国際契約英文法-英文契約の実際(2)
契約と契約書
前回のお話しで契約書の日付の実際的な意義は分かったと思います。さて、そこで書いた「事実があっても証拠がないことは、事実が存在しないこととほぼ同じ」というのは、その他のことについても言えます。
当事者の真の合意と契約書に書いてあること
実際に当事者が合意したことが、そのまま正確に契約書に反映されているなら、契約書の記載事項=当事者の合意です。当事者の署名した証拠がそう言っているのですから。
ところが契約に書いてあることが、実際に当事者の合意したことと異なるという場合は、異なった契約書の記載事項が当事者の合意に「違いない」ということになってしまいます。合意があっても契約書がそれを証拠立ててくれないからです。(☚これがポイント)
契約書に嘘が書いてある、という意味ではありません。当事者の合意が存在しない、という意味でもありません。
契約書が合意を正確に書面化していないときには、第三者は「契約書の記載が事実だと信じてしまう」という意味です。そこで結果的には「証拠がないことは、事実が存在しない」ことなってしまうのです。(☚これがポイント)
簡単な例をあげてみましょう
・1個100万円の商品がありました。
・売主の販売部長は商売がしたかったので、「今回は20%引きにする」と言 いました。
・しかし80万円で売ろうとしていることが社長に分かると具合悪いので、部長は「契約書では100万円ということにして下さい」と懇願しました。
・買主は鷹揚に「分かりました、ではよろしく頼みます」と言ってサインしました。
ところが、商品と共に来た請求書には100万円とありました。買主は「話が違うじゃないか!」と怒りました。でも契約書には100万円と書いてあります。これでは裁判所だって契約書を上回る十分な証拠がなければ、80万円だとは信じてくれないでしょう。
特に英文契約書ではこのことが強く言えます。
Entire Agreement 条項
英文の契約書にはほとんど例外なく、「この契約書に書かれたことがらは、当事者の合意事項のすべてであって、これ以外のものは認めない」という趣旨の ’Entire Agreement’ clause(「完全な契約」条項などと訳されます)と題された条項があります(基礎からわかる英文契約書 第34話参照)。
この条項の目的は「契約書に書いてあることと異なることは認められません」ということをお互いに宣言することにあります。いくら権限のある販売部長が「20%引きにする」と言ったとしても、100万円と書いた契約書にサインしたらおしまいなのです。「契約書の記載事項=当事者の合意」と書いたのですから、当事者は責任を取らざるを得ないのです。(☚これがポイント)
契約書がすべて
そういうわけですから、契約書を作るときには日付であろうが(契約書に日付がないときのことについては第7話参照)、それ以外のことであろうが、全部きちんと書くことが必要です。
そんなことは書かなくても分かり切っているから、書かなくてもよい?
時々自分の手帳のメモを見ても、何が書いてあるのか分からないことがありませんか。記入したときはあまりにも当たり前のことなので簡単に書いておいたことでも、時が経つと背景を思い出せないために首をひねるというわけです。
契約書作成の現場でも似たようなことが起こります。当事者が熱くなって文言を交渉しているときには、当然だった前提は契約文言に取り入れられることなく、結論だけが文章化されてしまいます。思い切って省略した書き方をしてしまうこともあるでしょう。
しかしそれではいざというときの証拠の役割を果たせません。何年か経って疑義が出てきたときに、別の担当者が新しい眼で読んでみたら、全く違う意味に読むことができたり、またひどいときは当時とは環境が変わったために文章が意味をなさない、といったこともあります。
それどころか、紛争になったときに法務担当者が出てきて、「何とか自社に有利に読めないものか」と鉢巻きを締めて読み直す、などといったこともよくあることです。
FOB や CIF が何だか分かっていない人もいる
FOB や CIF といった用語は貿易に携わる人には、説明もするまでもない分かり切った符牒です(これらの言葉は国際商業会議所(International Chamber of Commerce)の定めたインコタームズ(Incoterms)と呼ばれる基準書に出てくる言葉で、商品の貿易をするときの価格条件であり、危険負担等の基準を書いたものです)。あまり日常的に使われているので、誰でもその意味を知っていると思っています。
しかし紛争が裁判に持ち込まれたときには、裁判官に契約内容を理解してもらう必要がありますが、裁判官は貿易業界人ではないので、FOB や CIF の意味を説明しなければならないことだってあるでしょう。事実わたしはイギリスの国際弁護士に、FOB の意味を説明する羽目に陥ったことがあります。この他にも当事者には当たり前でも、関係者以外にはちんぷんかんぷんという事柄はいくらでもあります。契約書がそのような「業界用語」「専門用語」に満ちていたのでは、契約書は注解書がなければ読めない文書になってしまいます。
ついでながら、インコタームズは非常に多くの国で使われているので、世界標準だと思っていたところ、「我が国においては FOB、CIF とはこういう意味だ」と言われてびっくりしたことが、一再ならずあります。
契約書が誰でも分かることが肝要
少し長くなりましたが、契約書は誰が読んでもすぐに当事者の意図が理解できるものでなければ、証拠として役に立たないということです。(☚これがポイント)
ついでに
もう1つ契約書を書くに当たっては、誰が読んでも一通りにしか読めないこと、つまり「これであって、これでしかない」文章を書く、ということがありますが、これについては国際契約英文法ー法律文書ではどうして簡単な言葉を使わないのですか?(2)をご一読下さい。
