログラムの性質を、宇宙の構造を説明するモデルとして応用しました。
つまり、宇宙はまるでホログラムのように「部分が全体を含む」性質を持っているというのです。

ボームの宇宙論では、現実は究極的に「一つ」であり、現実は分割できない、分離は表面的な錯覚であるとします。
また宇宙のあらゆる部分が、全体の情報を保持しているため、すべては相互に関連しているとされます。
さらにボームは、意識もまた暗在秩序の一部であり、
物質と深いレベルでつながっている可能性を示唆しました。
3. ワンネス的世界観と最先端物理学理論・ホログラフィー原理
ボームのホログラム宇宙論とは別方向から現れ、
だけれども結果、ボームのホログラム宇宙論と同様、
ワンネス的世界観となっているのが、
昨年末のNHKスペシャルでも取り上げられるほど、
(参考)
昨今注目度が高まっている、
最先端物理学理論であるホログラフィー原理です。
(参考・東京大学YouTubeチャンネル)
ホログラフィー原理は、ブラックホールの物理学や弦理論等から導かれた数学的な枠組みであり、宇宙の構造を厳密に記述するモデルです。
この理論の元になったのは、ブラックホールの情報パラドックスだと言われています。
ブラックホールに物が落ちると、その情報は消えてしまうように見えます。
しかし、量子力学では「情報は絶対に失われない」とされています。
この矛盾を解消するために「ブラックホールの表面にその情報が記録されているのでは?」というアイデアが生まれました。
ブラックホールの表面(境界)には、その中に入ったすべての情報が刻まれていると考えられます。
また「5次元の空間とその境界の4次元の世界が等価である」というADS/CFT対応という考え方があります。
これは、ホログラフィー原理を数学的に表現したものとされています。
この考え方に従えば、高次元の空間とその境界の低次元の世界が等価であるということですから、
(それはあたかも、前述した「偶数は自然数という全体の中の一部、部分であるはずなのに全体である自然数と同じ大きさを持つ」と似た様相になります)
「3次元の空間とその境界の2次元の世界が等価である」
「この宇宙も「ホログラム」のように、低次元(2次元)の情報が高次元(3次元)に映し出されている。」
という考え方に転用可能ということになります。
これらの考え方をもとに私たちの宇宙全体も、
その果ての2次元の表面にその情報が記録されているのでは?
というアイディアが生まれてきました。
ホログラフィー原理は「宇宙にあるすべての情報が果てにある2次元の面に記録されていて、それが我々にはホログラムのように、3次元空間として感じられる。」という考え方です。

映画館のスクリーンは2次元ですが、観客には登場人物や場面が3D立体画像のように3次元空間かのように動いて見える映画が3D映画です。

ホログラフィー原理による世界観では同じように、宇宙の全ての出来事も「2次元のスクリーン」のようなものに記録されていて、私たちはそれを「3Dの世界」「ホログラム」として経験しているというイメージです。

この宇宙、私達が住む世界は「ホログラム」のように、

低次元(2次元)の情報が、高次元(3次元)に映し出されていると考えるのが、
ホログラフィー原理による世界観だといえることでしょう。
ボームのホログラム宇宙論は、物理現象の背後にある哲学的・直観的なモデルであり、
宇宙の深層構造を説明する「メタファー」に近いものでした。
しかし、ボームのホログラム宇宙論もホログラフィー原理も両者とも、
「宇宙のすべてがつながっている」
という共通の視点を持っており、
ボームの考え方は方向性は異なるとはいえ、
ホログラフィー原理の基礎的なインスピレーションの一つとなっていたのかもしれません。
4. この宇宙がホログラムであるなら実体のあるモノは存在しないのか?
もし、私達のこの宇宙がまるで幻想のようなホログラムであるなら実体のあるモノは存在しないのか?
モノがあるように見えているだけか?
あるようで無いのか、無いようであるのか、
あると無いを含んで超えた他の何かなのか?
という疑問が生じます。
大乗仏教のお経である「般若心経」の「空」の思想では、
基本的要素(素粒子のようなもの)の存在と各要素間に成り立つ法則は無いとし、
つまり、基本的要素も非実在である、
現代的な表現をすると素粒子も実在しない、
つまりモノは実在しない、モノの実在性は錯覚である、
それが般若心経の「空」だとします。
(参考)
あたかもホログラフィー原理かのような考え方ですが、
現代物理学においても、
2022年のノーベル物理学賞を受賞した、アラン・アスペ氏らによる実験において、局所実在性の破れが確認されています。
局所性とは、「遠く離れた物体同士は、瞬時には影響を与えない」という考えであり、
また実在性とは、「物体は観測されていなくても確かな状態を持っている」という考え方です。
局所実在性が破れているということは、このいずれかがあるいは双方が破れているということになることでしょう。
ボームは局所性が破れていると考えていたようですが、そうなると光よりも早く情報が伝わるということになるため、
(参考)
過去に原因があって現在の結果があるという因果律が崩壊し、
因果律によっている物理学の崩壊にもつながるとして、
局所性ではなく実在性のほうが破れているとする考え方が多数説のようです。
(参考)
実在性が破れているとすると、
「物体は観測されるまで確かな状態を持っていない。」
ということになります。
「量子力学を突き詰めれば、月を誰も見ていないなら、月はある特定の場所にはいない。誰かが見たときだけ、月の居場が確定する。」とまでいう物理学者もいて、
局所実在論者であったアインシュタインは最後までこのような考え方に納得がいかなかったといいます。
実在性の破れとは言い換えるとつまり、
モノは実在しない、モノの実在性は錯覚であるとなり、
この宇宙は幻のようなホログラムであるというホログラフィー原理の考え方に通ずるものがあります。
このような事実に衝撃を受けたという宇多田ヒカルさんが、その印象を歌にした曲が「何色でもない花」だといいます。
「僕らは幻なのか」というような歌詞がありますが、この部分が、ホログラフィー原理や、アラン・アスペ氏らによる実験で確認された局所実在性の破れによる衝撃を描いたものだと思われます。
昨今の最先端科学における研究結果や実験結果は、
人類の価値観を大きく変えざるを得ないものですが、
感受性の高いアーティスト達はいち早くそれを感じ取っているのかもしれません。
この宇宙は幻のようなホログラムであるという考え方は、
別の言い方をすれば、
私たちは没入型3Dシミュレーションゲームのような世界にいる、メタバースのような世界にいるともいえるかもしれませんし、


