旅行記さいはて 2024年イラン
世界40カ国・国内外300ヶ所以上の聖地を訪れたモノ書き:アイミーによる、2024年イラン紀行です(一部創作手記を含む)。
イラン国内でハマス最高幹部が暗殺されたことによる緊急出国。旅人ですらあまりいかないところ、ガイドブックに載っていないスポットや現地のくらしの数々。イランの深い歴史や人々のやさしさを感じずにはいられない旅の記録。
1)黄色い山、氷の洞窟
サルアガセイエドへの道すがらに「氷の洞窟」はあった。
イラン西部を走るザグロス山脈の「黄色い山」に位置し、真夏でも天然の氷があるという。
「本当に氷の洞窟があるの?」
「さあ。けど、アショオイェールっていう遊牧民がその氷を使うらしいよ」
ガイド兼ドライバーのイマムは適当に答えた。
アショオイェールのことを初めて知ったのは、この話を聞いた時だった。彼らは夏の間はザグロス山脈で「山の仕事」をし、冬は南のバンダルアッバースで羊を飼う。南へ移動する時期になると、男たちは70〜80日かけてバンダルアッバースへ歩いていく。どちらにいても彼らは水べりに住み、伝統的な暮らしを守っている。

アショオイェールの「山の仕事」とは「黄色い山」での仕事を指す。特別なマッシュルームを採ったり、飲むと興奮作用と中毒症状が出るお茶を採ったりなんかする。特別なマッシュルームは1キロ1000ドルを超える高級品で、彼らの身なりが綺麗なのはこのキノコのおかげなのだろう。・・麻薬みたいなお茶を誰に売っているのか気になるところだけど。
どこか神秘的なアショオイェールに加えて、「黄色い山」もまたミステリーな山だった。アショオイェールのバフマンによると「黄色い山」はマグネシウムを多く含有しており、山の上を通った航空機が墜落したことがあったらしい。以来、この山の上を航空機が通り抜けることは禁止されたという。
「氷の洞窟」への1時間半の道のりをシティボーイのイマムがためらうと、
「山頂で出会うものを想像して登るんだ。そうすれば山を体が軽くなる」
とバフマンは答えた。どこか山の神と通じるようなバフマンの言葉に、イマムは苦笑いした。
「やっぱりマウンテンボーイだよ」
そんなやりとりを聞いていて、彼らの暮らしに興味が湧いた。山をかける人々には独特な感性や宗教観がある。彼らのそれはどんなものなんだろう。
翌朝。やる気のない、もやしイマムは置き去りにしてバフマンと山を登ることにした。
「黄色い山」。ペルシア語で「ザルド・クー」。標高4,221メートル、イランで最も長い川である、カールーン川の水源地。カールーン川はここからはるか、アラビア湾まで到達する。紀元前、古代ペルシア文明を支えた「黄色い山」の雪融け水は、現在もイラン最大の水源となっている。
改めて下から見上げると、茶色い「黄色い山」の中腹は白っぽく見えた。岩質が違うからか、あるいは塩分が強いのか。そんなことをのんきに考えながら、登り始めて数分、来たことを速攻で後悔する。
富士山の7号目を登山するような険しい坂。草木の生えていないすべりやすい砂利道・・。数メートル上がるだけで息が切れる。
「これが1時間半かよ・・!」
と、開始早々心が折れる。しかし周りを見ると、後から登ってきた地元の人も息を切らしている。ピンピンしているのはバフマンだけ。「マウンテンボーイ」というイマンの嘲笑がリフレインする。
1時間半もそんな道が続いたら、さすがに根を上げていたと思う。幸い悪路は長くは続かず、眺めの良い景色にも助けられて、難関は切り抜けられた。
険しい斜面を登りきった眼前に広がっていたのは、谷間を覆いつくす広大な氷河だった。こんな灼熱の地で、どうしてこんなに雪が残っているんだろう。下から見えた白っぽい岩は、土と混ざって岩のように固まった氷河だったのだ。

カチカチの表面を少し削る。ざりざりとした白い雪が掘り出せる。雪の玉を作って投げる。バフマンも作って投げる。また雪の玉を作って投げる。だんだんと雪合戦の様相を呈してくる。真夏の岩砂漠で、雪合戦をするなんて!
興奮して何個も投げていたら、バフマンは笑って「人にあたるぞ」とジェスチャーした。
バフマンは雪の斜面を指差した。雪には道のような窪みができている。ザラメのような雪の上では、歩くよりも滑り降りるほうが早く、安全だった。他の登山者も歓声をあげて、老いも若きも、天然のすべり台を楽しんでいる。お尻をつけて滑った子供が、下の方で濡れたズボンに手を当てて気まずそうな顔をした。
窪みにしゃがんで、靴で滑るようにして、一気に降りる。鏡の上をゆくように、坂はなめらかで、スイスイ下っていける。氷に冷やされた風が、下から吹き上がって、汗ばんだ首元に心地よい。
雪が途切れたゴツゴツした河原の川下に向かうと、ついに「氷の洞窟」が現れた。川の流れに覆い被さるように 雪が凍りつき、橋なのか屋根なのかわからない。川が氷河を溶かして貫通させたようにも見えるけれど、どうやって雪溶け水は この厚い雪の壁を破ったのだろう。

内側の、拳を押し付けてえぐったような無数の凸凹は、どうしてあんな形になったのだろう。世界の尾根をひっくり返して 天井にしたように、砂漠のデューンのような山型の雪が、つららのように暗い流れの先まで 果てしなく続いている。
山の頂きのような先端からは、ひっきりなしに水滴が、したたり落ちる。
ジリジリとした夏の暑さが「氷の洞窟」を削っていて、洞窟の中に倒錯した世界の、無数の山を作っているのだと気づかされる。

洞窟の入り口では雪解け水がひっきりなしに落ちていて、中に入ると鍾乳洞のような薄暗さがあった。内部の雪の壁はすべすべした陶器に水をすべらせたようで、ところどころが透き通った氷になっている。もはや雪というより白い氷。こんなふうになるなんて、何年くらい凍りついているんだろう。
「氷の洞窟」に流れ込む川は、池澤夏樹の小説に登場するアフガニスタンの遺跡「オニロス」を彷彿とさせる。どこか懐かしいような、惹き込まれるような、黄色味がかった岩肌を流れる青みを帯びた川。今でも心惹かれるパミール高原の川の水もこんなふうに青かった。
バフマンは飛び石を踏んで川を渡り、ほとんど直角の岩壁を器用に登ってハーブを採った。山の民の足取りは軽く、登りも下りも迷いはない。現実離れしたふたつのシーンが重なり合うと、まるで夢みたいに胸に響く。

なんとなく富士山麓の氷穴をイメージしていたのだけど、実際の「氷の洞窟」は、天然のかまくらか雪のトンネルのようだった。こんなものが山頂にあるなんて、「黄色い山」はやっぱりミステリーだ。
一見すると枯れ果てた土地に見えるザグロス山脈だけど、伏流水が豊富で麓には緑が広がっている。夏のテント村ではこのめぐみを存分に感じることができるけれど、40度を超える昼の暑さと冷え込む夜の寒暖差は激しく、冬季は5ヶ月間も道が閉ざされる。ここでの暮らしは間違いなく過酷なものだ。
「黄色い山」と「氷の洞窟」の険しさとめぐみ。アショオイェールの持つ神秘的な空気感は、そんなところから来ているのかもしれない。
ー タイムレスな旅 時を失くした色
自然が見せる
儚さと永遠
時を失くした色と
さまざまな祈りが浮かび上がる
見えるものと
見えないものが交差する
タイムレスな旅

