「その自動販売機は売る気がない」:天音町の奇妙な冒険
男が一人、天音町の農道の真ん中で倒れていた。
外傷はない。
__ただ一つだけ異常だった。
男の体は自動販売機の前で、極端な脱水状態に陥っていた。

「これで十件目です! 解決してください!」
天音町役場の職員が依頼書を差し出した。
新構造真(しんこうぞう しん)は書類を流し読みする。
「被害者は全員男性。年齢も職業もバラバラ。共通点はない。外傷もない。事件性もない。ただ全員が脱水症状を起こし、そして全員が理由を語ろうとしなかった……か」
助手の三枝絵里(さえぐさ えり)が首を傾げた。「そんなの警察に任せればいいじゃないですか」
「誰も理由を語らないので、警察もお手上げなんです!」
「先生はそんな危険な調査はしません!」
しかし真は依頼書を閉じると腕を組み、しばらく考え込んだ。
「偶然では説明できない。これは事件だ。そこには何らかの構造(ルール)が存在する」
__真の瞳に好奇心が宿った。
三枝が顔をしかめる。「先生、その顔やめてください」
「面白い。引き受けよう。この怪事件は興味が湧く」
一時間後。
二人は事件現場へ到着した。天音町郊外の農場地帯。
青空の下に畑が広がり、風に揺れる野菜の葉がさらさらと音を立てている。
「平和ですねぇ。こんな場所で怪事件なんて起きるんでしょうか」
三枝絵里は大きく伸びをした。
「三枝君。この事件。犯人は誰だと思う」
「プロファイリングですか?」
「統計とは偏見を捨てる学問だ。しかし十分なサンプル数を観測すると、偏見と思われていたものが統計的事実へ変わることがある。私の経験則では、世の中の奇妙な出来事の約八割は、”奇妙なおっさん”が犯人だ」
「先生、そのサンプル絶対に偏ってます」
「否定はしない。だが予測精度は異様に高い」
「そして…犯人の構造を支配して、オラオラ殴るで解決ですか?」
「三枝君。その説明は雑過ぎる」

農道の脇には、一台の自動販売機が立っている。見た目は普通だが、価格表示が存在しない。代わりに貼られていた張り紙は一枚だけだった。
――全品時価。
「魚市場ですか?」
「丁度、コーヒーが飲みたかったんですよ」
三枝が試しにコーヒーのボタンを押すと、自動販売機の中から明るい音声が聞こえた。
『50円デス』
50円玉を入れると普通にコーヒーが出てきた。
真も同じボタンを押す。
「先生、コーヒー苦手じゃなかったですか」
「調査だ。同じものを買わないと比較できない」
すると今度は、自動販売機の中から重苦しい音声が聞こえた。
『5000円デス』
三枝が吹き出した。
真は販売機を眺める。
「こいつは興味深い。通常の価格の定義とは逆だ」
「逆?」
「通常、市場価格とは需要と供給が交差する地点で決定される。価格とは希少性を数値化したものだからな」
真はコーヒーのボタンを指差した。
「だがこの販売機は違う。欲しい人間ほど安く、欲しくない人間ほど高い。君はコーヒーを飲みたかったから50円。私は飲みたくないから5000円だ」
「ある意味、良心的ではないでしょうか」
「そうかもしれん。だが本質はそこではない」
真は販売機を見上げた。
「この価格は商品の価値で決まっているのではない。購入者の欲望を見て決まっている。つまりこの販売機には【価格決定の意思】が存在する」
「奇妙な自動販売機であることはわかりましたが、事件に関係があるのでしょうか?」
真は販売機全体を眺めていたが、ふと一番下で視線が止まった。
「……なるほど」
「先生?」
「一番下の商品を見たまえ」
そこにはカルキ入り水道水が置かれていた。
「うーん。お金を出してまでは買いたくないですね」
真が試しにボタンを押すと、自動販売機の中から妙に誇らしげな音声が聞こえた
「10万円デス」
真は瞳を輝かせた「…面白い。非常に面白い」
「先生?」
「三枝君。世の中には2種類の人がいる。自動販売機の下をのぞき込んで通報される人間と、落とし物を探していると心配される人間だ。…私はどちらかな」
真は迷いなく地面にしゃがみ込み、自動販売機の下へ顔を突っ込んだ。
「先生!人が来ます!やめて下さい」
ゴゴゴゴゴゴ…
「…なるほど。色々判明した」
「こいつはグレイトだ」
「先生。次は被害者のところへ聞き込み調査ですか?」
「いや。もうその必要は無い」
__真は10万円のカルキ入り水道水を見つめた。
「全て理解した。これは事件ではない。挑戦だ」

「3日後に期待しよう。理屈だけでは解決しない」
<それから3日後>
事務所で、新構造真は窓を開け叫んだ。「今日は絶好調の天気だ!素晴らしい!」
三枝が空を見ると、どんよりと曇っている「…先生。今日はあいにくのお天気だと思いますけど」
「何を言ってる。急いであの奇妙な自動販売機のところへ行くぞッ!」
「えっ?今からですか」
「そうだ!今スグだ」
新構造真と三枝絵里は、あの農場の自動販売機の前に再び来ていた
「この高額の水道水を見て、どう思う」
「水道水…それもカルキ入りを、わざわざ買いたくないです」
「この販売機は『欲しい者ほど安い』その中で、この水道水だけが例外だ。これだけは最初から誰も欲しがらず高額のまま。つまり売る気が無いのだ」
世の中には、構造を覆すことに”男のロマン”を感じる人間がいる。

”欲望だけで価格が決まるなら”、水道水への欲望を極限まで高めれば、理論上はゼロ円に近くなり購入できる。
___被害者たちは、その仮説を自らの身体で証明しようとした
「体中の水分を抜いて、水道水を欲したのだ!」
__愚かで美しき男のロマンへの挑戦。そこに何か答えがあると考えた!」
「いいだろう…その答えを俺にも示せッ!」
アイ・イン・ザス・カイ!
カテゴリイズ・スラッシュ!

