ガールズバンド作品が示した新「友情・努力・勝利」
この記事は、いただいたマシュマロ質問「なぜ中国でガールズバンド作品であるBanG Dream! Ave Mujicaが不評だったのか」への本論に入る前段として、今の中国でガールズバンド作品が流行した理由を整理します。
中国では2022年から3年連続で『ぼっち・ざ・ろっく!』、『BanG Dream! It’s MyGO!!!!!』、『ガールズバンドクライ』という、女性メンバーによって構成されたバンド、ガールズバンドのアニメ作品がヒットしました。

なぜ、これらの作品が好まれているのか。
筆者は、いまの中国で人気を得ている3作品は、表面的には「ガールズバンド青春物語」ですが、実はジャンプ的なスローガンである「友情・努力・勝利」を現代に置き換えた構造を持っており、だからこそ広く受け入れられたと考えています。
最初に、流行の起点となった作品である『ぼっち・ざ・ろっく!』の感想から「キャラクターへの感情移入と努力」の新しい形を解説します。
完璧じゃないから、心に響く
この「全員がリアルな人間」を描いた高評価アニメは、もっと早く世間に広まるべきだった
週末、午後の上映で『総集編ぼっち・ざ・ろっく!(前編)』を観た高齢オタクである私は、涙を拭いながら映画館を後にした。
中くらいの大きさのスクリーン、座席稼働率は目測で50%。想像以上に人が入っていた。

私の正面、ベストな座席を取っていたのは、坊主頭に眼鏡、ポロシャツにスラックス姿の中年男性だった。いかにも公文書を抱えて役所に入っていきそうな雰囲気の人で、こんな場所にいるのは本当に意外だった。
上映開始の直前、その隣に高校生の女の子がやって来て挨拶をし、席に座った。ああ、娘さんと一緒に来たのか、それなら納得だ。
他のアニメ映画と違い、今回の『ぼっち・ざ・ろっく!』は総集編として公開された。つまり、すでに放送済みのTVアニメを再編集したもので、十数話をまとめた形式。新しいストーリーやキャラの追加は一切ない。さらに上映は上下二部構成で二回に分けて公開された。
こうした上映形式は日本ではよくあるが、中国の観客にとってはとても奇妙に感じられる。何しろ『名探偵コナン』といった30年来の大御所IPですら、中国で公開される劇場版はすべて新作ストーリーで、映画としての物語性を備えているのだから。
しかしながら、2021年以降のコナン劇場版が豆瓣(映画評価サイト)で概ね★7前後の評価にとどまっているのに対し、『ぼっち・ざ・ろっく!』は今回の映画上編が8.2点、下編が8.4点、アニメ本編に至っては9.0点近くを記録している。これはストーリーの完成度と作品のクオリティの高さを十分に物語っている。
『ぼっち・ざ・ろっく!』の物語は、コミュ障のギター少女・後藤ひとりの視点から展開していく。

コミュ障の後藤さんは、決して「引きこもり」ではない。ただ本当に人と話す勇気がないだけだ。ギターを独学したのも、みんなに注目してもらえる輝きを持ちたかったから。
彼女は自分の部屋の押し入れで、父親の若い頃の古いギターを抱え、毎日コツコツと練習を重ねていく。やがて上達し、自分の演奏動画をアップするアカウントを開設。人気曲のカバーを投稿するたびにフォロワーはどんどん増えていった。
けれど現実では、卑屈なコミュ障の彼女はただバンドグッズを身につけるだけ。心の中で必死に叫んでいる。「見てよ!見てよ!私、ギターめっちゃ上手いんだよ!」と。しかし中学3年を過ぎても、クラスの中では相変わらず「誰だっけ、あの子?」のままだった。
映画館の観客は、そんな後藤ひとりの成長に合わせて、一緒に暗い押し入れを抜け出していく。

初めて勇気を出して街頭で演奏したとき、初ライブでメンバーが次々とトラブルを起こす中、演奏を立て直して「バンドのギターヒーロー」になったとき。
演奏が終わった瞬間、前方に座っていたあの中年のお父さんが、私たちオタクと一緒に腕を振り上げ、エンディング曲のドラムに合わせてコールしていた。
ああ、「結束バンド」は本当に「結束」のように、僕らの感情を一つにつなげてくれたんだ。たった数時間の「ぼっちちゃん」の物語が、座っている全員に「凝縮された青春」をもう一度体験させてくれた。

そのとき思った。
ヒーローって、超能力で世界を救う人だけじゃないんだ。
エンドロールでキャストが流れているとき、私の目にあふれた涙は物語そのものに対するものではなかった。あの瞬間、映画館の中で次元を超えて一体になった熱気から生まれた誇らしさだったのだ。
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