西の空へ祈った日々のこと
【いつもより短いです】🌿
ずっと昔の事なのに
ついこの前のように感じるお話です
あの頃はわたしもまだ若くて
40代になったばかりでした
(40代が若いかどうかは、相対的な問題です)
手が掛かった息子たちも成長して
末っ子が高校生になるあたりから
お話が始まります
◇◇◇
その末っ子は「寮のある学校に入りたい」と言い、自宅から200km以上離れた土地にある高校を受験しました。
なぜ寮のある学校に入りたいのかと尋ねたところ、
「今までの自分を変えたい、環境が変われば自分も変われる」
などと、なにかの受け売りのような台詞を吐いたのです。
親から見ても、変わってもらいたい要素はてんこ盛りだったので、反対する理由はありませんでした。
けれども逆に、ちゃんと3年間務まるのだろうかと(?)いえ「務まる」は不適切ですか? 〇役3年みたいですね。
では、通い切るかどうか?(通わないし)、続くかどうか?、まあそんなところです。続くかどうかの不安要素が濃厚で、ああそうですかと賛成する訳にはいきません。お財布事情だって深刻です。
息子の台詞を聞いた村の長老(そんなん居るんかい!)が言いました。
「依生不二(えしょうふに)という言葉があるぞよ。
人は環境が変わったとしても、本質は変わらん。
しかれば、
遠いところへわざわざ行ったところで
なんの修養にもならんのじゃ!」
→うちのじいちゃんは、こんなコト言いませんよ。
周囲をザワつかせながら、末っ子は遠い高校へ入ることになりました。
入学と同時に入寮です。
次に顔を見られるのは夏休み。
朝晩いっしょにご飯を食べてた息子が、いなくなる寂しさ。
親の方には志がありませんので、愚かなものです。
息子の方にも、たいした志があったわけじゃ、ありません。汗
当時から携帯電話やメールはありましたが、通話料金はお高い時代。
用事がある時は、男子寮の固定電話にかけて取り次いでもらい、その他には互いの様子を気軽に確かめ合う手段はありませんでした。
(それですら、かなりの遠距離通話です)
寮では就寝前の黙想で、正座をして各自が自分の家がある方向へ一礼するという話を聞きましたので、同じ時刻に学校がある西を向いて、両手を合わせたものでした。
さて、息子が入学して1ヶ月後のことでした。
学校から電話がかかって来たのです。
怪我をしたという事でした。
詳しく聞くところによると、
学校の近所の田んぼに入り込んで(もちろん裸足で)、水没していた鎌を踏んで足の裏を切ったという事でした。
田んぼに入った理由は、なにかの生き物を捕るためで、それを餌にして、近所の湖に棲息する大ウナギを釣るという計画だったようでした。
さすがわたしの息子です。
しかし結果は無残なもので、足裏の傷は病院で縫合してもらったものの、内部で化膿するといけないのでドレーンチューブをつけられて、いえ、つけていただいて、松葉杖をレンタルしているとの敗走ぶり。
そして、学校から車で20分ほどの病院まで、先生が交代で通院のサポートを毎日して下さっていたのでした。
これを聞いてじっとしている訳にはいきません。
翌日のこと。
クルマのハンドルを握り、200km以上離れた学校へ向かって、東名高速を西に走りました。
自慢じゃないですけど、往復400km以上を日帰りするくらい、旅好きのわたしには、なんてことありません。
あ…、自慢げになってましたね。汗
はるばる道を走りながら、心配よりもワクワクしている自分がいました。
アホな親だという自覚はありましたが
これではいけないと気を取り直し
先生へのご挨拶の言葉など考えながら
ハンドルを握ります。
(つぎのサービスエリアでうどんでも食べとこかな‥‥)
気が散ってしょうがありません。
3時間以上かかって、ようやく学校に到着です。
遠慮がちにクルマを乗り入れて、駐車場に停めさせてもらいました。
さて、担任の先生にご挨拶です。
お世話になったから褒める訳じゃありませんが、息子の学校の先生方はどなたも人格者で愛と厚情にあふれるかたばかり。
新入学早々にやらかした息子の一部始終を丁寧に説明してくださり、寮で営まれる日常生活上でのサポートの様子も、笑顔で話して下さいました。
おかげで担任、寮監長ご夫妻、保健室の先生、などなどにお世話になっている様子が把握できました。
とりあえず、
担任の先生に立て替えていただいた治療費をお返しして、今後も継続する治療にまつわる費用を見積もり、預かっていただきました。
そして、今日1日だけでも息子を病院へ連れて行きますと申し出ました。
午後の授業を終えたころに、もっさりと現れた息子は、ちゃんとお風呂に入れてないのでしょうか、なんとなく汚れた感じでした。
けれどもヒマワリのような笑顔でにこにこしています。
松葉杖が不自由そうですが、ちょっとホッとしました。
「ダチに世話になってるんだ!笑」
脳天気に話す息子をクルマに乗せて、病院へ向かったのでした。
担当の外科医師からは、ドレーンチューブが外せるまでには まだ数日かかり、毎日消毒と診察を受けに通う必要があると説明されました。
学校の先生方はすでに承知されていて、今後も交代で通院のサポートをして下さるとの事。
もう言葉がありませんでした。
先生方へは、いいとこの菓子折を。
息子には、ダンボール箱いっぱいのお菓子とペットボトル飲料の差し入れを。(ひとり占めしないでよね)
そんなものしか準備できず、クルマに積んできた荷物を置いて、学校をあとにしたのでした。
初夏と言うには少々早い季節ですが、すっかり日が傾いて夕刻のラッシュアワーに入っていました。
東名高速を、帰りは東へ200km走ります。
(高速道路の料金が往復で1万円‥‥、ガソリンは満タンがほぼ空‥‥)
雑念が飛び交うドライブですが、家では他の家族たちが待っているので、急いで帰路を走ります。
お財布にも、とっても痛いハプニングでした。
その後、
幸い、息子の怪我は化膿することもなく、日数は掛かりましたが先生方のサポートのおかげで完治に至りました。
ところが、
ホッとしていた矢先に、またしても学校から電話がかかってきたのです。
また怪我でもしたのかと驚いてお伺いすると、
「お母さん、怪我じゃありません。
今度は保護者のかたに、学校へ来ていただかないとなりません。」
「はぁ??」
往復400km以上という距離を承知して、先生はおっしゃっているのです。
(いったい‥‥)

このお話は、まだ続きがあるようです。
photo by 30sunfish
🌿続きのお話が書けました🌿
