東南アジア詐欺拠点実録:中国の少年、生還までの2年
この記事は東南アジア詐欺拠点に連れて行かれた中国人少年のドキュメンタリーを翻訳、再構成したものです。
詐欺拠点に騙されて行く社会的背景と手口、現地の実態、生還までの過程、さらに詐欺産業の最新動向を分かりやすくお伝えします。
コンテンツ注意
本稿には残虐、暴力的な表現が含まれます。
また文章は中国人被害者および中国当局の視点が中心となっていますが、詐欺拠点の運営には中華圏の勢力が関与している説も存在します。
本記事の情報源が中国メディアである点を留意いただきつつ、あくまで社会動静を理解するものとしてお読みください。
騙され詐欺拠点に行った少年
取り締まりが強化される中、これまでミャンマー北東部や東南部に集中していた詐欺拠点が移転を始めた。ミャンマー南部の山岳地帯に進出し、東部ではカンボジアにまで広がった。この移転に伴い人手不足が続いている。詐欺グループは未熟で騙されやすい未成年をターゲットにするようになった。
騙された少年
5月31日、姉・陳雪は雲南省、昆明の空港で弟・陳志成を迎えた。彼がミャンマーに行ってから、ほぼ2年が経過していた。
この時、姉は弟を本人と判別できなかった。黒ずんだピンクのTシャツと大きなサンダル。緩いジーンズを手で引き上げ、長く伸びた髪は鼻を覆い、顔は痩せこけていた。
まるでホームレスだった。帰ってきた弟は死体のように毎日リビングでボーっと座っている。スマホも触らず話もしなかった。
陳雪は店を閉め、毎日彼のそばに寄り添った。数日後、陳志成はようやく口を開き、「小胖」という客に騙されミャンマーに行ったことを話した。
2023年7月、陳志成が四川のバーで働いていたとき、小胖はタバコを差し出し、積極的に話しかけてきた。彼はこう回想する。
「小胖は20代に見え、質素な服装で、ぽっちゃりした顔にメガネをかけて、学生のような感じ。誠実そうに見えた」
小胖は雲南省・昆明に仕事のチャンスがあると持ち出した。バーでのサービス兼、警備員の仕事。月収は1万元だと言った。

「何に加入する?」、「詐欺?」
陳志成は心が揺れた。彼はつい最近、職業学校を中退したばかりだった。
「何も学べない、毎日学校で時間を無駄にしているだけ。家の金を浪費している」と思っていた。
少しでも家計の負担を減らし、お金を稼ぎたかった。四川の田舎に生まれた彼は、家の状況が良くないことを子供の頃から知っていた。
家は60過ぎの父が建設現場で稼ぐ金で生活しており、時間のある時には父が三輪車で食料を運び、一回あたり10元を稼いでいた。
彼の家は以前、村の貧困支援を受けていたことがあり、陳志成は奨学金をもらっていた。しかし独り立ちして外に出てみると、彼は「全く仕事が見つからない」と気づいた。
彼は一軒一軒「求人はありますか?」と尋ねたが、16歳だと分かるとどこも断られた。唯一、新しく開店したレストランが彼を雇ってくれたが、5日働いて開店初期の繁忙期が一段落すると解雇された。

(この方は本記事とは無関係)
就職難で毎日スマホで職探し
また、彼はドリンク店で半日働いたが、資料の暗記や試験が必要で、それには自信がなかった。さらに理髪店や自動車修理店で見習いとして働こうともしたが、月収は1000元程度であまりに低かった。「自分一人すら養えない」と思った。
最終的に陳志成は「未成年労働者が多いのは、ほとんど娯楽施設」と気づいた。彼が働いていたバーもスタッフの十数人が未成年だった。
小胖の話を陳志成は疑うことなく聞いたが、昆明が家から遠すぎることをためらっていた。
しかし一週間後の午前2時、彼は8時間以上も立ちっぱなしで働いた身体を引きずり、6人部屋の宿舎に戻った。
そして昼夜逆転の生活で月給が3000元程度だと思ったとき、彼は小胖にメッセージを送った。
「まだ人が必要ですか?」
翌朝、小胖は車を手配。陳志成と、さらに15、6歳に見える少年を一人拾って、三人で出発した。
昆明に到着すると、小胖はシーサンパンナ(中国最南端の都市)へ遊びに行こうと言った。小胖は彼らをシーサンパンナに連れて行き、最終的に大人2人以上もある高さのフェンスで遮られた国境に到達した。
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