短篇小説【沈黙の世界で、犬は吠えるだろう】後編
昨晩の雪で更に積雪の増した辺りは、視界の限り白一色で田畑の境目もよく分からない様であった。
タクシーの窓を少し開けるとひんやりとした空気が一気に車内に吹き込んでくる。
それを吸い込むと肺が清められる様で、私はぼんやりとした頭をはっきりさせる為にもその冷たい空気を頻りに吸い込んだ。
花巻と言えば宮沢賢治と直ぐに思い浮かべるが、今なら間違いなくアメリカで活躍する二人の野球選手の方がずっと有名になってしまっている。
街には少し大袈裟な位に立派な野球場があり、全国的に有名な野球の強豪校が背負う期待の大きさを窺い知る事が出来た。
小山内綾子の宅は街の中心部からタクシーを走らせて十分程、古い農家が建ち並ぶ閑静とした集落の外れにあり、一際大きなひばの木に寄せ集まる様にして建っている数棟の借家の内の一つであった。
かまぼこ板の様な表札には確かに手書き文字で小山内と書いてある。
遂に辿り着いたのだと私は万感の思いであった。
近くの農家から犬の吠える声がしきりに聞こえてきた。
そしてまるで何かの冗談の様に、隣家の庇からは冷たい風に揺れる季節外れの風鈴が微かに涼し気な音色を響かせていた。
私は小さく息を一つ吐いてから、意を決して玄関の硝子戸を軽く二度叩いた。
そして暫く様子を伺ってからもう一度叩く。
しかし待てど暮らせど聞こえてくるのは犬の鳴き声と風鈴の音だけで、屋内から人の気配を感じる事は出来なかった。
時刻は十時を少し過ぎた頃、留守である可能性も当然考えてはいたのだったが、どこか私には都合の良い希望的観測があり、ここまで辿り着いたのだからきっと彼女は私の事を待ってくれているに違いないという、まるで根拠の無い自信の様なものがあったのだった。
辺りを見廻しても家主の帰宅を待っていられる様な施設も場所も当然無い。雪は既に止んでいたが寒風吹きすさぶ田んぼの端でいい大人が突っ立っているのも少し見栄えが悪い様に思えた。
タクシーは既に帰してしまっていたので、私は仕方なく人の気配のある斜向かいの農家に事情を話して少し待たせて貰えぬか交渉してみようと考えた。
先程から私を不審がって吠えている犬が軒下に繫がれた大きな農家であった。
広い敷地を横断して表玄関に回ってみると、そこに椅子を出して何やら農作業をしている老婆と出くわした。
「ごめん下さい。ちょっと宜しいでしょうか?」
私は被っていた帽子を脇に挟み、ゆっくりとなるべく不審者と思われぬ様にこやかに近付いていった。
老婆は手仕事を止め、ゆっくりと頭をもたげて真っ直ぐに私の顔を仰ぎ見た。
「何だべ?郵便屋さんだが?」
老婆は手にしていた葉物野菜を大きなザルに無造作に放り投げると、深い皺が刻まれた赤ら顔に人懐っこい笑みを少し浮かべた。
「あの、私この向かいの借家に住んでる小山内綾子さんを訪ねて来た者なのですが、ちょっと今留守の様なんです。それで大変申し訳無いのですが少しこちらで小山内さんの帰りを待たせて頂く訳にはいかないでしょうか?」
私は出来る限りゆっくりと、大きな声で老婆に向かってそう告げた。
老婆の方でも私の言葉の一語一語を噛みしめる様に、時に頷きながら真剣な表情でそれを聞いてくれていた。
がしかし、老婆は私の顔を見詰めたまま制止しそれに対する返事が一向に返ってこない。
聞こえてはいる様子だったし、その表情に特に何も警戒する様な所も無かったのだったが、或いは見ず知らずの他人が急に訪ねてきて家に上がらせてくれというのはやはり非常識であったかと私は少し後悔していた。
