芸術のそばに、ずっと立ちたかった
何日か前、初めてジャズを聴きに行った。
ビルボード東京での「Lupintic All Stars Produced by YUJI OHNO」のライブ。
ジャズには詳しくないし、普段から音楽を聴く習慣もない。
けれど、生で聴く音のエネルギーに、私は思いのほか心を揺さぶられた。

その場でつむぎ出されていく即興性、空気が震えて、音が身体に染み込んでくる感じ。
そうか、音楽って「聴くもの」じゃなくて「感じるもの」だったんだ。

ふと思い返してみると、これまでも人に誘われてバレエやミュージカルを観に行ったことが何度かある。
どれも、非日常の世界に触れるような感覚があって、私はやっぱり好きだった。
生の芸術、生の表現には、何か自分の奥深くをほどく力があると思う。
私は大学時代、「芸術の民主化」についてずっと考えていた。
芸術って、日本では“特別な人のためのもの”として扱われがちだと思っていた。
その背景には、“文化資本”の偏在があるのではないか。そんな問いを抱えていた。
生まれた家庭にも育った家庭(※それぞれ別)にも、音楽や美術を楽しむ文化はほとんどなかった。
けれど、小さい頃から絵を見ることや描くことが好きだった私は、美術館に行けるときの喜びを今でもはっきり覚えている。
文化資本という言葉を知る前から、私はそれが「家によって手に入れられる世界の広さが違う」という実感として存在していたのだと思う。
中学生になると、世界史の資料集を読むのが好きになった。
ページに並ぶ名画たちを眺めながら、私は静かな場所に逃げ込むような気持ちでその世界に入り込んでいた。
もしかすると、当時、得体の知れない生きづらさを抱えていた私にとって、芸術は“逃避”というより、“もう一つの世界”だったのだと思う。
そこには、自分を閉じ込めるものがなく、自由で、美しくて、なぜか安心できる場所があった。
西洋美術史を学ぶために大学に行き、お金を貯めてはヨーロッパの美術館をいくつも訪れた。
プラド美術館やウフィツィ美術館で、ずっと本で見ていた作品と対面したときの感動は、今でも忘れない。
けれど実は、それ以上に私が魅了されたのは「街」そのものだった。
バルセロナでは、グエル公園やカサ・ミラ、カサ・バトリョといった建物が、都市そのものをアートに変えていた。
フィレンツェでは、広場ごとに彫刻があり、街角に演奏者が立ち、暮らしと芸術が完全に融合していたし、ポンテ・ヴェッキオから眺めた風景は忘れられない。
呼吸するだけで幸せを感じるような街。
生活と芸術が完全に融合していて、「芸術ってこんなにも自然に暮らしの中にあっていいんだ」と感じた。
私はそこで、「芸術を展示物ではなく、まちづくりの中に組み込めないか」と思うようになった。
アートが日常に根づく街を、日本でもつくれたら。
その想いをもとに、最初の就職先として東急電鉄を選んだ。
渋谷という街には、可能性を感じていた。
カオスの中に文化が生まれる場所。
小さなデザイン会社、ライブハウス、ストリートカルチャー。
それらが混ざり合って、新しい表現が芽吹く空気があった。
再開発がゼロベースから始まるタイミングでもあり、私は「この都市を、アートでブランディングできないか」と本気で考えていた。
渋谷は地形もユニークだった。すり鉢状の構造の中で、表参道、奥渋、代官山、原宿といった“縁”に文化の源泉があって、それが中心に降りてくるような動き。
それは、都市の呼吸のように感じられた。
採用面接でもその話をした。
でも、7年働いてみて、私たちが担っていたのは「器」をつくる仕事であって、「中身」をつくる仕事ではないと腹落ちした。大家であるという現実。
私が理想としていた「芸術と人の距離を縮める仕組み」は、そこでは自分の手で直接つくることは難しいのだと知った。
その後いくつかのキャリアを経て、今、私はどんなふうに芸術と関わっているのか?
直接的には、何もしていない。
美術館で働いているわけでも、作品をつくっているわけでもない。
けれど、私は今、「形のない想い」を扱う仕事をしている。
無意識にある願い。
まだ言葉になっていない本音。
奥深くにある感情の震え。
それらを右脳で受けとめ、左脳で言語化し、言葉という形にし、人の心の輪郭を少しずつ整えていく仕事。
それはもしかすると、「外に向けた芸術」ではなく、
「内なる世界に寄り添う芸術」なのかもしれない。
誰にも見えないけれど、その人のなかに確かに存在している“風景”を言葉で照らす。
そんな営みもまた、静かなアートのかたちだと、私は思っている。
芸術のそばに、ずっと立ちたかった。
そう思いながら、私は自分なりのかたちで、芸術に手を伸ばし続けてきたのかもしれない。
そして今、あらためて思う。
芸術とは、絵を描くことでも、音を奏でることでもなく、
人の心を自由にし、見えない世界に風を通す営みなのだとしたら。
私は今もなお、芸術のそばに立っている。
かつて私自身が芸術に救われたように、
今は私が、誰かの閉じられた世界にそっと窓を開けていく。
言葉を通して、心に余白と自由を取り戻していく。
私が芸術を通して実現したかったのは、こういうことだったのだ。
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