【小説】セルフレス9 市街戦
そのときの神戸は何日間も燃えていて、通りはどこもアフリカの夏より暑かった。ぼくは相変わらず体操用のショートパンツ1枚の裸で、おまけに裸足だったが、歩いているうちにからだ中から汗が流れてきた。皮膚からはシューシューと音を立てて湯気が噴き出した。それで初めてぼくは自分が半分凍っていたことを知ったのだった。
1968年の秋の山はひどく寒かったから、裸で歩いていれば凍ってしまっても別に不思議じゃないのだが、そのときまではただ自分の皮膚が寒さに鍛えられて、犀の鎧みたいに分厚く固くなったのだと思い込んでいたのだ。
「やれやれ助かった」とぼくは通りで声に出して言ってみた。「危うくぼくも冷凍されてしまうとこだった」
街には人がたくさん出ていたが、誰もぼくの話を聞いていなかった。通りすがりにちょっとぼくの恰好に目を止めるくらいで。1968年でも、寒い秋の夜に裸で街を歩いているというのはあんまりまともじゃなかったが、その頃の神戸の夜はなんとなくそれが許されるような雰囲気だったのだ。だから誰も「おい、そんな恰好でどうした?」と声をかけてくれたりしなかった。あるいは、「そんなに湯気を立てて熱くないかい?」とか。
おかげでぼくはすごく孤独だった。
「もっともからだが溶けてきたからといって、あんまり安心してちゃいけないんだけどね」とぼくはさらに大声で言ってみた。「なにしろ総愛学院の冷凍鹿は、みんな解凍されたとたんに死にたくなって、わざわざ人間に殺されに行っちゃったんだから。鹿たちは自由になって初めて自分が半分死んでたってことに気づいたんだ。そういうとき、普通は喜ぶはずなのに、あいつらときたら生きてることが恐くてしかたなくなってしまったんだ。それはとても不健康なことじゃないかな?」
相変わらず人は誰もぼくの話を聞こうとしなかった。ぼくは通行人の腕を掴んで引き止めてみた。
「なんだい、急に?」とその通行人が言った。
「冷凍鹿のことなんだけど」と言ってぼくは口ごもってしまった。なんだか自分がとても馬鹿なことをしてるような気がしたのだ。
「冷凍鹿がどうしたって?」
「いや、いいよ」そう言ってぼくは行こうとした。
「よくないよ」と通行人は言い、ぼくの腕を掴んだ。「冷凍鹿がどうしたんだ?」
「きみにはあんまり関係ない話かもしれないよ」とぼくは言った。
「人間にとって関係ない話なんてあるのか?」と通行人は言った。「人間にとっては世界のすべてのことがとても大切なんだ。そうだろ?」
「そうだね」とぼくは言いながら目をパチパチさせた。なんだか面食らってしまったのだ。そんな風に人の話に耳を傾けてくれる通行人がいるなんて思いもよらなかったからだ。考えてみれば、1968年の夏まで、神戸にはそういう人間が溢れていたはずなのだが、わずか2か月足らずのうちにぼくはそういうことさえ忘れかけていた。
「でも、冷凍鹿って知ってる?」ぼくは恐る恐るきいた。
「神戸の人間なら誰でも総愛学院の冷凍鹿は知ってるよ」と通行人は力強く言った。
「そうか」とぼくは言い、さっきひとりで喚いていたことを繰り返して言った。解凍されて自由になった冷凍鹿がいかに惨めに死を求めたかについて。
「それはあんまりだ」と通行人は言った。「一度手にした自由を自分から捨てちまうなんて」
「だからぼくは殺されないように逃げ出してきたんだ」とぼくは言った。「でも、これからどうしたらいいんだろう?」
「好きにするさ」と通行人は言った。「きみは完全に自由なんだから。ただし神戸の街にはもう自由はないぜ。潰されちまったんだ」
「誰に?」
「いろんなやつらにさ」通行人は肩をすくめて見せた。「鹿だけじゃない、人間にも自由を怖がるやつがたくさんいるのさ。それで街が燃えてるわけだ」
街は勢いよく燃えていた。歩道は敷石が剥がされて土がむきだしになっていた。小さく割られた敷石のかけらが散乱している道のあちこちで車が燃えていた。交通は遮断されて四つ角には敷石が詰まれていた。通行人はたくさんいた。みんなひとつのゆるい群れをなして一定方向に流れていった。ときどき振り向いてはコートのポケットから石を出し、来た方向に少し助走して石を思い切り投げた。