そうして今一度タクシーを呼び戻し、一旦市街に戻り夕方にでもまた出直すかと心内で算段していると、おもむろに老婆が私の手を握ってきたので思わず声を挙げそうになる程驚いてしまった。
「いや、あの、すいません。急にこんな不躾なお願いを申し上げまして、大変失礼しました」
私は年甲斐も無くしどろもどろによく分からない弁明をしていた。
老婆は尚も私の手をしっかりと握りしめ、真っ直ぐな目でじっと見詰めてきていた。
よく見れば目元には薄っすらと涙が滲んでいる様にも見えた。
私は訳も分からず混乱し、しかし無下に老婆の手を払い除ける訳にもいかず、最早掛ける言葉にも窮し意味も無くただ薄ら笑いを浮かべていた。
犬は尚も吠え続け、季節外れの風鈴の音が耳を衝き、冷たい風は容赦なく私のコートの裾を翻した。
そうして暫く腰の曲がった老婆とがっぷり四つで対峙していると、唐突に老婆が口を開いたのだった。
「あんだ、東京の小説家さんだが?おれ、綾子さんからよっぐ聞いでらじゃが。もしあんだがここを訪ねでぎだら、渡しどいで欲しいってもんを預がっでらよ」
そう言うと老婆は私の手をおもむろに払い除け、素早く縁側に回るとそこにどすんと腰を下ろし、履いていた長靴を億劫そうに脱ぎ捨てると、いそいそと座敷の奥へと消えて行ってしまった。
私は余りの事に呆気に取られ、暫し茫然とその場に立ち尽くしてしまった。
そして暫くして意識が段々とはっきりしてくると、老婆が私の存在を認知していた事実が殊更に重大な意味を持つという事に漸く思いが至り、私は慌てて老婆を追い縁側から四つん這いで座敷へと潜り込んだのであった。
*
それは古びた封筒の中に丁寧に折り畳まれた、一通の手紙であった。
表の宛名には栃木の住所と小山内綾子様という文字。
裏を返すと差出人の記載は無い。
ただ封筒には見た事も無い様な異国の切手が幾つも張られ、そこに三十年以上前の日付の消印が押されていたので、私はこの手紙の意図を直ぐに理解した。
様々な思いと、幾通りもの予感が瞬時に私の胸を埋め尽くす。
これを読んでしまう事で、如何ばかりの得るものと失うものとが私の心を揺らすのであろうか。
私はその事に尻込みし、中々手紙を取り出す事が出来なかった。
老婆は傍らでじっと私の様子を凝視していた。
その鼻息がやけに耳に響く。
座敷は板間と畳とが半分ずつに分けられていて、その板間の方に置かれた天井にまで煙突を伸ばしたダルマストーブには、煌々と火が焚かれ中の薪が時折爆ぜた。
私は封筒を手にしたまま、じっとストーブの中に燃える炎を見詰め、時が経つのも忘れて物思いに更けていた。
遠い記憶が泡雪の様に私の脳内に降り落ちては直ぐに溶けていく。
根岸のボロアパートの六畳一間で、小山内と一台の火鉢を挟んで差し向かい、凡そ自分の生活とは関係の無い様な時勢の諸問題について論じ合ったりしていた冬の日の事。
または暑さが堪える夏に、近くを流れる川まで出掛けて行ってその流れに足を浸し、気休めばかりの涼を取りながら延々と戦後派の文学者達に対する所感をぶつけ合った事。
そんな何気ない日々がいくつも思い出された。
口を開けば憎まれ口を叩く様な可愛げのない男であったが、今思えばあれでいて情に厚い人間であったのだと思える。
寧ろその事に気付けなかった私の方こそ幼稚で未熟であったのだ。
小山内がジャーナリズムで飯を食うと言い出すのを聞いて、何の対抗心からか私は創作で飯を食うと豪語した。
思えば小山内と知り合っていなかったら作家になろうなどとは思わなかったであろう。
老婆は根気よく私の事を待っていてくれた。