Nikon FM2, FUJI Color400 Kara kum desert, Turkmenistan, 2024

Mt. Zard-Kuh, Iran,2024,Nikon FM2, FUJI Color400

Mt. Zard-Kuh, Iran,2024,iPhone14pro

Nuhur village, Turkmenistan, 2024,Nikon FM2, FUJI Color400
2)マシュハド旅行計画
7年前、イランの深夜特急で同じコンパートメントになったザフロとザフロの母ゾフレ。アイミーは2人と仲良くなり、彼女たちの豪邸に招待されることに。以来、InstagramやSkypeで交流は続き、今回のイラン旅では、新婚のザフロの家にお邪魔することになりました。
ザフロの夫が仕事に出掛けてから、私とザフロはマシュハド行きの旅行計画を立てた。2人の予定を合わせ、彼女の家族の予定とすり合わせる。私がザフロの家族とも会いたいからだ。ザフロの母:ゾフレは、今、末の娘のゼイナとマシュハドで巡礼しているという。最終的に「ヤズドではなくマシュハドで母と会うことが最適」とザフロは考えたようだった。
しかし、イランは夏休みシーズンの真っ最中! 電車も飛行機もまったく予約ができない。バスでもいくことはできるが、「バスは危ない」とザフロは言い、乗るつもりはなさそうだった。
「旅行会社経由で取るしかないわ。2泊3日になってしまうけれど」
と彼女は言った。
私はなんとなく、せいぜい3000円程度の宿に泊まるのだろうと思っていた。ところが・・。
「ねえ、このツアーはどう?」
彼女が提示してきたツアーはなんと! 日本円で14万円近くもした!
「マジか!たっか!」
思わず私が日本語で反応すると、彼女は渋い顔で「いつもの倍はするわ」と言った。
「いやいやいやいや、いつもそんなにお金をかけた旅行をしているの? 私の宿、一泊5ドルくらいだよ?」
改めて、彼女はイランのリッチなのだと感じた瞬間だった。
日本を出発する前、ザフロとイランを旅行できたらいいなと思っていた。彼女はもう結婚しているし、旅行はお金もかかる。きっと私と旅行するのは難しいだろうと思って諦めていた。それがまさに、彼女の方からマシュハド行きの提案があったのだ。今、彼女は妊娠している。子供が生まれたらさすがにしばらく国内旅行も厳しいだろう。彼女が良くても、家族の反対にあうかもしれない。夫の実家が口を出すかもしれない。となると、チャンスはまさに今。私は彼女と高いツアーを探すことにした。(もっとも「妊娠中で旅行なんて!」言われそうな気もするけれど・・)
しかし、金額以上に困ったことがあった。私の手持ち現金が劇的に少ないことだった。経済制裁の影響でイランでは日本のクレジットカードはほぼ使えない。いつもよりも多めに持ってきてはいるものの、バックパッカーの旅をゆく私に高額な現金支払いは困難だった。
「ううん、詰んだ!」と思った時、レザー・ジャリルザデさんを思い出した。レザーさんは日本で旅行会社をしている。イランに来る飛行機で知り合った人で、テヘランにもオフィスがあると言っていた。レザーさんは「なんか困ったら言ってよ。あなたから利益取ろうなんて思ってないかさ」と、テヘランでも随分と私を助けてくれた。レザーさんに頼んだら、日本で後払いができるかもしれない!
早速レザーさんに連絡すると、快く引き受けてくれた。ただ「今はハイシーズンだから、マシュハドへの飛行機は難しいんじゃないかな。場合によってはテヘランまで電車で行って、テヘランからマシュハドに行くコースを提案するよ」とのことだった。明日の9時にまた連絡すると言ってレザーさんは電話を切った。
これで本当に予約が取れたら、なんという出会いの連鎖だろう。私が持っている約20年前の「地球の歩き方」には若い頃のレザーさんが載っている。彼の会社が広告を出していたからだ。私は「地球の歩き方・2016年版」も持っているのだけど、迷った末、2005年版を持ってきた。その「歩き方」に広告を出していた人と隣の席になるなんて。飛行機の中でもめぐり合わせにびっくりしたのだけれど、こうしてまた助けていただくことになるとは、人生は時に数奇なものである・・と思ったのだった。
今回の旅はめぐり合わせが多い。トラブルや困難が立ちはだかるたび、すぐに問題を解決してくれる人が現れて、勝手に問題は解決されていく。いろんな人の親切に運ばれるように旅は進み、どこか不思議で、どこか狐に摘まれたような気持ちになる。ただ感謝しながら目の前の親切を受け取ってゆくだけで、大いなる流れに乗ったように道が決まっていき、旅そのものが意志を持ったようにふわふわと進んでゆく。
ふと「もしかしたら、イスファハーンの両替商の言葉に答えのようなものがあるのかもしれない」と思った。
「20年前、私は日本を旅行しました。東京でヤワタホテルというホテルを取ったのですが、私は道に迷ってしまいました。困り果てていたところ、ある日本人男性が私をホテルまで連れて行ってくれたのです。その時のことを私は今も忘れていません。だから困っている日本人旅行者と出会ったら、私にできることで力になりたいと思っているのです」
誰かの親切のバトンがリレーされて私にめぐりめぐっている。見知らぬ誰かの思いが私を助ける力になっている。そのことにちゃんと気づけるように、めぐり合わせは起きているのかもしれない。
人の親切にはたくさんの祝福が詰まっている。本当のことはわからないけれども、私はそんなふうに捉えることが好きだ。
ー タイムレスな旅 水・心の結晶
太古の涙に
記憶は宿る
すべての意識を繋ぐ
水
身体中の水が呼応する
塩の営み
雪の花
遥かな知恵が流れ込み
音も立てず
心は結晶する
空を超え
時を超え
光の道が渡される

