わたしはどこに
今まで、障害のある子を育ててきた私は、二人分の人生を送ってきたかのような、密度の濃い人生であったと思っていたのです。
ところが、ある日、心の奥に、すーすーする隙間を感じてしまったもので、その隙間はいったい何なのか、そしてどこからやってきたものなのかを探りだしたのです。
探ったりしなければよかったものを。
それでも、突き詰めて考えるのが私の癖なのです。
そして、気がついてしまいました。
「わたし」はどこにいるの?
「わたしはどこに?」
私は、知的障害のある長女ほかろんを、懸命に育ててきました。
世間の荒波、家庭内での無理解とも戦いながら、教育、医療、福祉へとつながりを求めて、学び、活動してきたのですが、それはすべてほかろんと共に生きるために必要だったからのことであったのです。
疲れはて、もう何もできない、お手上げです、誰か助けてください、というところまで行って、周りの人々に援助の手を求めました。
そして、私の周囲の方々は、手厚く支えてくださいました。
そこで今日の私がいます。
なのだけれども、心の奥がひらひらの薄い紙の短冊のような質感で、ふらふら、ゆらゆら、はらはらしているのです。
そう、質感がないのです。
重力がないのでコロコロ転がる紙風船のようなのです。
ほかろんの母として生きてきた私は、確かにどっしりがっつりしています。
しかし、「わたし」はひらひらで、はらはらなのです。
「わたし」はどこに行ってしまったのでしょう。
と思ったのですが、このひらひら、はらはら、の薄っぺらい存在が「わたし」なのだったのだと気が付きました。
「わたし」ってたいしたものじゃなかったんだ。
なんだ、そんなもんか、生きるなんて、そんなものだったのか。
躁病であるほかろんの、スイッチが入らないよう、細かいところまで気を使い、神経を張り巡らし、暮らしやすいように生活すべてをサポートしてきたのですが、その結果、自分のことを後回しにし、我慢して、やりたいこともやってこなかったものだから、からっぽで、スカスカになってしまっていたのですね。
そのうえ、質の悪いことに、自分のことをしようとか、楽しいことをしようとか思うと、なぜか罪悪感を感じてしまうという障害者の母あるあるなので、この心の奥底に、感じなくてもいい罪の香りを感じてしまう悲しい自分がいます。
これは、53年間という長い歳月を障害者の母として生活してきたうえでの一種の病理なのではないか、このことを広く研究して論文を書くことが出来るのではないか。
それはまた、声を上げづらい障害者の母の声を集大成したものになるのではないかなんて考えたのですが、そういうことを集中して研究できるなんてことが出来ないのですよ。
今までもそうだったじゃないの。
とはじめからあきらめてしまう自分がまた情けない。
まあ、元気で生きていればそれだけでいい。
何にも成し遂げたりしなくてもね。
色とりどりの砂を重ねて何日もかけて丁寧に描いた、砂曼荼羅が、ふうーと風がふいたら、サーと消えていくような、あの映画のワンシーンみたいに、はかなくてさみしいのが、「わたし」の毎日なんだろうな。
今日は、「わたし」のために、おいしいおにぎりと、卵焼きと、お味噌汁を作ってあげましょう。

「リトル・ブッダ」 1993年 ベルナルト・ベルトリッチ監督
キアヌ・リーヴス
坂本龍一 音楽
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