或いはよく見れば眠ってしまっていたのかも知れない。
座敷はとても静かだった。
何度も封筒の宛名の文字を目で追い、確かにこれは小山内の筆跡だと確認した。
何が書かれているのか読むのが恐ろしかった。
三十年もの時を越えて、死者の声に追い付かれた私はまるで悪い事をして反省の為に居残りを強いられた子供の様な心境だった。
そして私は遂に観念して手紙を開いた。
その冒頭にはポール・ヴァレリーの海辺の墓地の詩句が引用されていた。
それは私が見舞い品として持参した、あの駒込の病室で小山内が熱心に読んでいた鈴木信太郎訳の岩波文庫のものであった。
【永遠の素因が生んだ純粋な二つの作品、「時間」は閃き、そして「夢」が即ち智慧となる】
前略。変わりはないか。
俺は今キガリにあるカトリックの教会で寝泊りしている。
酷く熱いが湿気が無い分日本の夏なぞよりも却って過ごし易い。
暮れのソビエトの崩壊でこっちもその話題で持ち切りだ。
そっちもソ連関係の記事ばかりで俺の書くアフリカの内戦なぞには誰も興味を示さんのかも知れないな。
水が合わず腹いっぱい食っても痩せるばかりで閉口だ。
いよいよ近頃は政府のラジオなんかでもツチ族への憎悪を煽る報道ばかりが続いていて不穏な空気が充満している。
俺ももう長くはここには居られんかも知れないな。
然るに時は瞬く間に閃き、俺は残された時間で目の前のありのままを、ただ純粋に見聞きしてそれを仕事とするだけだと思っている。
嫌と言う程醜いものも見たが、人がいる限りそこには笑っちまう様な馬鹿馬鹿しさも確かとあって、俺とて毎晩の様に夢に見るのは糞甘いおはぎだったりする。
世界は広いようでいて思いの外狭い。
お前も気が向いたらいつかここへ来てみたらいい。
ここでは言葉なんかよりも一陣の風の方がよっぽど物を言う。
草々。
そこには私の知っている小山内が確かにいて、そして私の知らない小山内もいた。
その癖の強い小山内の筆致を目で追いながら、三十年もの時を越えて私は遠いアフリカの地の空気を吸っている様な気持ちになった。
そしてこれが書かれたのがソ連崩壊の翌年であるならば、それは確か小山内がルワンダで死んだその年の筈だった。
私は思わず手紙の中の残された時間という部分を繰り返し読んでしまう。
最後の二文は特に私の胸を打った。
小山内の妹に対する想いが一見ぶっきら棒に映る物言いの中に見え隠れしていた。
言葉よりも一陣の風が物を言う。
この一節に私は根岸のボロアパートで小山内と最後に交わした会話の中の、沈黙の世界という言葉をふと思い出した。
この二つの言葉が直ぐに何かに結びついて私に真理を諭してくれる様な事は無かったが、しかしどこか通底するものが確かにあると私には思えた。
この男が今も生きていれば、或いは自分など遥かに凌ぐ程に名を成す文人になっていたのではないか。
私はつくづく小山内という男から受けた影響の大きさを思い知った。
「綾子さんはな、今ルワンダっず遠い国さ行っでんだ。長え時間掛げでな、巡り巡ってルワンダがら報せが届いだんだよ。何でも綾子さんのあんちゃの遺品が、今頃になっで出でぎたっていう話なんだ」
老婆が湯気の立つ湯呑茶碗を差し出しながら私に向かってそう言った。
私は思いきり頭を殴られた様な衝撃を受けた。
ここまできてまた間に合わなかった。
何の運命の悪戯であろうか。
よりにもよってルワンダとは。
私は事態を理解する事が暫く出来なかった。
*
白一色のパソコン画面に再び虚しく文字入力カーソルが点滅していた。
私はこの物語を進行させる為の、継ぐべき次の一句を打ち込む事がずっと出来ないでいた。