Mt. Zard-Kuh, Iran,2024,Nikon FM2, FUJI Color400

Hormuz island, Iran, 2015,LUMIX GM1

The Pamir Plateau, Tajikistan, 2016,LUMIX GM1

Azabad Grand Mosque, Yazd, Iran, 2017,LUMIX GM1
3)週末の家、閉ざされた庭
砂漠の暑い風
灼熱の風が車窓を叩く。爆音のイラニアン・ポップスが内側から窓を叩き返す。砂漠の真っただ中を、私たちの車は猛スピードで進んでいた。
「今日はどこに行くのだろう?」
期待に膨らんだ胸も、容赦ない暑さにだんだんとしぼんでいく。ザフロが冷房を消すと、瞬く間に車内の温度が上がった。顔を近づけていた窓がストーブのような熱気を放った。窓に寄せたスマホがすごい温度になった。動画を撮っていることも相まって、指先が痺れるように画面が熱い。スマホの寿命が縮むことを恐れて、慌ててクーラーで冷やした。
助手席のザフロは車の窓から手を出すと、
「Hot, hot」
と言った。彼女のジェスチャーから、私に手を出すよう促しているのだとわかった。窓を開けて手を出すと、熱風と共に埃がブワッと車内に入り込んだ。
「暑っ!」
ほんの少し手を出し、すぐに窓を閉めた。車はかなりの速度で走っているし、砂漠の熱風は砂嵐のように容赦ない。この一瞬で髪は砂まみれになってしまった。ああ今日1日、このギシギシ髪で過ごさないといけないなんて。ごわごわした髪に指を通したら砂でベタベタして、ますます気分がしぼんでしまった。
ザフロはスマホを私に差し出した。ザフロはとてもクレバーな女性だけれど、英語はあまり得意ではない。こちらもペルシア語はほとんどできない。マシュハドからのヤズドへ向かう深夜特急で出会って以来、SNSを通じた交流が7年も続いたことも、またザフロの家にお世話になっているということも、冷静に考えるとびっくりする。
ザフロが見せた画面の翻訳アプリには「村はもっと涼しいので、多くの人は週末の家を持っています」と表示されていた。「多くの人」は彼女と同じイランの裕福な家庭を指している。この国の貧富の差は激しく、貧しい労働者は日当が5ドル程度。週末の家どころか生きることで精一杯、階層によって見えるものが本当に違う。日本だって似たようなところはあるけれど、「一般的な国民」の貧困レベルがそもそも違う印象だ。
外はゆけどもゆけども砂漠だった。サラサラの砂山こそが砂漠だと思いがちだけれど、ロマン溢れるフルサンドの砂漠は限られている。街道の多くは砂利砂漠を通っていることの方が多く、広大な砂利の丘の間をずっと走っているという方がイメージに近いのかもしれない。見栄えがしなくても砂漠は面白かった。こんなにも広大な枯れた大地を見ることはないし、時折り、車窓からうつくしい景色が手に入る。爆音のイラニアン・ポップスの振動を腹に感じながら、ひたすら車窓からシャッターを切った。

「あっ」
カメラに路上のゴミが写り込んだ。せっかく見つけたうつくしさをゴミで台無しにされた気分だった。砂漠の真ん中のこんな道で、なんでこんなにゴミが溢れているんだろう。ぼやいて画像を削除した。砂漠の過酷な気候にもため息が出るけれど、こんな人気のないところで、誰かのモラルのなさを見るのは不快だった。それも結構な頻度で。
微妙に足を引っ掛けられるような出来事が重なっていくと、少しずつ、いろんなことが面倒になってくる。うまくゴミが写らない画角を探し、たまに段差に飛び跳ね、イラニアン・ポップスに体を揺らされているうちに、だんだんと車に根っこが生えてきた。このドライブが終わってほしいようなほしくないような、ぼわーんとした気持ち。夏の火照りが頭まで登ってくる。
「もうこのままドライブするだけでいいかも」と思い始めた頃、景色が一変した。週末の家がある岩山の村に到達したのだ。草木が一本もない黒曜石のような山の麓に、ぽわっと緑が広がっている。山頂にかけて突然木がなくなるような極端さで、ほんの少しの違いで緑は根付けなくなるようだった。この土地では、水は奇跡であり豊かさそのものだった。いのちは水がないと生きられない。灼熱の砂漠は当たり前のことを突きつけて、無意識に人を緊張させる。
村の中の道もまた、乾ききって硬くなったするめのように埃っぽかった。砂利道は堅牢な家々の壁に挟まれていて砂煙に霞んでいる。高い塀は要塞のように家の秘密を守っている。路上の車も埃だらけで、道が舗装されていないからこうなってしまう。途上国あるあるで、汚い車は貧しさの象徴だった。パサパサした道は見た目にはとても涼しいと思えなかったけれど、ザフロはまた車窓から手を出した。
「村はヤズドよりも過ごしやすいの」
彼女は手をひらひらさせた。
「ほら、風が涼しい!」
そんなに気温が変わるなんて思えないし、またこの砂煙を顔で受け止めるのはちょっと嫌だ。「そうなんだ」と軽く交わしたけれど、ザフロは「手を出せ、出せ」と再三ジェスチャーした。渋々私は窓から手を出した。
「え!冷たい!」
砂漠の道と5度以上は違いそうなひんやりとした風が手に当たった。
「イエス」とザフロは頷いて、満足そうに手を引っ込めた。
車を降りてみたら、モヘセンの黒い車もまっしろだった。太った男とヒョロりとした男が近づいてきて、モヘセンと挨拶した。ヒョロリとした方がこちらを見て言った。
「こんにちは、私はメフディ」
ソロモンの歌
柔和で親しげな笑顔を浮かべた彼はモヘセンの家族のようだった。
「彼、大学教授なのよ。だからドクター・メフディと呼ばれているの」
ザフロの紹介で、彼はモヘセンの義兄だということがわかった。ドクター・メフディは家まで案内してくれた。細いベージュのレンガを積み上げた壁は高く、びくりとも動かなさそうだった。部族で結束する砂漠の民の心がそのまま建築物になったようだった。日本ならば渋谷の松濤あたりの家じゃなければ、ここまで高い塀は見ないだろう。壁は「この中には血族以外の者は入れぬ。部族の内側を暴くことは許さぬ」と今にもしゃべり出しそうだった。
ドクター・メフディがノックすると、魔法が解けたようにぴっちり嵌められた鉄のドアが開いた。
「サラーム!」
にこやかな笑みをたたえて、モヘセンの家族がぞろぞろと路上に出てきた。彼らは日本からの珍客を歓迎してくれているようだった。入り込みやすい空気感に少し安堵した。先ほど路上でモヘセンが挨拶した太った男はいなくなっていて、彼は家族ではなかったらしいとわかった。人の出入りがごちゃごちゃしていて状況がよくわからないまま、次々にモヘセンの家族から覚えきれない量の名前を渡された。こちらも笑顔で名乗って挨拶するが、発音が難しくてどの名前もうろ覚えで心許ない。とりあえず黙ってニコニコしておくしかない。
「さあ、入って入って」
みんなに背中を押されて中に招かれる。でも、そもそもこれは誰の家なのだろう?詳しいことも名前も後でもう一度聞き直してメモしなければ。後ろのザフロ夫妻を振り返りつつ、慌ただしさを纏いながら閉ざされた塀の内側に入るとーー。
落水が絶え間なく庭に響いていた。玄関へまっすぐつながる小道を挟むように、しっかりとした枝ぶりの木々が果実をつける。樹木はきちんと手入れされていて、たたずまいだけで心に風が通り抜けていくようだった。
落水の音は打ちっぱなしのコンクリートの水槽から聴こえていた。庭のうつくしさにハッとして気持ちは高揚していたけれど、斜に構えた気持ちが湧き上がる。「あんなにゴミだらけの砂漠の村だし、こういう水槽の水は学校の屋上みたいなコンクリートの色に決まってる」と。どこか諦めたような心持ちで水槽を覗き込んだ。
水槽はみどりみの青色に満たされていた。本当に澄んだ水でなければ出せない色だった。深い底までクリアーに見通せる。この灰色の水槽で、どうしてこんなに綺麗な色になるのだろう?もともとこの水は何色なんだろう?疑問が湧くほどに、水はいっそう神秘的な色を帯びた。
噴水の下でくるくる泳ぐスイカの濃い縞が水に映えた。豊富な水で遊ぶスイカにはペットに癒されるようなユーモアがあった。そのうちすみっこに流されるだろうと思ったけれど、噴水の下でスイカは回り続けた。予想を裏切ってずっと回っていることが、なんだか面白かった。夢のような碧色にとぷんとぷん揺れるスイカを見ていると、体内の水もシンクロして揺らされるようだった。回るスイカのリズムが、体にそのまま入っていくような心地よさがあった。

