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【心震える本】君には心と言葉があるって誰かが伝えてたら…『あふれでたのは やさしさだった』を読んで突っ伏して泣いた

 ――だめだ。今日は晩ごはん作れないかも、というくらい今泣いている。一気読みした後、机に突っ伏して泣き、もう何時間も何もできてない。
 感動した。でもそれだけじゃなく猛烈に腹が立ってるし、悲しくてたまらない。君には心と言葉があるって誰かがもっと早く伝えていたら・・・彼らは今ごろ、どうしていたんだろう。

著者と「教室」の奇跡の出会い


 数年前から気になっていた寮美千子著『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』をようやく読むことができた。 
 これは童話作家で詩人でもある著者が2007年から10年間にわたり、奈良少年刑務所「社会性涵養(かんよう)プログラム」の一環として「物語の教室」講師を務めた経験を記したノンフィクションだ。

 本当にひょんなことから講師を引き受けた寮氏は、自身も迷いながら教室をスタートさせ、絵本の朗読や詩作を通して受刑者である少年たちが想像を超えた心の解放を得るさまを目の当たりにしていく。その驚きと感動が、その場その場の臨場感をもって綴られているのも本書の魅力で、あっという間に読み終わったものの、余韻が長引く。本当にこれは刑務所の中だけに必要な「教室」なのだろうか・・・。

奇跡だと思ったけれど、違った。百八十六名、一人として変わらない子はいなかった。
彼らのほんとうの姿を、この記録を通じて、知っていただければ、幸いです。

(寮美千子『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』まえがきより)


「加害者である前に被害者であるような暮らしをしてきた子たちなんです」

 
 前半から心を鷲づかみにされたのは、著者が奈良刑務所の教育統括職員から聞かされた言葉だ。

「あの子たちは、言葉で表現することが苦手です。それが人生を困難にしています。それを少しでも緩和していただければ。それに・・・」
「それに?」
「あの子たちは、加害者になる前に、自身が被害者であるような暮らしをしてきた子たちなんです。虐待や育児放棄、ドメスティック・ヴァイオレンスの目撃はもとより、筆舌に尽くしがたい、言葉にするのも憚れるようなたいへんな思いをしています。(後略)」

(寮美千子『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』p32-33より)

 話はさらにつづく。

「犯罪にまで至ってしまった人に共通しているのは、彼らを取り巻いていた環境のすべてから『正しい愛情を受けたことがない』ということではないでしょうか。(中略)その結果、自尊感情も育たない。自分を大切にできない人に、他人を大切にすることはできません。だから、犯罪も可能になるのではないかと思います。(後略)」

(同p35より)

これっぽちの受けとめもされてこなかった、ということなのだろうか


 「自分の心」すら知らないまま犯罪者になった少年たち。
 著者は当初、「刑務所に入るような人は、がさつで凶暴な人だろう。何を考えているのかわからない恐ろしい人に違いない」と漠然と考えていた(同まえがきより)が、第1回の授業からその先入観がくつがえる。教材として用意した絵本を、「父親と息子」の役に分かれて朗読するだけで、それぞれの個性が表れ、仲間から朗らかな笑いが起こり、自然な拍手が生まれたのだ。

 この瞬間、いきなりなにかが変わる。ほんとうに、一瞬で変わるのだ。演技をした子たちが、びっくりしてみんなの拍手を聞いている。それが、戸惑ったような表情になり、ゆっくりと笑顔に変わっていく。
 (中略)驚いた。これっぽっちのことなのか。たったこれだけで、人はいきなり変わるものなのか。見た目でわかるほどに。つまり、この子たちは、いままでの人生で、これっぽっちの受けとめもされてこなかった、ということなのだろうか。

(寮美千子『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』p65‐66より)


「(中略)荒れ果てた荒野のようなところに、ぽつんと独りで立っている。それがあの子たちの心の風景です」と著者は教育担当の職員から聞かされる(p35より)

