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教員志望ではない教育実習生の話

 TLで教職希望ではない教育実習生さんについての愚痴を見て思い出したことを書いてみたいと思います。

 観察実習等も含めると、50人を優に越える教育実習生さんと関わってきました。教育学部所属の学生さんが主でしたし、大学で「小学校教員になりたいです!」言うように指導された上で小学校実習に出てきていたでしょうから、ほとんどの実習生さんは配属当初は上記のように話してくれました。みんな素直で真っ直ぐでした。

「お互いのために正直に話をしておこう」

 実習生さんをお預かりした最初の学級ミーティングで、必ず上記のように切り出します。小学校教員を目指しているのか。他の校種を志望しているのか。それとも、教職は選択肢として考えていないのか。まず、そこを腹を割って話そうじゃないか、と。
 その際、いつも概ね以下のような話をしていました。


 卒業要件や免許取得の関係で、どうしても実習に来なければいけないということはある。もしかしたら、今、ここに嫌々ながらいる人もいるかもしれない。そのネガティブな気持ちのまま、数週間の教育実習を過ごすことは、とてつもない時間と精神力・体力の負担だ。私がどんなに時間と労力を惜しまずに指導をしても、そんな気持ちでいたらきっといい結果にはならない。それは、私にとっても正直徒労だ。だから、君たちがどんな将来設計を抱いていて、何のために小学校に実習に来ているのか、それを正直に教えて欲しい。
 もちろん、小学校教員志望じゃないからといって、指導の手を抜いたりぞんざいな扱いをしたりするようなことはしない。今は小学校教員を目指していなくても、もしかしたら何かの拍子に小学校に勤めることになるかもしれない。だから、小学校実習で学んでほしいことは、きちんと伝える。
 しかし、もし小学校教員以外の将来を希望しているのであれば、この数週間を小学校教員になるためのだけの実習にする必要はない。中学校教員を目指すのであれば、できるだけ中学校での教員生活に活かすことができるような知見を得られるようにしたい。
 小学校実習という学びの土台はみんな共通だけど、その上にさらに何を積み上げるかは人それぞれ、各自のビジョンに応じたものでいいはずだ。その積み上げを価値あるものにするために、正直に将来の希望を話してほしい。


 十年以上前の附属学校での話(公立校でも同じように話しましたが)です。面食らう実習生さんが多かったと記憶しています。でも、多くの実習生さんは、正直に志望を話してくれました。その誠実さに応えるために、その中身に叶う要素を盛り込むことができるように実習を進めるよう努力しました。

「管理栄養士を目指しています。学校栄養士は希望していません。」

 ある年、教育学部所属ではない実習生さん(以下Aさん)が私の学級に配属されました。栄養教諭の免許を取るために教育実習に来たとのこと。彼は、私が上記の話をする前に、自己紹介で「管理栄養士を目指しています。地元の総合病院の栄養士(の採用試験)を受けるつもりです。学校の栄養士は希望していません」と伝えてくれました。一緒に配属された教育学部生さんたちがドン引きしているのを感じました。

 Aさんとはその日初めて会ったのですが、頼もしいを越えるくらい自信に満ち溢れていて、その時々の気持ちをはっきりと言語・非言語で表現できるタイプの方でした。要は「斜に構えた生意気な学生」という印象だったということです。この自己紹介も「免許のために仕方なく来ている」「ガシガシ頑張る気はない」というメッセージを暗に感じさせるものでした。教育学部の学生さんにだって、こういうタイプはいくらでもいます。ちょっと面倒くさそうだと感じたことは(もう時効だと思うので)正直に書きますが、取り立てて気になるほどではありませんでした。(個人的には、父方の本家の近くにご実家があり、出身高校も父や従兄弟と同じということで雑談の話題には事欠かず、人見知りするタイプの私にとってはありがたかったことも付記しておきます。)

 とはいえ、学校とはかすりもしない将来設計。栄養教諭の免許取得の講義は(授業づくりも扱うでしょうが)教科・領域の授業や学級指導・生活指導とは縁遠いでしょうし、どのように実習を進めたものか悩みました。これまでに関わった教育実習生さんの中で、最も指導の見通しもてなかったケースでした。その日、Aさんには、実習初日の感想を聞いて、ノルマの研究授業1回の日程を決めて……くらいのことしかできなかったように思います。

実習テーマは「ホスピタリティ」

 教育学部の実習に比べて、Aさんたち栄養教諭の課程の実習期間は短く設定されていました。実習ノルマとして研究授業がある以上、授業の準備は始めなければなりません。Aさんは栄養教諭の課程ですから、授業内容は栄養指導・給食指導ということになります。
 初日、2日目と子どもたちと一緒に給食を食べて、Aさんは子どもたちの偏食に着目していました。好き嫌いが多い。残食が多い。私の日々の指導の至らなさと表裏一体(笑)の課題を挙げ、給食をしっかり食べることの大切さを説く授業をすると提案してくれました。