砂まみれのドライブの疲労を噴水とスイカが落としてゆく。砂漠に吸われた生気が見えない水に満たされてゆく。そんな豊かさが噴水にはあったし、スイカは命にリズムを与えていた。どっさり緑がある中で見るスイカと、木々の安らぎがない場所で見るスイカは違う。ここではスイカそのものが生命であり、際立った価値を放つ。放り出されたら生きてゆけない土地にみずみずしいスイカがあることは、プリミティブな、生きる力と希望を与えてくれるものだった。
「この水は雪融け水だよ」
つるっとした頭のババ・アリーが答えた。
碧色の水面に手を入れたら指先がキンとした。雪融け水の清らかな冷たさが指先から体の芯に伝わった。うつくしい水に触れていると、何かが癒されて浄化されるのだろうか。
それはさておき、この冷気ならきっとスイカの内側まで到達して、おいしい午後が楽しめるだろう。
スイカだけではなく、庭は楽園のようにフルーツでいっぱいだった。アールゥという緑のプラムはガラスの器に山盛りだったし、青いくるみもざくろも枝を重くしならせていた。
閉された庭、実を結ぶ豊かなくだもの、山からの雪融け水、命の水、・・ババ・アリーの庭は、まさに旧約聖書の一節のようだった。
わたしの妹、花嫁は、閉ざされた園。
閉ざされた園、封じられた泉。
ほとりには、みごとな実を結ぶざくろの森
ナルドやコフェルの花房
ナルドやサフラン、菖蒲やシナモン
乳香の木、ミルラやアロエ
さまざまな、すばらしい香り草。
園の泉は命の水を汲むところ
レバノンの山から流れて来る水を。
(雅歌 4: 12-15 新共同訳)
割ったヘーゼルナッツを渡しながら、アリーは言った。
「果物もナッツもすべてここで採れたんだ」
「えっ、ここで?」
生のヘーゼルナッツはナッツというより「木の実」という表現のほうがぴったりくる。しっとりとした口当たりは、さっきまで実が木についていたことを感じさせた。ヘーゼルナッツをかじりながらよく見ると、林は小さな畝で区切られていて、たしかに畑のようだった。
「ほら、こうやって採るんだよ」
ババ・アリーは柵によじのぼってトゥットゥの木の枝を振ると、たわわに実った果実が下に落ちた。木の下に張られた黒いネットの上で、白く淡いトゥットゥがいくつも跳ねた。
「食べてごらん」
差し出された指の先ほどのふくよかなトゥットゥは、木いちごのような味がした。トゥットゥとは桑の実でいろんな種類がある。娘婿のドクター・メフディーは梯子を使って赤や黒のシャー・トゥットゥを採った。ドクター・メフディに手渡されたものを食べてみると、白いものとは少し味が違った。日本で桑の実なんて食べたことないけれど、小籠に摘みたくのも納得なおいしさだった。

天然に食べるものが豊富なことは、ここで生きていけることを示していた。おなかが空けばフルーツをもいで食べればいい。閉ざされた庭はエデンの園だった。
「そうだ、面白いものを見せてあげるよ」
古代の水の知恵
ババ・アリーは私を水槽の横に連れて行った。彼は横の木に立てかけた長い鉄の棒を取り出した。棒の先は曲げられていて、アリーは水槽に先端を潜り込ませると、器用に水栓を抜いた。
ゴボッ、ゴボッ、と大きな空気の塊が水面に上がる音がした。と、隣の畑の畝から水が勢いよく噴き出した!
「すごい!」
この噴水はただの飾りではなく、畑を満たす灌漑設備だったのだ。
「地下水路が張りめぐらされているんだよ」
「地下水路?カヌート!?」
「イエス」とババ・アリーは笑った。古代史のロマンが詰まったカヌートを現代でも見られるなんて!放り出されたら生きていけないような土地で、人を生かすための古い古い知恵。ここに生きようという人間の強い意志を感じるもの。古い大木のように、この知恵は今も人を生かすことを支えている。シンプルでプリミティブなイランの暮らしを象徴しているかのように。
「私たちはこの古い知恵を使って生きてきた。2000年前からずっとね」
彼の言葉はペルシア人の誇りでもあった。物腰やわらかで流暢な英語を操り、学者のような雰囲気があるアリーがそう語ると、歴史や知識の泉も開いていくようだった。

何度もシャッターを切る私を見て、気を良くしたババ・アリーは言った。
「他のウォーター・システムも見るかい?」
ババ・アリーは水が出ている畑の水路に栓をすると、別の畑の栓を抜いた。
「ごらん、ほら!」
今度は別の畑に水がブワッと噴き出した。思わず土に固められた地面を見る。この下に畑に通じる水路があるなんて、地上からは気配すら見えない。
「こうやってすべての畑に水をまけるんだ。ただし、一面ずつしかできないけどね」
ザバーっと水は畝の中に流れ込み、順繰りに3~4面の畑が水で満たされていく。楽園の庭が水の都に変わってゆく。
草木がまるで生えていない岩山の山麓で、こんなに満たされた果樹園を見ることは胸を揺さぶることだった。マンシャッド村のある山までは砂利砂漠を走ってきた。車の窓を開ければ共に熱気と共に砂埃が手や顔に絡みついた。やっと山の麓に緑がにぎわい始めたら、今度は草木が一本もない岩山を臨み続けてここに至ったのだ。
アリーの庭で爆ぜるように出てくる水は、砂漠に乾いた心も潤した。まさに庭の噴水は「園の泉は命の水を汲むところ」と呼ぶのにふさわしかった。
ババ・アリーは畑の隅にいくと、木の枝をどけて鉄の蓋を開けた。庭の新たな秘密が顔をのぞかせた。深い穴の底が鏡のようにキラキラ光って揺れている。
「これは・・井戸?」
「そう。この井戸の水を汲み上げて畑に流しているんだ」
ババ・アリーは微笑んだ。
「深さは7メートル。2ヶ月に1度、井戸の底まで潜っている」
「どうして?」
井戸の底に潜る?なんのために?村上春樹の小説のような話にググッと興味をひかれたけれど、アリーが井戸に潜る理由はもっと現実的なものだった。
「このあたりは他の家も井戸を使う。深く掘らないと、十分な水を得ることができないからね」
それは結構な頻度、この井戸はどこまで深くなるのだろう。ついには水が出なくなることもあるのかしら。でも、畑に広がる水の勢いを見る限り、その日はそんなに近くはないだろう。
「ねえ、いい匂いがするでしょう?ママがランチを作っているのよ」
私たちを見ていた友人のザフロが言った。たしかに家の方からほんのり良い香りが漂っていた。
「もうすぐランチだ」
ババ・アリーは井戸の蓋を閉めた。
キッチンではママ・ファティマが料理をしていた。薄くスライスしたじゃがいもを大きな鍋に敷き詰め、その上にオリーブオイルを混ぜたライスをかぶせて蒸す。カラフルな布を蓋と鍋の間に挟んでしばらく待つ。姉・セディークはリビングで器用に野菜をカットしていた。まな板は使わずに小さなナイフできゅうりや玉ねぎを刻んでゆく。
「シーラーズ風のサラダを作っているのよ」
と、ザフロが説明した。日本でいうチョップド・サラダのようなものだった。

