夢の中で死んだ日、私は人生を愛し直した
私が死んだ夢を見た日。人生のすべてが愛おしくなった。
それは、忘れられない感覚として今も残っている。
なぜ今この話を書こうと思ったのか、自分でもよくわからない。
ただ、ふと心の奥からこの記憶がせり上がってきて、
「今なら書けるかもしれない」と思った。
あれは、私が21歳の頃のこと。
小さなマンションで、バイトを掛け持ちしながら、友達と遊んで、表面上は普通の大学生活を送っていた。
でも、心の中はいつも空っぽだった。
私は、少し特殊な環境で育った。
親戚の家で暮らし、安心とか愛情とか、そういうものを信じられないまま大人になった。
誰も助けてくれない。誰も味方じゃない。誰も信用できない。
そう思ってた。いや、そう思わないとやってこれなかった。
大学進学を口実に、ようやくその環境から逃げ出した。
一人暮らしを始めたのは、自由を手に入れるためというより、もうこれ以上あそこにいたら、自分が壊れると思ったからだった。
それでも、心の中に残った孤独は消えなかった。
楽しそうに笑ってる自分の奥に、いつも寂しさと罪悪感があった。
誰にも話せなかった。話しても、きっと誰もわかってくれないと思ってたから。
そんなある日、私は“自分が死ぬ夢”を見た。
その夢は、あまりにもリアルで、いまだに細部まで覚えている。
夢の中で、私はもうすぐ死ぬことを知っていた。
どういう理由だったのかはわからない。
ただ、「あ、もうすぐ私はいなくなるんだな」と、静かに受け入れていた。
恐怖はなかった。
ただ、「どうやってみんなに伝えようか」と考えていた。
でも、私はいつも通り、当たり障りのない顔をして人と話していた。
結局、誰にも何も伝えられなかった。
そのことについてほんの少しの引っかかりを持ったまま
私は目の前の棺桶に、ゆっくりと足を踏み入れていった。
その瞬間だった。
走馬灯が流れはじめた。
小さなころのこと。
嫌だった記憶。
楽しかったこと。
そして、なんでもない場面。
忘れていたような細かい場面まで、はっきりと映し出された。
私は自分の人生を、「苦しかった」「孤独だった」「愛されなかった」と思っていた。
でも、走馬灯の中でそれを見ていると、不思議なことが起きた。
同じ場面なのに、感情の色が変わった。
なぜか、全部が愛おしく感じられたのだ。
怒られたことも、泣いた日も、ひとりぼっちだった時間も。
この人生が終わることをがわかったとき
「愛されていなかった」と思っていた記憶が、
「こんなにも愛に包まれていたんだ」と感じられた。
まるで世界が裏返ったようだった。
私はただ、泣いていた。
あんなに苦しいと思っていた人生が、こんなにも尊く、美しいものだったなんて。
そして最後に、私はひとつだけ大きな後悔を抱いた。
「ああ、私は子どもを産まなかったんだ」
「命をもらったのに、次につなげずに終わってしまうんだ」
喜怒哀楽、どんな感情も、命をもらったからこそ、この身体があったからこそ味わえたもので、それがどんな人生だったとしても、とてつもなく価値があるものだと思った。
それを次の世代に与えてあげられない。私だけもらってしまった。
それまで、そんなことを考えたこともなかった。
でもそのとき、命というものが、代々受け継がれてきた贈り物なのだと心の底から思った。
私はそれを次に渡さないまま、死んでしまう。
そのことが、ただ申し訳なくなった。
空には満天の星が広がっていた。
そしてその星空の中に、不意にひとつの映像が浮かび上がった。
病院に入院しているらしい女性と、そばに座る優しそうな男性。
ふたりとも見たことがない人だけど、一瞬で「好きだ」と思った。
女性は妊娠しているんだと直感でわかった。
「私は、あのふたりのもとに生まれるんだ」
そう確信した。
それが来世なんだと、なぜかはっきりとわかった。
その瞬間、さっきまでの後悔も、寂しさも、全部消えた。
「あそこに生まれるんだ、来世が楽しみだな」
そんなふうに思いながら、私は穏やかな気持ちで棺桶の中に横たわり――そこで目が覚めた。
目が覚めた瞬間、涙が止まらなかった。
まだ夜明け前だったと思う。
私はひとりで、声を出して泣いた。
夢なのか現実なのかすぐにはわからなかった。
でもたしかに、生きている自分に安堵し、感謝していた。
あれから、何かが劇的に変わったわけではない。
だけど、私の中の世界の見え方は、あの日を境に少し変わった。
自分を責め続けていた心が、少しずつほどけていった。
孤独の中で見えていなかった“愛”が、少しずつ見えるようになった。
そして、過去の自分も、ちょっとずつ許せるようになった。
意味のある夢だったのか、何かの啓示だったのかはわからない。
でも、あの夜、私は一度死んで、生まれ直したんだと思う。
そして、今この話を読んでくれたあなたにも、
何か小さな灯りが届いていたら、こんなにうれしいことはありません。
これは21歳の頃実際に見た夢の記録です。
普段とは違う語り口の文章に仕立ててみました。
夢は、私たちの無意識が映し出す内面の世界であり、
それを“体験”する形で受け取っているもの。
無意識の深いところで、私はずっと“愛されていた自分”を知っていたのかもしれない。
そのことに気づけただけで、世界が少し変わった気がしています。
NLPでは、タイムラインやポジションチェンジといった技法を使って、
記憶の再解釈や、過去の再体験を通じたビリーフチェンジやリフレーミングを行います。
NLPを学ぶことで、こうした変化を意図的に起こすこともできると知っていますが、
今振り返ると、私はあの夢の中で、それを自然に体験していたのかもしれません。
著者プロフィール:
Effica株式会社 代表取締役
全米NLP協会認定トレーナー
柳下早紀
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◾️ Effica NLP Academy 公式サイト
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