「私の体の水分の10%を分離させろ!!」
新構造真の頬はこけ。唇は乾き。肌は白く乾燥してきた。呼吸が浅くなる。それでも表情だけは変わらない。
「人体は水分喪失率によって機能低下が定量化できる。現在、推定10%付近まで、体の水分を分離させた。生命を維持できる理論値としてはギリギリの範囲だ」
三枝「先生!!早く水分を補給してください!」
真はゆっくりと、自動販売機の「カルキ入り水道水」のボタンを押した。
ガタ……ガタゴト……ガタゴトゴト……
販売機全体が激しく揺れ始めた。やがて表示だけが光る。
『……売り切れデス』
「えっ!そんなことって!」
「なるほど……やはり、これは想定外。チャレンジをする人たちを予測していなかったようだな!」
「中にいるのは分かっている。さぁ!出てこい!!」
…ドドドドドドドドド
自動販売機の扉が内側から開いた。中から、麦わら帽子を被った小柄な農家のおじさんが、のそのそと姿を現した
「また奇妙な男か。男のロマン?厄介なことするんじゃねぇ!」
「きゃっ!先生!中から小さいオジサンが!」
「…構造を破壊すれば、修復しようとする本体が現れる」
「いい加減にしてくれ。お前たちは、なんのためにそんなことするんじゃ!ワシは望んでねぇ」
三枝は叫ぶ「教えて下さい!どうしてこんな自動販売機を?」
小さいオジサンは帽子を握りしめた。
「ワシは農場主の畑谷だ。前はここで形の悪い売れ残りの野菜を無人販売しとった。儲からなくても、誰かが喜んでくれりゃそれで良かった。だが観光客が増えてから、高額の金だけ置いて野菜を持っていかねぇ奴ばかりになった」
「ワシは物乞いじゃねぇ。汗水流した野菜も善意も踏みにじられた気がした。だから決めた。モノの値段はワシが決める。わからせてやるってな」
__三枝と真は黙って聞いていた
「あなたのお気持ちわかりました。お願いです!先生に水分を、水道水を売ってください」
「売る売らねぇなんかどうでもええ!早く水を飲め!死んじまうぞ」畑谷は慌てて『カルキ入り水道水』のペットボトルを真に差し出した。
しかし真は、それを見つめたまま静かに首を横へ振る。
「だが、断るッ!」
「えっ!!先生??」
「……気に入らないねぇ、畑谷さん。あなたは、まだ同じ失敗をしている」
「なんじゃと…」
「今までの被害者も同じく断ったのではないのか?」
「それは‥‥」畑谷が黙る。
「観光客は野菜を買ったんじゃない。思い出を買った」
「挑戦者は水を欲したんじゃない。勝利を欲した」
「アンタは最後まで客を見ていない」
__静かな風が畑を渡る。
「それに、畑谷さん。一番肝心なことを忘れている」
そこまで言うと、真は農場に大の字になって倒れ込んだ。
「…まだ、勝負は終わっていない。私は負けるのが大嫌いでね」
真は大の字になって、薄れゆく意識の中で空を見上げた。__すると、激しい雨が降ってきた。雨粒が頬を伝い、真の喉を潤す。
「これぞ、大地の恵みに感謝だ!最近の天気予報は正確だなッ!」
畑谷はしばらく黙ってその姿を見つめていた
「野菜は売れ残って、気持ちまで捨てられた気がしたんだ」
「そして、ワシは野菜すら、見なくなっとった」
「…ワシの負けだ、完敗だよ」

数日後
「毎度!今朝のしぼりたてです!」
事務所の扉が開くと、畑谷が、野菜ジュースを持ってきた
「あっ!畑谷さん おはようございます!」
「ご希望のイチゴをふんだんに入れました。とっても美味しいですよ!」
三枝が歓喜の声を上げる「これ好きなんですよ~~~」
「二つで五百円になります」
__今では自動販売機はない。
売れ残り野菜も使い、毎朝ジュースを作る。
三枝は玄関先で笑っている。
真は静かにストローをくわえた。少しだけ目を細める。
「……美味いな」
新構造真は窓の外から、宅配のバイクを走らせて次の家に配達する 畑谷の背中を見守ったまま、小さく呟いた。
「天音町に、新しいグルメができたな」

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天音町に落ちている謎の石(お題話)
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登場人物紹介
新構造真(しんこうぞう しん)
天音町・地域復興コンサルタント(元統計学者)

三枝絵里(さえぐさ えり)
新構造 真の助手を務める明るい女性。天音町で頻発する奇妙な現象や事件の記録・現地調査を担当している。

天音町と奇妙な冒険

おまけ