「アイミー!こっちに来てごらん!おもしろいものが見られるよ」
ババ・アリーが幾分高いテンションで、熱々の鍋を持ってキッチンから私たちを呼んだ。アリーは大皿の上に鍋をひっくり返すと、鍋底をペタペタと叩いた。家族もキッチンのまわりに集まってくる。
「さあ、シャッターチャンスだ!」
特別な日のごちそう
鍋を持ち上げると、こんがり焼けたじゃがいもとほかほかごはんが顔を出した。
「ワーォ!」
「特別なじゃがいもだ!」
みんな、歓声を上げておおよろこび!今日はなかなか手に入らないおいしいじゃがいもを使っているそうで、特別なごちそうにほっぺが落ちそうな笑顔になっている。タへディグというこのおこげのごはんはおもてなし用のお料理で、ザフロも再会した初日に作ってくれた。こげてカリカリになったポテトと油を含んでしっとりとしたライスが絶妙な一品で、笑顔になるのも頷ける。

イランの人間関係はとても濃い。「私のために祈ってね」とか「あなたに会えなくて寂しい」とか、日本の友人関係ではなかなか聞かれない濃密さが言葉の端々に感じられる。血統を守るために従兄弟同士の結婚が推奨され、それが変わってきたのはここ十年ほどのようだった。実際、ババ・アリーとママ・ファーティマ、ドクター・メフディーとモヘセンの姉セディークは従兄弟同士だったし、ザフロの両親も従兄弟同士だ。彼らは十代のうちから婚約し、十代後半から二十代にかけて結婚した。古い時代は9歳で婚約し、12歳以降、出産を許されるという伝統があったという。もちろん都市部は全然様相が違うけれど、広大な国土を持つイランの大半の人たちがこういった伝統の中に生きていることは想像に難くない。
午後はトゥットゥの木の下のネットを取って、セミドライのトゥットゥを選別した。まだ生っぽいものは選り分けて、程よく乾いたものを集めてさらに乾燥させる。時々つまみ食いしながら、おやつやお茶うけ用のトゥットゥを綺麗にしていく。虫の卵を見つけて気持ち悪がっていたら、ママ・ファティマは「ザフロが詳しいの」と言った。彼女はじっとトゥットゥの実を見つめ、知らない虫の名前を言った。ママ・ファティマは感心したように声を上げた。彼女は作物の病気などを分析する研究者で、たしかな目を持っていた。
女たちの手作業の合間に、ババ・アリーは泳いでいたスイカを切った。日本のものより大ぶりで、甘味はあっさりして水分が多い。たくさんランチをいただいたから少しでいいと言ったけれど、ザフロは山盛りのスイカの皿にさらにスイカを追加した。
「ここ、真ん中なの。一番おいしいところだからあなたにあげる」
「うわー、こんなに食べられないよー」
そんな反応をしたものの、食べてみたら確かに味の違いが明確にあっておいしかった。
スイカを食べながら閉ざされた庭の側から高い塀を見てみると、この地では常に強く結束して生きていくしかないのだと思わせられる。死が隣り合わせの土地で生きること、生き続けること、水があること、食べ物があること・・こういったことはぜんぶ、人間のプリミティブな欲求で、庭にはそれ以上の豊かさがあった。よく手入れされた庭と家は、暮らしのうつくしさであり、人が生き続けてきた力強さも伝えていた。

結局、自分のお皿の山盛りスイカも完食した。本当におなかがはち切れそうだけど、彼らはまだ何かをつまみ、ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲み、楽しくおしゃべりしていた。「これがイラン・スタイルなのか」と思うと同時に、「これじゃ中年になって太るよなあ」と、街中の恰幅の良いおばさん達を思い出した。
久しぶりにザフロ達に再会した時、どうりで「あなた、細いわね」「変わってないわね」と言われるわけだ。
スイカのなくなった水槽は、ただ穏やかな水音を立てていた。あのスイカは私たちの血となり肉となったのだ。また時期がくれば、この水は抜かれて果樹園に循環する。くるくる回るスイカのように、果樹園の日常はくり返される。
ー タイムレスな旅 拝火のしらべ
車窓に浮かぶ
もうひとつの世界
呼びさまされる
太古の記憶と
原始の二元論
岩肌をつたう
王女の涙
荒野の果てで人を赦す
滴りの不可思議
音もなく響く
拝火のしらべ
祈り重なる聖域は
別世界への扉を開く