「きみもむこうから来たの?」とぼくは話を聞いてくれた通行人に言った。「そう。むこうからね」と通行人は言った。彼も薄手のコートを着ていた。ポケットは石で膨らんでいた。
「むこうには何があるの?」
「別に何も」と彼は言った。「真空があるだけさ」
「これからどこに行くの?」
「さあ、あてはないね」
「きみは何者なの?」
「わからない」
「ぼくは何者なの?」
「きみは英語で小説を書いた総愛学院の作家の卵さ」と言って、彼はちょっと笑った。
「どうしてそんなこと知ってるの?」
「おれは谷間でキャンプを張ってたからね」彼はまた笑った。「きみがどんな男の子に恋していて、どんな風に失恋したかも知ってるよ」
そう。ぼくはすっかり有名だった。そしてヒッピーたちはもうコートを着て街を歩いていた。
「八重山を見なかった?」とぼくは彼にきいた。「ほら、ぼくと同じ学年で、ジャズ・ピアノがうまいやつだよ。頭に手術の後があって‥‥‥」
「知らないわけないだろ」と言って彼は笑った。「あの、美人のおねえさんがノイマン屋敷に住んでて、街で鉄工場を経営してる‥‥‥。おれはさっきまで彼と一緒にいたんだ」
そう。ぼくらはすっかり有名だった。そしてヒッピーたちは街で石を投げたり車に火をつけたりしていた。ぼくは何かが決定的に変わった瞬間を見ていたのだ。そして何かが変わったことに気づいていた。ただし、何がどう変わったのかはわからなかった。それがわかったのは何年もたってからだ。そのときは大人たちだってわかっていなかった。
ぼくはときどき立ち止まって通行人に八重山を見かけなかったかとききながら西へ向かった。街はどこも燃えていた。呼び止めた通行人の3人に1人は総愛学院の谷間でキャンプを張っていた元ヒッピーだった。彼らはみんなグレーか紺のコートを着て、ポケットを膨らましていた。中にはコートの下に背広を着てネクタイを締めてるやつもいた。
「会社に勤めたんだ」とその元ヒッピーは言った。「秋だからね」
彼らの情報によると、八重山は市内を転々としていた。誰もがついさっきまで彼と一緒にいたと言い、その場所はそれぞれかなり離れていた。まるで宝探しゲームをやってるみたいで、どこに行っても八重山はなかなか見つからなかった。
それでもぼくは通行人たちから、この二週間、特にこの数日間に神戸で何が起こっていたのかについて話を聞くことができた。ぼくは摩耶山の上からオレンジ色の火が広がっていくのを眺めていただけで、何が実際に行われているのか知らなかったのだ。
事件は十月八日に起こった。きっかけを作ったのは八重山と彼のコンボだった。その夜彼はいつものジャズ喫茶の前で演奏を始めた。曲は『セルフレス』だった。その夜演奏されたこの曲は、それまで彼が書いたどの曲とも違っていた。メロディも和音構成もリズムも決まっていないことは同じだったが、『セルフレス』では演奏する人間までが不特定だった。つまり、彼が提示する音とリズムのパターンを、まわりの聴衆が受け取り、声や手や足のリズムなど何でもいいから何かで表現するのだ。
「すごかったぜ」と彼は言った。「演奏に参加することで自分が変わっていくんだ。おれは1968年の10月8日にそこにいて彼と『セルフレス』を一緒に演奏したってことを一生忘れないだろうね」
「そう」とぼくは言った。「よかったね」
ぼくはなんとなく悔しかった。なぜ自分もそこにいなかったんだろう? ぼくは最高の瞬間を見逃してしまったのだ。
『セルフレス』の演奏は火のように神戸の街中に広がっていった。八重山が提示する音とリズムのパターンは刻一刻変わっていき、その変化が大きなうねりになって追いかけあい、街のところどころでぶつかって大きな地響きを立てた。演奏は朝になっても終わらなかった。街のいたるところで楽器を持ち出して『セルフレス』に参加する連中が現れだした。交通が遮断され、商店や銀行や会社のオフィスが襲撃された。演奏の高まりと一緒に本当の火が街に広がっていった。
「なるほど」とぼくは言った。「でも、どうして『セルフレス』の演奏は終わっちゃったの?」
