「河合隼雄『で』語り合おう」マガジン記事紹介#1
あなたと共にうたいたい。
元高校教師(国語)の
たこせん枝瀬です🐙
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教育は
自分が変わらないと
他人を変えることなんてできない。
=「主体変容」
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【たこせん枝瀬の発信の足】

【河合隼雄『で』語り合います!!】
「話す」と「語る」は違う

「話す」と「語る」は違う
どうちがうのかというと
「語る」という場合は、
たとえば「昔を語る」とかいう場合に、
話をする私が何かそのことについて
筋みたいなものをもっている。
プロットといいますか、
そういうものをもっている。
(中略)
次にだいじなことは、
そのように「私」が語るとなると、
自分で筋をつけているということ自体、
私という人間がはいっているのです。
(中略)
そうすると、
相手に通じるように
話をしなければならないという面と、
自分の思いをそこに入れねばならないという
面があるわけです。
(中略)
つまり
「語り」が生きているあいだは、
話し手と聞き手のあいだに関係があるわけです。
昔話を「言う」とはいわない。
昔話は「語る」ものだ。
高校生の大好物である
『コイバナ(=恋話)』も、
「言う」では味気なくて、
「語り合う」から楽しい。
それは、
「語り合う」行為には、
ただ単に
内容を伝えるだけではなく、
話す人の
考え方や
感じ方や
もっといえば
生き方在り方
を含めて、
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聞く人と関係が生じ、
お互いに影響し合うところに
(語る)意義があるからだ。
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高校教師時代も、
生徒たちと語り合ううち、
互いの体温が上がるような感覚が
好きだった。
このnoteでなら、
そんな語り合いができる!!
特に、
河合隼雄を仲立ちにしたら、
それぞれの人生模様や哲学にまで
触れられるのでは、、、
noteをはじめたら当初から
そんな思いがあり、
このたび
共同運営マガジン「河合隼雄『で』語り合おう」
をスタートさせました。
共同運営マガジン「河合隼雄『で』語ろう」とは
高校教師という仕事に
葛藤と不安を抱えていたころ、
支えてくれたのは
河合隼雄の思想と言葉でした。
彼の言葉は
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力強くて、
やさしくて、
おもしろい!
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達意平明なのに
得体のしれないほど
深い世界にいざなってくださる。
そんな河合隼雄を
専門的に論じるなんて
大それた振る舞いはできませんが、
河合隼雄の言葉に支えられてきた
これまでの実体験なら書けます。
そして、
読み手・書き手ともに
成熟したイメージのある
このnoteだからこそ、
それぞれの書き手の人生を
河合隼雄の言葉『で』語り合うことに、
大きな価値を感じています。
「河合隼雄『で』語り合おう」は、
河合隼雄先生を仲立ちにして、
それぞれの体験談を
書いてくださる方を
募集しています!
ハッシュタグに
#河合隼雄倶楽部
をつけてくだれば、
マガジン登録して紹介させていただきますね。
ぜひぜひ、お気軽にご参加ください!!
マガジン掲載記事のご紹介
ならまち月燈さん
今どんなに楽しそうに楽々と生きているように見える人でも、やはり若い時には失敗もし、絶望もし、途方に暮れる時があったんだと思いました。
そして、あやのんさんの若いときの失敗を、優しく温かく抱きしめたくなるように、自分自身の若いときの失敗、無知、勘違いも同じように抱きしめられることを知るのです。
共鳴する、共振する心地良さ…
共鳴・共振できることって『ある』と思います!
至らない自分を抱きしめられた時の涙は忘れられないな。
あやのんさん
初めて、河合隼雄の本に出会ったのはいつだろう?
思い出してみると、20代の頃。いや、18歳だったかも。
家の書棚にあった「コンプレックス」という本だ。
漫画を描くのが好きだった私は、地元の弘前大学の教育学部中学校教員養成課程の美術科に進んだ。理由は、漫画を描くことに一番、近そうだから、という恥ずかしい理由である。
そうなのだ。漫画を志していたから、美術に出会った。
どう向き合い、対決し、共に付き合っていくか?
