いつか死ぬって知っていること。これって、実はすごいことなんじゃないかという話。
こんにちは、えひめITラボの代表をしている「せいけ」です。
今回は日曜日のコラム回ということで、前々から頭の片隅にあって、ずっと考えてみたかったテーマについて書いてみます。
それは、「私たちはみんな、自分がいつか死ぬということを知っている」ということです。
これって、普段は当たり前すぎてあまり気に留めないですよね。でも、よくよく考えてみると、この「いつか自分は消えてしまう」という前提を知っていることこそが、人間のすべての行動の根っこにあるんじゃないかと思うんです。
今回は、この一見重たいけれど、実は人間にとってものすごく大事なテーマについて、できるだけ分かりやすく、ざっくばらんにお話ししてみます。
なぜ私たちは悩むのか?「終わり」を知っているからこそ
犬や猫を見ていて、彼らが「あと10年で自分の寿命が来るな、どうしよう」と悩んでいるようには見えないですよね。おそらく、彼らは今この瞬間を一生懸命に生きています。
一方で、私たち人間は「いつか死ぬ」という未来をはっきりと理解しています。
だからこそ、私たちは悩むのだと思います。
「私の人生、このままでいいのだろうか」
「もっと価値のあることを残さなきゃいけないんじゃないか」
「時間を無駄にしてしまっている気がする」
こういう焦りや不安、悩みはすべて、人生に「終わり」という制限時間があるからこそ生まれるものです。もし私たちが永遠に生きられるのだとしたら、今日ダラダラ過ごしても、明日から頑張ればいいや、を無限に繰り返せるので、こんなに深く悩むことはないのかもしれません。
つまり、私たちが抱える悩みの多くは、自分がいつか死ぬことを知っているという、賢さの裏返しでもあるわけです。
争いが起きるのも、「死」への恐怖が関係している?
世界中で起こる意見の対立や、人と人との争い。これも実は、「いつか死ぬ」という恐怖が背景にあると言われています。
人間は、自分がいつか消えてしまうのが怖くてたまらない生き物です。だからこそ、自分の生きた証を残したい、誰かに認められたい、自分が所属している国やグループ、あるいは自分が信じている価値観を「絶対に正しいもの」として残したい、と強く願うようになります。
違う価値観を受け入れられない理由
自分の価値観を強く信じることで、「自分は価値のある存在なんだ」と思いたい。だから、それとは違う考え方や、自分たちのグループを脅かす存在が現れると、自分の存在そのものが否定されたような強い恐怖を感じてしまうことがあります。
それが、他者を攻撃したり、争いへと繋がったりする一因になっているのかもしれません。
お互いに「いつか死んでしまう、弱くて不完全な存在同士なんだ」という前提を共有できれば、もう少し優しくなれるのかもしれない。そう思うと、この「死の理解」は、私たちの社会のあり方に本当に大きな影響を与えています。
でも、だからこそ人間は何かを生み出せる
ここまで少し暗い話になってしまいましたが、私はこれを決して悲観的なことだけだとは思っていません。
むしろ、人間がこれほど豊かな文化や、素晴らしい技術、美しいアートを生み出してこれたのは、「いつか死ぬ」と知っているからこそです。
限りある時間の中で、
「愛する人に何かを残したい」
「自分の生きた証をこの世に刻みたい」
「次の世代がもっと楽に、楽しく生きられるようにしたい」
そうやって必死にバトンを繋ごうとしてきたからこそ、人類はここまで歩んでこられました。
AIには「死」がありません。壊れれば部品を替えればいいし、データはバックアップをとっておけば永遠に残ります。だから、AI自身が「自分の命が惜しいから何かを創り出そう」と自発的に悩むことはありません。
やっぱり、悩んだり、焦ったり、それでも何かを遺そうと動いたりするのは、死を知っている人間にしかできない、とても人間らしい、愛おしい活動なんだなと思います。
最後に:今をどう生きるか、一緒に考えてみませんか
自分がいつか死ぬということ。
それは、私たちに深い悩みや、時には争いをもたらす原因にもなりますが、同時に、今この瞬間を輝かせ、誰かと支え合って新しいものを生み出す原動力にもなっています。
「いつか終わるからこそ、今をどう面白く生きるか」
普段の生活に追われていると忘れがちですが、たまにはこういう大きな問いに立ち返ってみるのも、悪くないなと思います。
皆さんは、この「限りある時間」の中で、どんなことを大切にしていきたいですか?
えひめITラボの活動も、そんな「人間ならではのワクワクする未来」を少しでも作っていくためのお手伝いができればいいな、なんて思っています。