指導も評価もされない「ありのまま」でいていい場所

 
 こうした朗読などを「心の準備体操」として体験した後に、いよいよ詩を書いてもらうのだけど、彼らがこの教室で心を解放できたのにはいくつか理由がある。これがなければ、ただ闇雲に似たようなことを他の刑務所や施設でやってもうまくいかないだろう――と思えるほどにこれは重要な条件だ。

 それは教室が彼らにとって「安心・安全な場」であること。ここで行われることは指導ではなく、叱られないし、評価や点数はつかない。そして「うまく話せなくても待ってもらえる」場であり、なにより仲間が一緒だということ。これは、大人でもありがたい。

 だから、リラックスできる。リラックスすれば、充分に力を発揮できる。仲間との共同作業のなかで、自分が持っている以上の力を発揮することも可能になる。(中略)だから、彼らは集団の朗読劇で、あれほど力を発揮することができたのだ。

(寮美千子『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』p98より)


創作とははまさに癒しと力


 そうして詩の授業が始まると、彼らは「何を書いてもいい。刑務所の苦情や教官の悪口でも絶対に叱りません」という寮先生の声によりさまざまな詩を書いてくることになる。「書くことが見つからなかったら『好きな色』について書いてきてくださいね」とのことで、色に関する詩が多く集まる。

 そのなかの一編が、後に著者が編さんした詩集のタイトルにもなった、このたった一行の詩なのだ。 

 くも

 空が青いから白をえらんだのです

(寮美千子『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』p112より

 

「話したいことがあるんです。ぼくのおかあさんは」

 
 雲の視点、雲の一人称で書かれたこの詩を「声に出して読んでみてください」とお願いすると、書いたDくんは何度目かでやっと「聞きとれるような言葉」で詩を読むことができた。すると仲間から一斉に拍手が起こり、Dくんが「せ、先生」と遠慮がちに手を挙げる。

「あ、あの・・・ぼく、話したいことがあるんです。話してもいいですか」
(中略)「どうぞ、どうぞ話してください」
 すると、Dくんは話しはじめた。最初のひと言は、いまでも耳にはっきり残っている。
「ぼくのおかあさんは、今年で七回忌です」 
 胸がひやりとした。(中略)話の要旨はこうだ。
「おかあさんは、体が弱かった。けれども、おとうさんはいつも、おかあさんを殴っていました。(中略)おかあさんは亡くなる前に、病院でぼくにこう言ってくれました。『つらくなったら、空を見てね。わたしはきっと、そこにいるから』。ぼくは、おかあさんのことを思って、おかあさんの気持ちになって、この詩を書きました」
(中略)
 Dくんの言葉が、受講生たちの心の扉を開いた。自分から次々に手を挙げたのだ。
「ぼくは、Dくんは、この詩を書いただけで親孝行やったと思います」

(寮美千子『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』p113‐114より)


やさしさと哀しみがあふれだす


 彼らが心を開くにつれ、教室内では仲間、そして仲間の作品に対してやさしさがあふれだす。

 すると、また一人、勢いよく手を挙げた。「Eくん、どうぞ」と指すが、なかなか声が出ない。(中略)
 「ぼ・・・ぼ、ぼくは・・・」と、声を出そうと必死でもがいている。(中略)
 「ぼくは、おかあさんを知りませんっ。でも、ぼくもこの詩を読んで、空を見あげたら、おかあさんに会えるような気がしてきましたっ」
 そして、わっと泣き崩れてしまった。教室のみんなが、口々に彼を慰めた。

(寮美千子『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』p115‐p116より)


いちばん困っている人を支援するというのは

 
 こんなふうにして、彼らが書いた詩は親に関するものが多い。
 全部引用するわけにいかないので控えるけれど、どれも繊細な魂の叫びだ。たとえば「ふとっちょで怒りん坊のへんちくりんなママでいいからぼくにちょうだい」というサンタクロースへの詩もあって、これにも泣かされた。