イーロン・マスク氏などは実際にそのような信念を持っているようです。
(参考)
私たちの世界がシミュレーションゲームのようなもの、
あるいはメタバースのようなもの、3D映画のようなものだとしたら、

誰がそれをプログラムしたのか、誰がそれを作ったのかが気になるところです。

イーロン・マスク氏らが確信しているとされる、
シミュレーション仮説によれば、
それは高度な技術を持つ何者かによって作られたものだとしますが、
大乗仏教の唯識論によれば、それは自身の心だということになります。
(参考)
アインシュタインの共同研究者で、ブラックホールという用語を広く世の中に定着させた、ジョン・アーチボルト・ホイーラーは、
「宇宙は観測されることで存在が確定する」
という「参加型宇宙論」を提唱しました。
この考えは前述の、
「物体は観測されるまで確かな状態を持っていない」
つまり、「物体は観測されるまで存在しない」、
よって「物体は観測されることで存在が確定する」、
とする量子力学的な発想を、宇宙全体に拡張したものです。
これは言い換えると、
「宇宙は観測されることで自らを創造する」
ということとなり、観測者である私たちが宇宙の創造プロセスに関与しているということから、「参加型宇宙論」と呼ばれています。
「宇宙が自らを作り出し、私たちがそのプロセスに関与している」
という考えは、
さらに、言い換えれば「私たち自身が宇宙の一部であり、同時に宇宙そのものでもある」ことを示していることでしょう。
宇宙は独立した外部のものではなく、
私たちがあってこそ成立する、
私たちが宇宙を観測し、感じ、考えることで、宇宙はその形をとる、
「宇宙=私たち」という非二元的な関係性です。
「すべての存在は意識の働きであり、外界は心の投影にすぎない」
「宇宙そのものが私たちの心の中にある」
とする先に述べた大乗仏教の唯識論的な視点とも響き合う考え方です。
夢を見ている時、
夢の世界は「自分が作り出している世界」でありながら、
「夢の中の登場人物としての自分」は、
夢の世界の一部、夢の世界の住人でもあります。
「自分が夢の世界の一部であり、同時に夢の世界そのものでもある」
ということになり、
「私たち自身が宇宙の一部であり、同時に宇宙そのものでもある」
と同じ図式となります。
「自分が作り出している夢の世界」が「宇宙」に相当し、
「夢の世界の登場人物である自分」が「宇宙の中で暮らす私たち」に相当します。
「参加型宇宙論」は、
夢の世界を創造する自分自身=夢の世界の登場人物である自分
という関係性に似ています。
「宇宙が自らを作り出す」という考えは、
私たち一人ひとりが宇宙の創造の一部であり、
宇宙そのものでもあるという洞察へと繋がります。
「宇宙が私たちを生み出した」のではなく、
「私たちが宇宙であり、宇宙が私たちである」という視点です。
これまで見てきたような考え方に基づけば、
私たちの世界は、
シミュレーションゲームのようなもの、
あるいはメタバースのようなもの、
3D映画のようなもの、
あるいは夢のようなものといえるかもしれません。

なら、同じそのようなものであるのなら、
どうせならそのゲームを、3D映画を、メタバースを、そして夢を、喜びあふれる夢を楽しんでいてみたいものですね。

皆様が素敵な夢をご覧になれますよう。


いいなと思ったら応援しよう!
いつもチップでの応援ありがとうございます!いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます。