努力が足りないんじゃない。報われなさすぎるだけだ
◯月◯日本日も何処かでこの記事を読んでくれてありがとうございます。
努力が足りないんじゃない。報われなさすぎるだけだ
継続できない。
三日坊主。
意志が弱い。
昔からそう。
そんなふうに自分を責めている人を見るたびに思う。
それ、もっと正直に言っていい話じゃない?
たぶんあなたは怠け者じゃない。
報われなさすぎて疲れてるだけだ。
人間は努力が好きなんじゃない
成果が好きなんです
たまにいる。
「努力そのものが好きなんです」
みたいな人。
いるにはいる。
でもだいたい少数派だ。
普通の人は違う。
筋トレを続けるのも、
勉強を続けるのも、
発信を続けるのも、
成果が見えるから続く。
逆に言うと。
何も返ってこなかったら続かない。
当たり前だ。
コンビニで毎日8時間働いても給料ゼロだったら誰も来ない。
それなのに自分にだけは言う。
「根性が足りない」
いや違う。
報酬が足りない。
頑張れないのではなく
割に合わない
昔、知り合いがダイエットに挑戦していた。
毎朝5時起き。
鶏むね肉。
サラダ。
ランニング。
3週間後。
体重はマイナス0.8kg。
そりゃ嫌になる。
ていうか。
スマホゲームでもそうだ。
敵を1000匹倒して経験値1しか入らなかったら
アンインストールする。
人生だけなぜか
「経験値1しか入らないけど続けろ」
と言われる。
無理だろ。
知らんけど。
続く人は意志が強いのか?
少し違うと思う
僕は昔、
文章を書いて食べていきたいと思っていた。
でも全然読まれなかった。
頑張っていた。
たしかに頑張っていた。
でも正直。
頑張り続けられるほどの手応えもなかった。
そんな時、
ある記事だけ妙に伸びた。
コメントも来た。
感想も来た。
初めて思った。
「あ、これ誰かに届いてる」
すると不思議なことが起きた。
作業時間が増えた。
努力量も増えた。
集中力も増えた。
人格が変わったわけじゃない。
報酬が見えただけだ。
人間なんてその程度だと思う。
でもその程度だからこそ面白い。
同じ努力を続けることより
同じ努力を疑うこと
ここを勘違いすると苦しい。
成果が出ない。
だからもっと頑張る。
成果が出ない。
だからさらに頑張る。
成果が出ない。
さらに頑張る。
気づいたら努力が宗教になる。
努力って本来、
成果を出すための手段だ。
目的じゃない。
だから結果が出ないなら、
努力量より先に
場所を疑った方がいい。
やり方を疑った方がいい。
市場を疑った方がいい。
努力不足を疑うのは最後でいい。
みんなそこから始めるけど。
人生が変わる時って
意外と努力量じゃない
急に歯車が噛み合う瞬間がある。
今まで10やって1返ってきてたのに、
10やったら50返ってくる。
そんな場所。
そんな仕事。
そんな発信。
そんな人間関係。
そこに出会うことがある。
すると周りは言う。
「すごい努力家ですね」
違う。
たぶん違う。
報われるから続いてるだけだ。
毎日好きな人と会うのに根性なんていらない。
毎日嫌いな人と会うのには根性がいる。
継続も同じだ。
で、どうする?
もし今、
何かが続かなくて苦しいなら。
自分を責める前に考えてみてほしい。
本当に意志の問題だろうか。
それとも。
そのゲームの報酬設計が終わってるだけだろうか。
続けるべきか。
変えるべきか。
やめるべきか。
答えは人それぞれだと思う。
でもひとつだけ言える。
成果が出ない場所で自分を責め続けるのは、
壊れた体重計の上で毎日ため息をついているようなものだ。
あなたが重いんじゃない。
その計り方が間違ってるだけかもしれない。
人生が進まない時期って、
案外サボっているんじゃなくて。
次にちゃんと報われる場所を探している途中なのかもしれない。
それを遠回りと呼ぶか、
準備期間と呼ぶかで、
見える景色は結構変わると思う。
