国際契約英文法-契約書は何語で書けばよいのですか?
国際契約書は必ず英語で書くものですか?
国際契約書についていろいろなお話をしていますが、読者の中には、国際契約書って英語で書かれるものだ、と思われた方もいるかもしれません。でもそんなことはありません。
たまたま国際取引においては、英語が万国共通語のようになっていることと、しばしば英国の法体系がもとになっていること(英国判例笑事典 エピソード(10)「栄光あるイスラム法」対「世界の英国法」参照)などから、圧倒的に英語で書かれるというだけで、スペイン語、ロシア語、中国語などで書かれた国際契約書も存在します。ただ両当事者がそれらの言語で契約書を読み書きできる要員を抱えていることが必要なので、あまり数は多くないのです。
「日米修好通商条約」の原本はオランダ語!?
国と国の約束ごとである「条約」においては、言語を何にするかということは大問題です。相手方の国の言葉を正本として作成するなどというのは、国家の威信にかかわるでしょう。
我が国と外国との最初の条約である「日米和親条約」が締結された1854年当時には「英語と日本語のあいだの直接通訳が容易でなかったため、オランダ語と中国語を介して2段階で通訳を行わざるを得」なかったそうです(日中韓3国共同歴史編纂委員会『新・未来をひらく歴史ー東アジア3国の近現代史ー』(高文研、2025年))。その結果、この条約はなんと英語・日本語・オランダ語・中国語の4カ国語で作成されました。もっともこの条約には何語が正本かの記載はありません。
1858年に締結された「日米修好通商条約」のときも事情は大して変わらず、この条約は英語・日本語・オランダ語で作成されています。面白いことに、条文間に齟齬があったときは、オランダ語版を原本と見なすという規定が14条にあります。
This Treaty is executed in quadruplicate, each copy being written in the English, Japanese and Dutch languages, all the versions having the same meaning and intention, but the Dutch version shall be considered as being the original.
本條約は日本語英語蘭語にて本書寫共に四通を書し其譯文は何れも同義なりと雖蘭語譯文を以て證據と爲すへし
https://worldjpn.net/より)
日本語は正文ではない!
さて時代は下がって、1951年に連合国とのあいだで締結された「サン・フランシスコ平和条約」にはこう書かれています。
千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で、ひとしく正文である英語、フランス語及びスペイン語により、並びに日本語により作成した。
DONE at the city of San Francisco this eighth day of September, 1951, in the English, French and Spanish languages, all being equally authentic, and in the Japanese language.
注目すべきは「正文」は英語・仏語・西語だけで、日本語はそうではないことです。
「及び」<「並びに」
上の日本語の文章は少し法律文の心得がないと、日本語も含めて4カ国語が正本だと誤読するおそれがあるので解説しておきます。
最初の ’and’ が「及び」、後の ’and’ が「並びに」と訳されています。この2つの似たような言葉には大小の読み分けがいるのです(現代でもそうです)。法律文の読み方の作法によると「(いずれも等しく正本である→英、仏 + 西)+ (日)」となるのです。「並びに」の方が高位なのです。英語のほうがずっと明確ですね。とにかく日本語は正本ではないのです。
最近はどうなっているのかと思って見てみました。次の例は1960年の「日米安全保障条約」(新)です。
千九百六十年一月十九日にワシントンで、ひとしく正文である日本語及び英語により本書二通を作成した
DONE in duplicate at Washington in the Japanese and English languages, both equally authentic, this 19th day of January, 1960.
齟齬があったときはどうするのでしょうか?
条約というのは高度に政治的な面がありますので、横に置いておいて、ここでは普通の商業契約に戻りましょう。
大抵は英語など両者が理解できる言葉で書かれるのですが、何語で書くかについて折り合いがつかないときには、お互いの自国語を用いて2カ国語で書くことがあります。
このときには、法務担当者は「齟齬があったときにどうするのか」ということを神経質になって考えます(もっとも、これはかなり理論的な問題なので、営業の人にとっては「何をゴチャゴチャ言ってるの?」ということでしょうが…)。
そのことをきちんと心配すると次のような解決になります。
This License Agreement and its schedules are written in English language and Chinese language. In case there is a conflict between the English version and the Chinese version, the English version shall control.
和訳:
本ライセンス契約、及び付属文書は英語と中国語で作成されている。英語版と中国語版のあいだに相違がある場合は英語版による。
もう少し「外交的」に書いた例もあります。もっとも結果は同じことになるでしょうが。
This Agreement is written in both English and Simplified Chinese. In the event there is any conflict or inconsistency between the two languages, English shall have higher priority with due respect to the interpretation of Chinese language.
和訳:
本契約は英語と簡体中国語によって作成されている。両言語のあいだに相違、又は不一致があった場合は、中国語の解釈に然るべき配慮をした上で、英語版がより高い優先度を有する。
城はcastleか?
じつは当事者さえよければ、契約書は何語で書いてもいいのです。
しかしここで出てくるのが契約書の準拠法との関係という問題です。「基礎からわかる英文契約書」シリーズの第14、15、16話でお話ししたように、「当事者の法律関係」というのはどこかの国の法律にもとづいて構築されるのです。
ここに契約があって、「準拠法を日本法にする」と当事者が合意したとします。そして契約書は英語で書くことになりました。
これは、たとえていえば「城」を ’castle’ とよぼうというようなことになります。つまり尺貫法(日本法)で設計した法律関係を、メートル法の道具(契約書の言語)を使って文章化するわけです。紛争が起こったときには、どこかきしみが出てくることは想像に難くありませんね。
でもこんな理論的枝葉末節(!?!?)にかかわっていては、商売は出来ないのです。そもそも日本語が分かる弁護士をそろえて、日本法に準拠する契約書を、日本語で書いてみたって、もめるときはもめるのです。
というわけで、国際契約書は両者がおおよそ理解できる言葉であれば、何語で書いてもよいというのが実務なのです。