「そりゃ誰だって2週間も演奏を続けられるもんじゃないよ」とその元ヒッピーは言った。
「2週間‥‥‥」とぼくは言った。「2週間?」
「2週間さ」と彼は言った。
「じゃあ、今日は何日なの?」
「知らないのかい?」彼は不思議そうにぼくの顔をのぞき込んだ。「10月21日じゃないか」
「そうか」とぼくは言った。「山の上にいたもんでね、時間のたつのがよくわからなかったんだ」
そう。どうもぼくは時間のたつのが遅いような気がしていたのだ。ぼくは10月8日の夕方に霧の中で校庭を走らされていた。1人で列から抜け出し、谷から洞窟に入り、冷凍鹿の地下広場で『コートにすみれを』を弾き、カークパトリック神父に会い、ノイマン屋敷に行ってヒマワリの種を食べながらミチコと『菜の花の家』の加筆校正をやり、彼女から1945年にノイマンが彼女の両親にしていたことを聞き出しながら新しい部分の原稿を書いた。何百ページ分かの校正と何百ページ分かの加筆だった。どうもほんの数日でやったにしては、仕事の量が充実し過ぎているような気はしていたのだ。
今日が10月21日だと聞いて、ぼくは初めてノイマン屋敷のサンルームから何度となく日が昇るのを見たことを思い出した。そう。ぼくは何度となくミチコのベッドで眠り、ミチコの作った料理を食べた。ヒマワリの種から取った油で揚げた肉や野菜、ヒマワリの油で炒めた肉や野菜、ヒマワリの油を塗ったパン‥‥‥。彼女の料理はアフリカの夏の匂いがした。
「2週間か」とぼくは言い、自分がちゃんと2週間分の記憶を持っていることに気づいた。何しろぼくはその頃毎日日記をつけていた。日記帳は家にあったが、その2週間は頭の中で日記をつけていた。その頃のぼくは一度頭に刻んだ言葉は二度と忘れなかった。1968年の子供は誰でも少し神童がかったところを持っていたのだ。
「2週間さ」と元ヒッピーは言った。「断言してもいいけど、この2週間みたいにすごい2週間は二度とやってこないだろうな」
「そう?」
ぼくは肩をすくめた。ぼくは裸で裸足だった。その上とても孤独だった。
ぼくは八重山を捜して神戸中を歩き回った。火は街のいたるところで燃えていたが、もう誰も『セルフレス』を演奏していなかった。街角には壊れたピアノやトランペット、サキソフォン、ベースといった楽器が散乱していた。
「3日目には街中の音楽家が『セルフレス』を演奏していたんだ」と別の元ヒッピーが話してくれた。「プロだけじゃない、学生とか勤め人で楽器が弾けるやつ全部だ。楽器がないやつ、楽器が弾けないやつは口で演奏して、手や足でリズムをとった。いや、すごかったのなんの‥‥‥」
「そりゃよかったね」とぼくは言った。「でも、それはどうして終わっちゃったの? それもこんなふうに」ぼくは壊れて散らばっている楽器の破片を指さしながら言った。「この人たちはどこへ行ったの? どうして自分の楽器を捨てていったの?」
「説明するのはすごく難しいんだ」と元ヒッピーは言った。「いつのまにかこうなったんだよ。邪魔するやつらが出てきたんだ。こういうのを喜ばないやつはどこにでもいるからね」
「誰が邪魔したの? その人たちはどこにいるの?」
「わからない。彼らには彼らの陣地があるのさ、きっと。おれは見たことないけどね」
「楽器を弾いてた人たちはどこへ行ったの?」
「いろいろさ。ぼくはギターを弾いてたんだけどね。途中から石を投げる羽目になったんだ。気がついたら楽器はどこかへ行っちゃってた。惜しいことをしたなあ」
「八重山を見なかった?」
「もちろん見たさ。おれは彼のすぐ近くで戦ったんだ」彼はコートの胸を叩いて自慢げに言った。
「戦った? 演奏してたんじゃないの?」
「彼は最後まで演奏してたよ。彼が止まったらおしまいだもんな。おれたちは彼を守るために途中から戦いだしたんだ。でも、結局演奏することと戦うことは同じことなんだよ。特にあの場合はね」
「八重山はどこにいるの? 今でも演奏してるの?」
「わからない。戦ってるうちにはぐれちゃたからな。でも、おれが最後に見たときにはまだピアノを弾いてたよ」
「それはいつ?」