青年期の一つの課題ですね。
書くからこそ、過去がよみがえり、解釈が変容し、
今という時間の厚みが増すのだと思います。
ゆらゆらミルコさん
(悩んでいる人の膠着した心がほどけていくまで)
何も考えずのんきに待っているわけでない。のんきそうに見えて真摯でなければいけないことを知っている。
この反動をどうするのか私は気になった。
普通の人は逆のことをしようとする。
天秤の皿に重りをのせるように釣り合いを取ろうとする。
ところが、お悩み相談を離れた河合隼雄さんの普段の顔は、人を楽しませる冗談を言うことで釣り合いをとっていたようだ。
実にくだらないのが特徴でした。
でも、それは『悪魔祓い』のようなものだった
のではないかと僕は考えています」
と語っていました。
ヘリウムのように軽いからこそ、
人の魂の重さに向き合えたのかな。
風の歌のナウシカさん
私は、藤井風さんを推しています。なぜかというと彼の音楽を聴いていると、心が軽くなるからなんです。彼の楽曲の中の「帰ろう」の歌詞にも出てきますが、生と死の境目にいて、あの世に持っていけるものなんか何一つない。どんなにしがみついても生まれる時も死ぬ時も、この身ひとつで帰るわけです。そんな姿を上から眺めても、何一つ変わらず世界は回り続けていくのです。怖さも、痛みも、孤独も、何もナッシングです。
ただ、魂だけはこの体を手放した後も、ずっと生き続ける。ちゃんと覚えているんです。あなたが頑張って生き抜いてきたこの人生を。あなたが愛した家族、あなたを救った恩人も、共に涙した友人、そしてもう一つの魂の片割れも…。
魂はあの日交わした約束をずっと覚えていて、これからもその魂だけは生き続けていると…。私はそう信じて生きていたいのです。
だから、幸せ絶えぬ場所に「帰ろう」なんだと思うのです。
シャーマンのような歌い手さんですね。
河合隼雄先生からの連想で、
推しがますます増えていくのも喜びです。
コニシ木の子さん
物語の本質的な意味を今の自分に重ねていた。「人生の親戚」が、私を救うものならば「なんのはなしですか」と悩みや、日常、誰にも分からないことや感じたことを自由に書いてみたい、それを読みたいと感じているような感情、そしてそれを一緒に楽しむような人達はまさに「ソレ」に当たるのではないだろうか。
何かどこかで共通している「人生の親戚」なのではないだろうか。
今「立った」ばかりの私は「惑わず」までの十年間を思いっきり惑いながらフラフラして進みたい。四十にして惑うのは「何も悪くない」と今知れてよかった。
河合先生はよく「中年の危機」ということを強調し
「自己実現は、人生の後半生からはじまる」
とおっしゃっていました。
だとすれば、中年期をよりよく過ごすため、
「人生の親戚」は多いに越したことはありませんね。
吉穂みらいさん
河合隼雄先生には、特別な思いがある。
私淑している、といってもいいし、先生の本はバイブルだと思っている。
二十代から五十代にいたるまで、悩める時を救ってくれたのは、いつも河合先生だ。
こんなに熱烈な書きっぷりは、まるで会ったことでもあるかのようだ、と今、これを書いていて思った。遠く憧れ、尊敬していた氏に、まさか、会ったことなどあるわけがない。この「語り合おう」の趣旨としては、実際に会ったことがあるご経験なども求めているようなので、会ったことがなくて申し訳ない気がしてくる。
しかし、たとえ会ったことがなくても、河合先生の著作は、それほどに身近に、親しみを持って感じられるのが特徴ではないかと思う。
まさに、河合先生の「語り」は
深く関係を築く働きがありますよね。
僕も生前一度もお会いしたことのないのに、
書いていて隣にいるような錯覚さえ起こします。
そんな感覚を共有できるのが嬉しいです。
かぼちゃさん
今よりももう少し若かったころ、
自分の現実を受け入れることができなくなった時期があり、
ちょっと遠くに行きたくなりました。
新幹線に乗る前に、
時間があったので駅の売店で本を見ていると、背表紙のこのことばが目に入りました。
『生きるとは、自分の物語をつくること』
レジでお金を払ってバッグに入れました。
まさに、物語がはじまる予感に満ちています。
「許す」って愛ですね。
そうか、
(僕も含めて)みんな、
河合隼雄先生の言葉に
「許される」感覚があるのかもしれないな、
なんてことも感じました。
続き、楽しみにしています!
今日は、ここまで。
最後までお読みいただき
ありがとうございました。
嬉しくてタコ吹いちゃいます(˶˙๏˙˶)♡
【追記1】
共同運営マガジンもやってます。
ぜひご参加ください!
【追記2】
kindle本出版してます!
こちらも是非、お読みいただけたら嬉しいです。