Shiraz, Iran,2017,Nikon FM2, FUJI Color400

Chak Chak, Iran, 2017,LUMIX GM1

Chak Chak, Iran, 2017,Nikon FM2, FUJI Color400

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4)イラン出国危機
ハイパーインフレーション社会
イスファハーンのゲストハウスでのこと。共有スペースに行くと、外国人旅行者たちがざわついていた。
「どうしたの?」
「ねえ、見てよ」
ベトナム人の女の子がスマホを見せてくれた。
「またイランリアルが値下がりしている。市中の両替所で1ドル41万リアルだったのが、1週間で42万になっているよ」
中国人の男の子がちょっと引く、という感じで笑った。
「こっわー。毎週通過価値、下がるよなあー」
「イランリアル、世界でいちばん弱い通貨らしいよ」
私は良いネタを持っていたので、彼らにシェアした。飛行機の中で出会った、経済学専攻のイラン人学生の話だった。
「イランの法律上、数年前に財政破綻していることになってるらしいよ。なぜ法律上破綻したこの国が今も成り立っているのかわからないってイラン人の子が言ってた」
予想どおり「やばーい!」と旅人たちは盛り上がった。
ゲストハウスのスタッフ:イマムがぼやいた。
「だから俺、移民したいんだよね。こんな国、もう勘弁だよ」
たしかに相当な異常事態だ。通貨切り替え前のトルコリラもひどいインフレだったけれど(1ドル=1,6000,000トルコリラ)、こんなに毎週ガンガン下がることはなかった。イマムはやりきれない様子で続けた。
「年々経済は悪くなる一方だし、希望がないよ。どこの国なら移民できるんだろうか・・」
まるで貨幣経済が崩壊していく瞬間に立ち会っているかのようだった。インフレ率45%の世紀末感に、私も腑(はらわた)が冷えるような気持ちになったのだった。
忍び寄る中東の危機
そんな感じで経済が相当ヤバいイランだったが、一部の地域を除けば比較的安全な国。中東特有の政情不安はあるけれど、この時期は外務省の海外渡航情報もレベル1「十分に注意してください」くらいなものだった。
ところがだ。
8月3日。
「ハマスのボスをイランで殺害した事件、歴史的な事態らしいよ」
編集者の友人(日本人)からこんな連絡が来た。イランのネット状況は非常に悪い。ただでさえ電車やバスのチケット手配、次の目的地の下調べなどで苦労している状況で、こちらに現地のニュースを知る余地はない。そもそも、Yahoo!ニュース見られないんだし。
「なんのことだ?」と思いつつ、スルーしていたのだが。
8月4日。
夜、友人のザフロたちが彼女のパパの農作業場に連れて行ってくれた時のこと。馬や羊や農作業器具、やたらでかいトラックごと重量を計れるスケールなどを見て楽しんでいたら、急に彼らは
「日本はネタニヤフのトモダチか?」と聞いてきた。
「いや、トモダチじゃない。どちらというと、私はネタニヤフは嫌いだ」
すると、友人一家は矢継ぎ早に私に質問を投げかけた。
「じゃあ、アメリカはトモダチか?」
「なんでアメリカの仲間なのか?」
難しい話になってきた。。
答えに窮し「日本は敗戦国だからね」と伝えると、
「Ah!ヒロシマ!ナガサキ!」と彼らは合点がいったようだった。
なぜ彼らが急にそんな話をするのかわからなかった。彼らは英語はそんなに話せないので理解に時間がかかる。バチクソ遅い翻訳アプリの英訳を見て、「ハマス」「イスラエル」「攻撃」などなど、単語のいくつかが拾えて理解できた。
「ああ、ハマスのボスが殺害された件ね!」
「Yes !!!」
友人たちは息巻いた。
「ハマスの幹部を殺しやがって!」
「数日うちに、イランは必ず、イスラエルに報復する!」
「イラン、パワフル!!」
「イラン、パワフル!!」
あまりにもホットな彼らに面食らった。彼らはいつも、とても穏やかで親切で知的な人たちなのだ。裁判官や弁護士、研究職など知識階級の仕事をしている極めて良識的な人たちが、どうしてこんなにハマスのことでホットになるんだろう? 極東の旅人にはサッパリ理解できない感覚だった。
このとき私はまだ、ハマスの最高幹部がイラン国内を訪問中に殺害されたという話も、中東情勢の勢力図も、多くのイラン人の政治思想もまったく把握していなかったのである。そしてこの一連の流れが私の旅程を変えることになるなんて、この時点ではよもや思わなかったのであった。

驚愕ニュースの到来
その後、編集者の友人からまた連絡が来た。
「緊急で国際政治学者の対談特集を組んだ。公開した記事送るからすぐ読んでみて」
「ありがと。てか記事リンク送ってくるなんて珍しいね」
「ハマスを支援しているのはイランだよ。すごいタイミングでイラン行ったね」
なるほど! そういうことなのね!
「自国で要人を暗殺されるなんてマヌケだね」
皮肉屋の友人は悪態をつきつつ、Yahoo!ニュースのリンクをピロリンと送ってくれた。・・とはいえもちろん開けない。が、タイトルだけは読めた。
「イラン、報復間近か イスラエル警戒、外交努力続く」
な・ん・だ・って!
のんびりした市中
「今すぐ脱出しなければ!」と、アイミーは思った!
・・はずがなかった。ビビったものの「今はまだ情報収集するだけでいーか」と思った。だいたいにして、市中は至って穏やか。よくあることなのだけど、政情不安は必ずしも治安と一致しない。脱出なんて考えられないくらい平穏な日常がそこにはある。
実際のところ、イラン人の友人の1人は
「長引かないわ。すぐ落ち着くわよ」と、慣れっこな様子だった。現地の人たちがそんな感じだったので、私の旅も依然としてのんびりとしたものだった。
友人が送ってくれた学者の対談記事のおかげで中東の政治的な現状も理解できたが、すぐに戦争という話でもなさそうだった。これもまた、私の旅のスタンスを変えない理由になった。
次の目的地は北部の宗教都市:マシュハド。マシュハドはイラン随一の聖地で、たとえシーア派の聖地といえど、もしイスラエルが報復にこの街を選んだら間違いなく中東全域が反応するだろう。中東のほとんどの国はイスラム教スンニ派で、シーア派とは仲が悪い。マシュハドはスンニ派にとっては関係がない聖地だけれども、ムハンマドの末裔を祀っている聖域であることは無視できないはずだ。
何が言いたいかといえば、イスラエルがそんな街を攻撃するはずはないだろうと踏んだ、ということである。それに、万が一有事が起きても、トルクメニスタンビザはじきに発行される予定・・国境が封鎖されない限り、陸路でトルクメニスタンへ抜けることもできるに違いない。
平和主義って政治思想?
前述のゲストハウススタッフ:イマムは、この件を受けて「もっと移民したくなった!」と言っていたが、彼によれば「多くのイラン国民は政府のファン」なのだという。どれだけ経済が悪くても、政府が掲げるイスラム革命に賛同しているらしい。
ザフロたち一家がホットな反応を見せていた理由がようやくわかった気がした。彼らは敬虔なイスラム教徒で、頻繁に巡礼に出かけている。
無宗教国家の日本人としては「価値観が違うんだなあ・・」と感じずにはいられない瞬間であった。自分に限らず、日本人なら「信仰より経済だろ!」という人が多そうだ。
余談だが、2025年になってイラン・イスラエルの12日間戦争が勃発した時、友人達に心配になって「早く平和が訪れることを祈っている」とメッセージを送った。でも、意外なことに彼女達はこの件に関してはノーレスだった。
「あれれ?何かまずいこと言っちゃった?」と思って考えてみたのだが・・。
最終的にこの話を思い出し、「平和主義って、政治思想なのかも、、」と思うに至った。イランとイスラエルの対立の本質は宗教対立であり、戦争が勃発したからといって「平和を望むもの」ではきっとないのだろうな、と・・。
警戒が強まる国内
マシュハドへの夜行列車はハイシーズンで予約できなかったので、イスファハーンに戻って飛行機移動することになったが、ともかくマシュハドに向かうことにした。相変わらずのんびりした市中だったが、ヤズドからイスファハーンに戻るバスでは、行きにはなかったものに遭遇した。検問である。
政情不安な国には割とよくあることで、どの国の検問もだいたい同じ手順で行われる。検問ゲートでバスが止められて、乗客は全員下車するよう促される。軍人が犬を連れて中に入っていき、不審物がないか確認する。今回はなかったが、場合によってはパスポートも回収される。
「おお、久しぶりのアレか」と、写真に撮りたい衝動に駆られたけれど、さすがにバレたらヤバいのでやめた。
軍人が荷台もチェックし、乗客がバスに戻って検問は何事もなく終わった。