「ついさっきさ」
相変わらず誰もがついさっきまで八重山のそばで演奏し、戦っていたと主張したが、やはりその場所は人によってひどくかけ離れていた。ぼくはだんだん八重山が何人も影武者を使ってるような気がしてきた。彼らに聞いた場所に片っ端から行ってみたが、どこにも八重山はいなかった。そしてそこにいる人たちは決まって「ついさっきまで」八重山がそこにいたと主張した。
どこに行っても敷石の破片とごみと楽器の残骸だらけだった。誰もがコートを着て寒そうに震えながら東へ逃げていた。ときどき立ち止まって西のほうを振り返り、ポケットの石を投げてはまた東へ走っていった。アフリカの夏に歩道を埋め尽くしていた若いアーティストたちやきれいな女の子たちはどこにもいなかった。マリワナを吸い、街中で優雅にセックスしていた彼らは気配さえ残さずに消えてしまった。女の子でさえコートを着て東へせかせかと歩いていた。ときどき石を拾って投げる子もいた。石は何メートルか先に落ちたが、そこには敵らしいものの姿は全く見えなかった。同じように東へ向かう人たちの足元に、石はさみしく落ちて少し角が砕けた。ゴトン。
「今こそぼくらはやるべきだと思うんだ」とぼくは大きな声で言った。
すぐそばを髪の長い可愛い女の子が通り掛かったからだ。彼女は立ち止まってぼくを見た。コートにポケットに両手を突っ込んでる姿がなかなか決まっていた。風でコートの裾がまくれ上がったとき、すごく短いスカートと長くてきれいな脚が見えた。
「何言ってんの」と彼女は言った。「わたしが夏に何度も言ったのに、あなたはやろうとしなかったじゃない」
「そうだったっけ?」
ぼくは彼女の顔をじろじろ見た。何度見ても知らない顔だった。強いて言えば一宮ミチコ、八重山のお姉さんではなく、マリコが好きだったミチコに似ていたが、そのミチコの髪はそんなに長くなかった。彼女は夏前に聖書女学院から姿を消していたが、3か月ちょっとで男の子みたいだった髪が肩まで伸びるわけはなかった。
「人違いだよきっと」とぼくは言った。
「そうね」と彼女も言った。「わたし、あなたのこと知らないわ」
「でも、ぼくらはやるべきだと思うんだ」とぼくは言い、彼女の細い手首を掴んだ。
「だめよ」と彼女は言い、ぼくの手を振り払った。まるで犬に噛みつかれたみたいに。「もうチャンスは永遠に失われたのよ」
「そうか」とぼくは言った。
チャンスがいつどんな風に失われたのかよくわからなかったが、そう言われてみると、チャンスは永遠に失われたような気がした。
八重山を見つけたのは明け方近くなってからだった。彼は神戸の繁華街の西端、長いアーケード街が終わったあたりにいた。工員たちが彼を取り囲んでいた。彼は血みどろの頭を一人の膝にのせて地面に横たわっていた。
ぼくの顔を見た彼は弱々しく手を上げて、「やあ」と言った。
「やあ」とぼくも言った。
彼の頭は3分の1くらいが抉り取られたようになくなっていた。固まりだした血に覆われているのは白くて小さな頭蓋骨らしい球体だった。
「殴られたの?」とぼくはきいた。
「いいや」と八重山は言った。「爆発したのさ、内側からね」
「危ないとは思ってたんだ」とぼくは言った。「風船みたいだったからな」
彼の頭の傷は夏頃から剥きだしの脳みそみたいに肥大していた。半透明の薄い皮は極限まで膨張して、中の血が透けて見えた。ちょっと針で突いたら破裂しそうだった。あるいはちょっと興奮して血圧が上がったら‥‥‥。で、その通りになったのだ。
「まあいいや」と八重山は言った。「おれは完全な自由を表現できたからね」
「噂は聞いたよ」とぼくは言った。「立ち会えなくて残念だったな」
「でも、いいじゃないか。その間に姉貴とやれたんだから」と彼は言った。
「ノイマン屋敷で小説の校正をやってたんだよ」とぼくは言った。
「そう?」と彼は言った。「みんな、やったって言ってたけどな」
「誰が?」
「みんなさ。街で通り掛かったやつらや、演奏に加わってきたやつらが言ってたんだ。きみがノイマン屋敷で姉貴と何日もやりまくってるって」
「そんなことないよ」
「そうか」