 そして著者はこうも書いている。社会性涵養プログラムを経て見違えるように変わる受刑者が増えたことで、実習場でのトラブルが減り、全体の雰囲気がよくなったと刑務官が「教室」を評価してくれるようになった。叱ったり懲戒処分にする必要がなくなり、刑務所内の工場への「就業拒否」も目に見えて減ったという。

 そうなのか、と改めて実感した。社会のなかで、いちばん困っている人、困難を抱えている人を支援するというのは、その人だけのことではないのだ。その人の困難が解消すれば、みんなが気持ちよく前向きに生きていける社会になっていく。追い詰められて犯罪に走る人もいる。被害者も減る。

(寮美千子『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』p129より)

 
 受刑者たちはこの教室で「真面目に働け」と厳しい指導を受けたわけじゃない。詩というかたちで自分を表現し、仲間に「そうなんだね」と受けとめてもらえただけ。それだけで恥ずかしそうな、心からの笑顔を見せるようになったのだ。

心を表現すること、ただそれだけで

傷つけずに済んだはずの子を傷つけたくない


 なんだか、たまらない。
 読みながら泣いて泣いて、それでも「腹が立っている」のは、自分の無力さに対してかもしれない。

 この本の内容とは必ずしも重ならないけれど、私自身も数年前、姉が子どもと引き離されたまま亡くなるのを目にして、姉(母親)と同じくらい子どもが可哀想で打ちのめされた。
 傷つかずに済んだはずの子どもを傷つけるのはやめたい。自分も含めた社会に対して疑問を感じる。どんな家庭にも事情はある。うちにもある。素晴らしい育児なんてできない。でも限度を超えて権利を奪っちゃいけない。

 そして「順番」にも腹が立つ。

出会う順番で人は変わる

 
 彼らが暴力や無関心や飢えの前に自分の心と言葉に出会っていたら、今ごろどうしていただろう。行き着く先は変わったかもしれない。みんな赤ちゃんだったんだ。
 でも、彼らが事実として犯した犯罪の被害者がこれらの詩を読んだら、何を感じるだろう。私なら、きれいごとだと怒るかもしれない。
 それぞれの立場を想像すれば理不尽さに引き裂かれそうになる。なぜこんなことになったんだろう。

みんなに読んで欲しい…人が本当に変わる瞬間の目撃談であり方法論だから


 この本をもっともっとたくさんの人に読んでほしい。育児のヒントとしても価値があるし、読みものとしても引き込まれる。「寮先生」は塀の中に入り、講師として彼らに寄り添い、導いたと同時に、困難を抱えた少年たちが変わっていくさまを何度も目撃した。そう、この本は一種の「目撃談」だとも思う。児童精神科医や臨床心理士が書いた専門書とはまた違う「子どもの本」であり、「こうした条件が揃えば人が変わる道筋になる」という信頼度の高い「方法論」ではないだろうか。

 ーー今日の私。自分の無力さに打ちのめされて突っ伏して泣いて、何もできなくなって晩御飯がレトルトカレーになりそうだ。それでもこの本を読めた今日は素晴らしかった。信じられるもの、抱きしめたい1冊をまた見つけることができたから。

誰の心象風景にも花や緑があるといい…少しでも


相手を否定せず感想として自分の気持ちを述べる少年たちを素晴らしいと感じた著者。
以前、東京の大学で創作の実作講座の講師をした際、作品批評のつもりで相手の人格攻撃まで始める学生がいたそう。「批評の言葉と人格攻撃の言葉はまったく違うもの」と教えるのに半年はかかったという…考えさせられます


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 最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
 素晴らしい読書体験がたくさんの人に訪れますように
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〈本データ〉
『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』
(著者 寮美千子/西日本出版社/税別1000円)

〈関連本〉
『空が青いから白をえらんだのです ー奈良少年刑務所詩集』
(寮美千子・編/新潮文庫/税別550円)
『名前で呼ばれたこともなかったからー奈良少年刑務所詩集』
(寮美千子・編/新潮文庫/税別590円)


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