【寝物語】松林権三郎の物語
皆さん、これは昔々のお話です。
あるところに一人の若者がおりました。名前は松林権三郎。
ところが若者は突然いなくなってしまいました。村の人たちはみんな驚きました。

「松林権三郎さんは、いったいどこに行ってしまったんだろうね」
とみんなは噂していました。
そうです。松林権三郎さんはいなくなってしまったのです。
---
それから50年の月日が流れました。
村に一人の爺さんがやってきました。そして村の人たちに言いました。
「わしの名は松林権三郎じゃ」
「え?」
「あなたは誰ですか?」
「わしの名は松林権三郎じゃ」
もう一度名前を言いました。
「え?」
「あなたはどこから来たんですか?」
と村の人たちは言いました。
村の人たちは松林権三郎のことを覚えていなかったのです。

「なんということじゃ。このわしのことを覚えていないとは。この村も変わってしまったのう」
と言うと、村の奥の方から村長の館林あけみという老人がやってきました。
「ひょっとして、あんたは松林権三郎ではないかな?」
「ん? そういうお前は館林あけみか?」
「そうじゃ」
「久しいのう」
「ああ、50年ぶりになる」

「いったいこれまで何をしていたんじゃ?」
「実は、わしは松林権三郎であるが、松林権三郎ではない」
「ん? 何を言っている?」
「実はわしはタイムスリップしたんじゃ」
「た、タイムスリップ? どういうことだ?」
「あの時、覚えているか?」
「ああ、もちろん忘れはしない」
「あの時」
---
そうです。館林あけみは覚えていました。あの50年前のこと。
あの時、松林権三郎が突然姿を隠してしまい、村の人たちが総出で探したのですが、どこを探しても松林権三郎は見当たりませんでした。
「きっと家出をしてしまったんだろう」
「どこか別の村に行ってしまったんだろう」
と言って、人々はそのうち探すのを諦めてしまって、そして、だんだん松林権三郎のことを忘れていきました。
しかし、館林あけみは松林権三郎のことを覚えていました。
なぜなら、館林あけみと松林権三郎は仲の良い、とても仲の良い友達だったからです。
「まっちゃーん! まっちゃーん! 一緒に、一緒に遊ぼうぜ! まっちゃーん!」
「あけみちゃーん! あけみちゃーん! 一緒に、一緒に、ちょっと下駄飛ばして遊ぼうぜ、下駄飛ばして。下駄飛ばそうぜ」
「下駄飛ばそうぜ」
「ほら、この下駄がさ、表向いたらさ、晴れるって。明日晴れるって」
「裏向いたら雨降るって」
「で、その斜めに刺さったらさ、雪降るって」
「おい、真夏なのに雪降るわけないだろう。嘘つくなよ」
「嘘じゃないよ、本当だよ」
という感じで二人はよく遊んでいました。

そんな松林権三郎が行方不明になったんですから、館林あけみはとても残念な気持ちでした。
残念どころではありません。遊び相手がいなくなってしまったんです。
といっても、もうその頃、二人とも大人になっていましたので、まあ、なんと言うんでしょう、寂しくてしょうがないということではないんですが。
「まっちゃん、どうしていなくなってしまったんじゃ?」
「あけみちゃん、これには深い訳があるんじゃ。わしはタイムスリップしてしまったんじゃ」
「タイムスリップ?」
「そうじゃ。わしらがよく遊んでいた神社の裏に池があったじゃろ?」
「ああ、あったね。今はもうすっかり干上がってしまった」
「あの池でな、実は池に溺れてしまったんじゃよ、わしは」
「え? 二十歳過ぎてたのに?」
「いや、そうなんだよ。なんか酔っぱらって、こう、ふざけて踊っているうちに、こう、池に飛び込んでしまったというか、池にね、顔が浸かってしまって、そのまま溺れてしまったんだな」

それを聞いていた子供たちが言いました。
**(アホだな)**
**(バカじゃん)**
「そうなんだね。それでどうしたんだい?」
「で、そのままね、うわ、苦しい、苦しいと思ってたんだけど、池の中にズブズブズブズブと沈んでいって、気がつくとそこは、なんと、地底の国だったんだ」
「地底の国?」
「そう。地面の下に国があるんだ。その地面の下の国に行ってしまって、そこで地底人の人たちとわしは仲良くなったんじゃ」
「ち、地底人?」
「そう。この地面の下には地底人の国があるんじゃ」

それを聞いていた子供の一人が驚いて言いました。
**(ねえ、「大きな木のひみつ」に出てきた地底人)**
「実はそうなんじゃ。よう、よく知っとるのう」
「『大きな木のひみつ』というお話があってな、そこに出てくる地底人たちの国というのがあるんじゃ。それはまた別の話じゃ」
**(伝説なんだ)**
「そう、伝説なんじゃよ」
「そのところにわしは行ってしまったんじゃ。で、地底人たちと一緒に暮らしていて、で、しばらくした後にな、その地底人たちが作ったタイムマシンに乗ったんじゃ。そしてタイムマシンに乗って色々なところに行ったんじゃ。あっちに行ったりこっちに行ったりしたんじゃ。大昔に行ったり未来に行ったりしたんじゃ。というようなことをして、面白おかしく暮らしているうちに、あっという間に50年が経ってしまい、で、久しぶりに戻ってきたと、こういうわけじゃ」

「ふーん、そうだったのか。よくわからんが、じゃあ50年ぶりに帰ってきたというわけじゃな」
「まあ、そういうことだな」
「そうか、じゃあ、ちょっと久しぶりに下駄でも飛ばすか。もう今下駄なんか履いてないけどな。靴履いてるけど。ちょっと飛ばしてみようか」
「え? な、なんだそれは? 何をしようというんじゃ?」
「まあ、いいから。この靴が表を向いたら、まっちゃんの言っていることは本当じゃ。もしも裏を向いたら、まっちゃんの言っていることは嘘じゃ。お前はまっちんでもないということになる。わかるか?」
「ええー! なんじゃその話は」
「まあ、いいからやってみよう」
**(くだらない)**
「いくぞ、それ! わあー!」

「どっちだ、どっちだ、どっちだ」
村の人たちがみんなで見つめています。
「あ、空高く」
そうです。館林あけみの靴が空高く舞い上がっていき、それがずっと空の向こうまで、宇宙のほうまで飛んでいき、月まで届いて、月にいる宇宙飛行士のトミーが「わあ、靴が飛んできたぞ!」と言って驚くほど飛んでいって……
**(宇宙飛行士のトミー)**
で、その靴がひゅーっと戻ってきました。

そして戻ってきて、なんと裏を向きました。パタン。
「わあー! 嘘つきだ! 嘘つきだ!」
「わあ、松林は嘘つきだ! こいつは松林権三郎じゃないぞ!」
「うふふふふ、よくわかったな。わしは松林権三郎ではない」
「な、誰だ、あんたは?」
「わしは地底人のゴンザレス牧野だ」

「ご、ゴンザレス牧野? 何者だ?」
「ふふふふふ。その話はまた今度にしよう。おしまい
」
**(やだ)**
**(いや、もう寝よう)**
---
おしまい