ぼくはミチコが死んでしまった話をすべきかどうか迷っていた。話したら八重山は悲しむだろうし、ショックで死んでしまうかもしれない。それに雰囲気がそんな話にふさわしくなかった。街は燃えていたし、山から冷たい風がぼくらに吹きつけていた。もうコートを着込んで東に逃げる人たちの流れはすっかり途絶えていた。戦いは終わっていた。
「一体どうしたっていうんだ」とぼくは呟いた。「戦いは一体どこでやってるんだ? ぼくはここに来るまで一度も敵の姿を見なかったよ」
「わりと見えにくい敵だったからな」と工員の一人が言った。
それからぼくらはトラックで八重山を病院まで運んだ。坂を上がっていくにつれて、オレンジ色に燃え盛る港と工場地帯がパノラマみたいに広がっていった。夜が明け始めていて、六甲山の東の空はすでに紺色から水色へと変わり始めていた。
そこはつい数日前までアルパインが入院していた病院だった。ぼくらはついに一度も見舞いに来なかったが、それは彼の老いた母親がアメリカから飛んできて、病室のまわりにすら誰も近づけようとしなかったからだ。
母親は半狂乱になっていた。日本人全員を敵視していた。彼女が駆け付けたときにはすでにそこで手術が行われていたのだが、その病院に息子を引き続き入院させることにしたのは、そこがキリスト教系の病院で、白人の医師や尼さん看護婦がたくさんいるからだ。
「野蛮なアジアの黄色い猿がわたしの息子を撃ったのよ」といった意味のことを彼女は叫び続けていた。
彼女がアルパインを東京の病院に移すことにしたのは、神戸の街にオレンジ色の火が広がり出したからだった。彼女は見舞いに来た神戸市のお偉方にくってかかり、ヘリコプターをチャーターしろと要求した。要求は聞き届けられ、アルパインは神戸から永遠に消えてしまった。
その病院に八重山を運び込むと、アメリカ人の医師が病室にやってきた。「ひどいな」と医師が言った。「気をつけろってあれほど言ったのに」
彼は1967年に八重山の頭の手術をした脳外科医だった。
爆発した頭を包帯でグルグル巻きにされた八重山はベッドに横たわって眠っていた。
「もう頭の中はグチャグチャだよ」と医師は言った。「どうしてこんなになるまでほっといたんだ?」
そこは病室だった。ベッドには八重山が意識不明のまま横たわっていた。
「まあ、どっちみち助からないとは思ってたけどな」と医者は言った。「去年からもう腫瘍がひどくてどうにもならなかったんだから」
「しっ」とぼくらは彼に言った。「そんなに大声で喋ってたら、当人に聴こえちゃいますよ」
「しようがないだろ」と医者は大威張りで言った。「自業自得なんだから」
そう言われるとそんなような気もした。たしかに八重山は自分の脳が危ないことを知っていて、わざと無茶をしてるようなところがあった。でも、八重山鉄工の工員たちはそんなにあっさり納得しなかった。彼らはとても素直に感情を表現するタイプの連中だったからだ。彼らは脳外科医を袋叩きにしてしまった。医者はそのまま外科病棟に入院してしまい、代わりの医者は朝までやってこなかった。看護婦たちでさえ病室に近づこうとしなかった。
「まずいな」とぼくは言った。「このまま手術もしないで時間がたってしまったら‥‥‥」
「ごめんよ」と工員たちが言った。「でも、あんな医者は信用できないよ」
「そうだね」
「ああ」と八重山が言った。「ああ」
「どうした?」とぼくは言った。
彼は急に生き生きとした顔になり、眼を大きく開いた。
「だから言ったろ?」と彼は言った。「ぼくはもうすぐ死ぬんだって」
「手術すれば治るって医者が言ってたよ」とぼくは言った。
「嘘つき」と彼は言い、かすかに笑った。「それより姉貴はどうしてるかな? 連絡を取ってほしいんだ」
「さっきノイマン屋敷に電話をしたよ」とぼくは言った。「すぐ来るって言ってた」
「そう」と彼は言った。「よかった。死ぬ前にもう一度会いたかったんだ。何しろぼくにとっては特別な女だからね」
「うん」とぼくは言った。
それから彼は眼を閉じ、そのまま二度と目覚めなかった。それが2週間にわたって神戸に自由をもたらした少年の最期だった。