 その段階での構想(この段階で授業構想を語れることはすごいことなのですが)では、①残食調査や偏食で配膳バランスが悪い給食の状況を提示し、成長期の食事としての問題点を示す ②給食は栄養バランスを計算して献立が組まれていることを示す ③残食がないように均等に盛り付け、残さず食べるようにすることが大切だということを伝える ④今後の給食で実践するように伝え、目標意識をもたせる……というような感じだったでしょうか。
 子どもの事実から始め生活に返す流れは見事ですが、授業づくりの初歩の段階では珍しくない、一方的な情報伝達の授業です。そして、学級の実態から、このような押しつけ型の指導は静かな反発を生むことも予見できました。しかし、相手は授業づくりについて学ぶことにポジティブではないAさんです。授業論で説明しても、それこそ私に対する、そして教育実習に対する静かな反発を生むだけと考えました。

 ここで、私の口から思わぬ言葉が出ました。

「ホスピタリティをテーマに、その授業を考えていきましょう。」

 自分で思い出しても、なぜあのような言葉が出たのか、不思議に思います。ただ、その時はこんなことを考え、話したのを覚えています。


 学校給食も病院での食事も、栄養士さんが相手のことを考え、栄養バランスを整え、美味しく食べてもらえるように考えています。Aさんも、そういう仕事をするのでしょう。しかし、子どもたちの給食と同じように、どんなに心を尽くして考えても、食べてくれない子ども、患者さんはいるはずです。
 そんな時必要なのは「これは必要な栄養です。食べてください」ということではなく、なぜ食べられないのか、相手は何を考え望んできるのかに寄り添うことではないでしょうか。そこに必要なのはホスピタリティです。
 今回の実習で、給食の献立を考えて提供することはできません。ですから、子どもたちの食に対する思いを汲み取って、そこから見えてきた課題に精一杯寄り添うメッセージを伝える授業を考えましょう。
 相手に寄り添い考えること、その土台となるホスピタリティは、学校も病院も共通するはずです。


本質的な課題と向き合った研究授業

 それからAさんは、給食のたびに子どもたちに話しかけました。「これ苦手なんだ。なんで?」「こんなちょっとの給食で大丈夫?お腹減らない?」……。子どもたちが給食を「食べない」事実とその背景に向き合い続けました。

 そして、彼が見出した根本的な課題。それは、子どもたちは飽食の中にあって、好き嫌いをする・食べ物を残すということに対して抵抗を感じいないということでした。帰れば何かしら食べるものがある。学校からすぐに塾に行くなら、途中でおやつを買うこともできる。そんな生活背景に目を向けました。

 Aさんの研究授業は、やっぱりひたすらメッセージを伝えるものでした。

 しかし、内容は当初の構想とは大きく変わりました。食の生産、食品ロス、世界の食糧事情、日本の食糧自給率……。成長に必要な栄養素の話に留まらず、飽食の環境にある子どもたちの価値観や心に訴えかけようとする内容となっていました。たくさんの掲示物を用意し、一生懸命に彼なりの「授業」をしました。子どもたちへ向けての、Aさんの精一杯のメッセージ、ホスピタリティの発露でした。
 内容は山盛り。1単位時間の授業時間内に収まりませんでした。続きをどうするか子どもたちに訊いたところ、彼らは「聴きたい」と言いました。ほぼ丸々2コマ使ったと思います。Aさんは語りひたり、子どもたちは学びひたりました。子どもたちにしてみれば、知っている内容もたくさんあったはずです。それでもしっかり授業と向き合ったのは、Aさんの彼らに対する直向きさがあってのことだったと思います。

Aさんのそれから

 教育実習が終わり、Aさんは大学での学びに戻りました。実習の報告会、その後の授業を経て、無事栄養教諭の免許を取得、地元の総合病院に就職しました。
 Aさんが実習を終えてしばらくして、彼の教職の授業を担当している教授が同僚の研究指導で来校されました。その時に聞かせていただいたお話によると、実習後のAさんはそれ以前の姿勢とはちょっと変わって、実直に授業に取り組むようになったとのことでした。「人と向き合うことを大切にするようになったと感じる」というような、嬉しいコメントをいただきました。

 教育実習って、そんな成長の機会でもいいんじゃないかな、と思うのです。その数週間が、実習生にとって何らかの成長につながる。学校という場を通じて、何かポジティブなものを得て帰っていく。授業や学級経営だけに固執しなくてもいいのではないでしょうか。
 もちろん、担当する我々教員にとっては大きな負担です。でも、自分もやってもらったことですから、これは恩送り。教職を目指さない(教育実習に前向きではない)学生さんに授業や学級経営をがっつり指導しようと思ったら負担感も激増でしょうが、相手のニーズに応じた指導可能なことをやるのであれば、お互いの負担も減らせるはずです。

 お互いに正直に実習を組み立てていった方が、いい実習期間になるのではないでしょうか?という話を、思い出エピソードで語ってみました。