だんだんと高まる緊張
そんな感じで「なんか物々しいなー」「暗殺はテロだから、さすがに警戒しているのか」と、まだ呑気に構えていた。そんなバスの中で元公務員の日本の友人から連絡を受けた。見ると、イラン国内がオレンジ色に染まった画像が添付されている。
「外務省の渡航情報が、レベル3:渡航中止勧告に変更されました。心配です」
アレマー!危険情報が更新されちゃった!でも、予定では数日後にはトルクメニスタンに抜ける予定・・。めちゃくちゃ面倒くさいトルクメニスタンビザの申請をし直すのは憂鬱だし、まだ報復攻撃は「やる」とは決まっていない。
「友達、バックパッカーじゃないから心配になっちゃってるんだろうなー」
私はやっぱりもう少し、様子を見ることにしたのだった。
イランの裏社会
マシュハドではイラン人学生:ホセインと会うことになっていた。こちらも予算があったので、ホセイン一家が泊まる高級ホテルにステイすることになった。ホセインはスーパーボンボンなのである。
ホセインは英語が流暢なので、いろいろなことを知ることができた。
「イランの特権階級の間では、よく暗殺があるんだって」
「うわー、怖ーっ」
「今回のハマス幹部の暗殺も、そういう人たちの邪魔になったから消されたんじゃないかって噂があるらしい」
「なんだと・・?」
「イスラエルにやらせたことにして、実は国内の人間の差金でって・・」
怖ーっ。イランの闇の深さを感じる話である。他にもヤクザの愛用車はベンツのGクラスだという情報などなど、かなり濃密な話を教えてくれて盛り上がり、我々はマシュハドで有名な高級ショッピングモールに出かけることにした。

差し迫った日本からの連絡
ホセインの恋バナという名の武勇伝を聴きながら、ゲラゲラ笑ってショッピングモールを散策する。ピロリン、と、再びスマホが鳴った。日本のバックパッカーの友人からだ。
「イランの報復攻撃、数日以内に開始ってなっているよ!見れないと思うからスクショ送る!」
記事によると、いよいよ緊張が高まっているらしい。
「報復が始まる時に空路封鎖が起こるはずだ」と彼女は言った。
「コロナの時、メキシコで親が空路封鎖に遭った」
「ひと月以上、メキシコから出られなくなった」
「報復が始まったら、きっと空路封鎖される」
「アイミー、帰国できなくなっちゃうかも!」
なんだと・・ッ!? これはちょっと、聞き捨てならない話・・。
「ねえホセイン、友達がこんなこと言ってるんだけど・・」
「んー?大丈夫じゃない?」
「そうかなあ」
「いざとなったら陸路でトルコ抜ければいいよ。俺、車あるから乗せてってあげれるし」
「それは安心〜。じゃあ、いいか!」
ゲラゲラゲラ。
一抹の不安を胸に、我々は再びモールをうろつき、シガーショップに入った。ホセインは店員さんに高いタバコの中身を1本出してもらい、匂いをかぐと目をキラキラさせた。
「おおーっ、これ、すっごくいいタバコ!」
「嘘ー!匂いでわかるもんなの?」
「ちょっと、かいでみてよ!これ、すごくいいよ!」
アホなホセインは、日本円にして1万円のタバコをレジに置き、財布を出した。
「え、マジで買うの?」
「買う、買う」
「アホー!」
ゲラゲラゲラ。
「買ったら一本、吸わせてよー!」

そんな会話の間にも、私のスマホにはパッカーの友達から次々に連絡が来ていた。
「日本のサイトじゃ情報遅い!」
「今、海外サイト見てる!」
「見れないと思うからまたスクショ送る!」
ピコン、ピコン、ピコーン。
画像がたくさん送られてくるスマホをホセインがのぞき込んだ。
「どうした、どうした?」
「・・なんだか雲行きが怪しいんだけど」
「ふーん・・あーっ、どうしよう?タバコ、2箱買っちゃおうかなあ」
「えー!タバコに2万?アホだろ!」
ゲラゲラゲラ。
我々が大口開けて笑っている間にも、じゃんじゃん友人から連絡が来る。
「シンガポール航空が中東の航路とるのやめたって!」
「アジア系の航空会社、次々に欠航してる!」
どんどん友人のレポートレベルが深刻になってゆく。旅を知らない普通の友人ではなく、70カ国以上を渡り歩いたバックパッカーが慌てている。現地の安全と危険をよくわかっている彼女の様子に、自分の中のアラートが反応した。
「ちょっとホセイン。どんどん状況がヤバくなってるんだけど・・」
「ふーむ。たしかに変だね。母に電話してみるよ」
ホセインはママに電話をかけた。ホテルにいるママはすぐに出てくれた。だんだんとホセインの顔つきがシリアスになっていく。理解できないペルシア語の緊張感だけが、ビンビン伝わってくる。
ピロリン。また日本のパッカーからの連絡だ。
「やばい!イランの一部空港が、空路封鎖し始めたよ!」
出国を決める。
電話を切ったホセインの顔は緊張に満ちていた。
「思っていたより相当やばい。今、中東全体が不安定化しているって。僕も来週に
は出国した方がいいと言われた」
「まじか・・」
「航空券、すぐ探そう」
「そうしよう」
のっぴきならない状況に、我々はカフェに入った。こうなったらトルクメニスタンビザどころではない。とにかく、日本に帰国する航空券をなる早で押さえなければ・・!
高級ショッピングモールのおしゃれカフェはサンセットの見える素敵なお店で、バータイムを迎えて店員さんが各テーブルのキャンドルに火入れしていた。人気店らしく、テラス席はほとんど満席。来店客は楽しげに談笑し、変わった色のカクテルを片手に騒いでいる。深刻そうに顔を引きつらせているのは私とホセインだけ。なんなんだ、この温度差は。
綺麗な夕日もろくに見ず、ひたすら航空券を検索する。17時を回り、ネット回線が極端に遅くなる時間帯に突入した。
「あーもうっ!ぜんぜん予約できん!」
なかなかフォームの入力が進まない。スマホは熱を持ち始め、充電を削っていく。その間にも、予約可能だった航空券がバンバン誰かに取られていく。まるで航空券の椅子取りゲーム、スマホを操作する指先が汗でぬるぬるしてくる。
「どうしよ・・」
「大丈夫、万が一、予約ダメだったら、テヘランの僕のうちに来たらいいよ」
ホセインの電話が鳴った。
ホセイン一家のサポート
「ドクターだ」
彼のパパは博士号を持っているそうで、「パパ」ではなく「ドクター」と呼ばれている。
電話を切ってホセインがいった。
「ドクター、もしアイミーが帰れなくなっても、金銭的なことは心配するなって。
ドクターがなんとかしてあげるからって。だから大丈夫だから、落ち着いて
航空券、探そう」
ドクター!神ですか!会ったこともない異邦人にそのような温情をかけてくださるとは!ホセインのママも素敵なお人柄だったけれど、なんと素晴らしいホセイン一家!
今この瞬間、ホセインがいてくれて良かったと心から思った。一人でこの状況に直面しなきゃいけなかったとしたら、自分の精神との戦いがなかなかエグいものになっただろう・・。

