第58話 正本と副本?-Counterparts条項
その昔、契約書が手で書かれていたころ、英国でのことです
「捺印証書(’deed’)」と呼ばれる契約書の中に、「歯形捺印証書(’indenture’)」というのがありました。約束の内容を1枚の紙に繰り返し書いた上で、必要枚数に切り離しました(上の写真の上端は切ったあとです)。そのなかで、権利を付与する当事者の署名したものが ’original’、それ以外は ’counterparts’ と呼ばれました(これを「正本」「副本」と訳しています)。なお、正本と副本の間に齟齬があった場合は、正本が優先します。
何通にも分けられたとは言え、法的には正本と副本とを全部合わせて1つの証書(’deed’)と捉えます。
副本の現代的な意味は何ですか?
しかし今では全く同じものが何枚でも印刷で作れるし、契約書は全員が署名するのですから(ただし、以下参照)、上のような意味での「正」だの「副」だのということはありません。どれも正本と言えます。
では「Counterparts条項」は何のためにあるのでしょうか。
国際取引で当事者の数が多く、その国が多岐にわたっている上、締結を急ぐなどの理由があるときに、各地で各当事者が自分の分だけを署名して済ませることがあります。この条項の目指すところは、明文でそのようなことを許容することです。なおピッタリの言葉を思いつかなかったので ’counterparts’ を「通数」とします。
This Agreement may be executed in any number of separate counterparts (including by facsimile or electronic transmission, including PDF) …
和訳:
この契約書は適宜の複数の通数(ファックス、又はPDFを含む電子的方法など)で締結することができ…。
自分の署名したものだけが手許に残るのですか?
このようにサインするときは、実務では各自の署名ページの部分を、まとめ役のところにファックス、PDF などで送って、全部そろったらまとめ役が全員に通知して、「契約締結の完了」を宣言します。
でも他の人のサインしたものを手許におきたいのですが…
そうですね。そこでAが署名したものをBにファックス/PDFし、Bも自分がサインしたものをAにファックス/PDFするとか、Aが署名したもののファックス/PDF上にBがサインして、Aに送り返すなどということもあります。
また、後日、全通数を各当事者の間にまわして、各通の署名欄に全員の署名を取り付けることもあります。これなら安心ですね。
今では電子署名という方法があり、結構使われているようです。
昔の想い出
別々にサインしたからと言って正副の区別はなく、どれも同じ価値なのですが、念のためにそのことを書いてあるものがあります。
This Agreement may be …, each of which shall be deemed to be an original, …
和訳:
本契約書は…、一通一通それぞれが正本と見なされるものとし…。
加えて、法律家の頭の中には昔の亡霊が残っているのか、この後に次のように書き足してあることも少なくありません。
This Agreement may be …, but all of which taken together shall constitute one and the same agreement.
和訳:
本契約書は…、全通数をもって一つの契約書を構成するものとする。
全貌が分かるように、まとめておきます。
This Agreement may be executed in any number of separate counterparts (including by facsimile or electronic transmission, including PDF), each of which shall be deemed to be an original, but all of which taken together shall constitute one and the same agreement.
事情が違えばこの条項はなくてもよいのです
というわけですので、当事者が一堂に会して署名式をするとか、ひとりが全通に署名して、全部を次の当事者に回付し、全員が署名するといった場合はこの条項はなくてもよいのです。
なお、この場合は、各自が自分の署名した日を書いた上で、全員が署名し終わったら、最後の当事者の署名日をもって契約が効力を発することとする、といった手立てが講じられます。