パスポート行方不明!?
ネット環境も最悪だったが、ホセインに励まされつつ、何とかフォーム入力は進んだ。最後のパスポート情報を入力しようとした時だった。
「さて、パスポート入力・・あれ。あれ・・?」
「どうした?」
「どうしよう・・パスポートが、ない!」
「えー!」
混乱・錯乱の極み到来!
マジか!どこいった!なんでないんだよーー!
「俺、ホテルに電話してくるわ!」
「わかった、私、履歴からパスポート情報探してみる!」
こうして大慌てでパスポート情報を検索し、予約をなんとかコンプしたところでホセインが戻ってきた。
「あった!ホテルに預けてるよ!」
「え、ホテル!?」
「ほら、一緒にチェックインした時、預けていたじゃん」
「え・・あー、そうかああああ!よかった・・予約もできたよ!」
「俺もマジでびっくりしたー」
「あはははー。ごめんねー」
やっと安心できる!ほっとして航空券予約メールを見たら・・。
「ぎゃあああ!パスポートの名前、スペル間違えてるーー!」
「なんだってー!」
航空会社に問い合わせてみたら、名前が修正できるのはマシュハドードバイ間のみ、ドバイー東京間は修正できないとのこと。
「この航空券はすべての発券が執行条件です。ドバイ東京間をキャンセルしなければ、すべての航空券が使えなくなってしまいます」
ああ、ジーザス・・!
こうしてドバイストップオーバーが確定。慌てすぎた勉強代として、ドバイ・成田間の航空券キャンセル料:6万円が課されたのでした。涙。
イランという国の誇り高さ・宗教国家の難しさゆえに、こんな事態に巻き込まれたのだけど。イラン人は本当に親切な人が多い。
ニュースで扱われるのは「国」であって、「人」ではない。「国」だけ見てると喧嘩したくなることもあるけれど、そういう時こそ「人」を忘れてはいけないんじゃないかな、と思ったりします。
外交努力に尽力された各国の方々、ありがとうございました。
そして、ここで出国を余儀なくされたことにより、遅れていたトルクメニスタンビザの発給のタイミングがバッチリ合い、トルクメニスタンに行くことになった。めぐり合わせというのは、ひとつの事柄だけでは測りきれないものだ。

ー タイムレスな旅 あなたの宝があるところ
砂漠の夕陽は
闇にさえ光を届ける
沈められた記憶
忘れ去られた過去
自我の底を越えてゆけば
失われた真実が
ふたたび浮かび上がる
宝の眠る場所は
心があるところ
内なるささやきに
耳をすませば
一は全だと
気づくだろう

Kara kum desert, Turkmenistan, 2024, iPhone 14 Pro

Ayasofya, Istanbul, Turkey, 2017, LUMIX DMC-GM1

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5)宛先のない手紙
キャビール砂漠の上空で、「いま、死んでもいい」と思った。
心からの望みを生きられる幸せに、涙が止まらなかった。
旅するように表現したい。そんなふうに生きてみたいと切に願った。
"Life is a journey through realms of the seen and the unseen."
人生は、見えるものと見えないものの旅。
拝啓 森崎洋二様
お元気ですか。ふとお便りしたくなり、筆を執りました。まとまりのない話ですが、宜しければお読みください。
先の旅では、イラン・トルクメニスタンに行きました。予定外のイラン出国に続き、トルクメニスタンは当日搭乗できるかわからなかったり、フライト遅延で帰国便に乗れなかったりと、波乱に満ちていました。そんなことがありながらも、とても素晴らしい旅でした。
久しぶりにカメラを手にして、動画もたくさん撮りました。「黄色い山」山麓のヤギのベルの音、イスファハーンのバスの車窓から、カラクム砂漠の「地獄の門」で・・「私にしかできない表現は何か?」をひたすら感じ、考えて、最も心が動くものをじっと観察して。
カメラを握っていると、あなたの写真を思い出します。あの美しい世界はどうやって生まれていくのだろう?私はわたしのうつくしさを、どうやったら表現できるのだろう?ファインダーを覗きながら、文章に向き合いながら、しばしばそのことが頭をよぎりました。
旅行後、写真の整理をしたり文章を書いたりしながら、自分の世界のうつくしさに気づきました。
旅行の前から「トルクメニスタンに行ったら表現が大きく変わりそうだ」という感覚がありました。この旅を通じて、「自由に自分を表現する許可」を得たのかもしれません。
そうして自分の中にあたらしい「わたし」を見つけたのかもしれません。「ああ、これを表現すればいいんだ」「ここに繋がって切り出していくんだ」というようなものを。
旅行の前と後で、180度在り方が変わったように感じます。「自分は普通じゃない」ということを、フラットに受け入れられたことが大きいのかもしれません。驚かれるかもしれませんが、私は自分が「普通じゃない」ことをずっと認めたくなかったのです。
ここまで書いて、私はこの手紙で「自分の写真表現とは何か」、追い続けていることを伝えたかったのかもしれないと思いました。なぜかと聞かれてもわからないけれど。
もう一年以上、お話していないですね。折に触れて、聞きたいこと話したいことは本当にたくさんありました。きっとこれからもあるでしょう。けれど、この手紙を邪推しないでいただけたら幸いです。ただなんとなく伝えたくなった。深い意図のない、そういう手紙です。もし本当にご縁があるならば、お互いの準備ができたと感じた時、自ずと言葉が生まれ、渡したくなるものではないでしょうか。この手紙もまた、そういう類のものなのかもしれません。
私はひとり自問自答しながら、より純度が高い透明な世界、胸が打ち震える表現を探していきます。自分の内なる世界に向き合い続けてみます。
それでは、また。
ラジオドラマ、やってます。
★旅行記「さいはて」イラン・黄色い山 編
イランの岩砂漠で遊牧民に導かれて氷河に出会う癒しの記録。
「黄色い山、氷の洞窟」の朗読と、イラン:チャハール・マハール・バフティヤーリーの映像。「世界の車窓から」好きならきっと好きです。
★ラジオドラマ公開中!
4万回以上、再生されています!
-------【天国給排水設備】--------
物販業を起業した坂口は、ビジネスがうまく行っていない。 仕入れのセンスはあるけれど、いつも卸先に手痛い目に遭わされる。 資金繰りも悪化し、借入金の返済期限を過ぎて、ローン会社から督促を受ける日々。 全てに詰まっている坂口に、風呂場の排水口が詰まるというつまらない出来事が起きる。 修理のために電話して、なぜか繋がった「天国給排水設備株式会社」という妙な会社。 担当者の治国(じごく)社長もかなりの変わり者。 なのに、坂口はだんだんと社長に惹き込まれていく。 治国社長は坂口に「あなたの頭のパイプも詰まっているから掃除する」と告げられる。 頭のパイプ掃除を終えた社長は、頭のパイプを詰まらせず、綺麗なまま維持するために、「自虐するな」「感謝を増やせ」と謎めいた助言を残して帰っていった。 経営が行き詰まっていた坂口は、藁をもすがる気持ちで、治国社長の助言を実践していく。 坂口の人生が、流れ始める。
-------- 【宿りカラスと筋肉メン】 ----
強い主張ができず、人の言いなりになってばかりいる坊野。 坊野の頼りなさを、同じアパートの「ミツコ婆」や友人のムキムキ筋肉男の「恐竜」は呆れている。 しかし、二人はどこか憎めない坊野に何かと世話を焼いてくれる。 ある日、そんな坊野の胸に、奇妙なカラスが貼り付いてしまう。 カラスは鳴き声で坊野に指示を出す。 カラスの指示に従うことで、坊野は少しずつ、これまでと違った行動を取るようになっていく。 自分のない坊野は、だんだんと自分らしさを見つけていくが、ある日、急にカラスが話さなくなってしまう。 司令塔を失った坊野は、ある大きな決断を迫られ、狼狽するがー。