ベランダの風鈴は春の風を受けて遠くまでその音色を気持ち良く飛ばしている。
私はサンダルを履きベランダに出て、メンソールに火を点け手摺りに背を預けた。
西新宿のビル群は今日も変わらず赤い光を頭上に掲げ、唸る様な街の騒音に身を寄せそびえ立っていた。
煙草の煙を風に吹き上げ、そこから誰も居ない自分の部屋をぼんやりと眺めた。
歯抜けになった書架に僅かばかり残った書物の中には、私の人生を大きく変えてしまった悪魔の様な力を持った本がいくつかあった。
嘗てはそれらに夢中になり、自分もいつかそんな作品を書きたいと願った。
キッチンのダイニングテーブルに散らばる錠剤に自然と目がいく。
もう三日もそれらに手を付けていなかった。
半年前の医師の告知の際に、私の余命は半年と告げられていた。
もう既にロスタイムに入っている。
文芸誌の連載は花巻での顛末を仔細に書いた先月号で一旦休載としていた。
続きを書こうにも私の物語は完全に袋小路に陥ってしまっている。
私は花巻のあの老婆に、綾子が戻ったら連絡をして欲しいと自分の連絡先を置いてきていた。
しかしあれから三週間が経つが、私の元に届くのは担当編集者からの安否確認の連絡のみであった。
身体に特に変調は無かった。
常時疲れ易さは感じていたが、痛み止めを飲んでいれば特に不快な症状も無い。
近くの公園の桜が五分咲き程度になっていたので近頃はよく歩いてもいた。
もしかしたら腹の腫瘍もきれいさっぱり無くなってしまったのかも知れないと、私は不気味な程平穏な日々に淡い夢をつい見てしまう。
病を知るまでは自分に残された時間の事など考えもしなかった。
自分の人生に特に未練は無く、それがいつ潰えても構わないと過信していた。
しかし今は時間が欲しい。
1986年から始まったこの物語を書き終えるまでの猶予が欲しかった。
こうした日々を過ごしていると、気が付けば私は小山内の言葉を心内に反芻している事が多くなった。
死者の言葉は生者のそれよりも大きく私の心を動かす。
考えてみれば私が学生時代から愛読してきた詩人や哲学者や作家などは皆例外なく故人であった。
彼等の言葉は動かず常にそこにある。
そこから私は自分の選択の指標を得てきた。
それらを深く読み解く事で、死者と繫がりその都度自分の生を確認出来た。
私にとって文学とは結局それだけのものであったのだ。
自分が生きているという事に脆弱なアンカーを打つ行為。
えも言われぬ恐れからそれに執着してきた。
私は一体何を恐れてきたのであろうか。
この所昼間は眠気に襲われる事が多く、逆に夜は寝付けないので長夜を過ごしていた。
そんな時はまず決まって小山内綾子の事を考えた。
三十年以上前に死んだ兄の遺品を受け取りに、遠いアフリカの地に旅立った沈黙の世界に生きる人。
彼女は何故私が花巻を訪れる事を予期していたのだろうか。
まるで超能力者の様ではないかと思い、私はそれを少し可笑しく感じていた。
耳の聞こえぬ彼女が初夏の草月ホールでシューベルトの旋律に聞き入っていた横顔をふと思い出す。
私は今この瞬間、彼女の目で世界を眺めてみたいと強く思った。
そこには一体どんな色彩が広がっているのだろうか。
どれだけ世界は静寂に包まれていて、どれほど心の中は騒がしいのだろうか。
人の感情を想像し描写する事を長い間生業としてきたが、他人を自分事として捉える事のまるで神業の如き行いに今は畏怖の念を抱いてしまう。
作家などと一人前の顔をしてきたが、結局他者の目で世界を見る事など一度も叶わなかった。
それはどこまでいっても自己顕示の範疇を出てはいなかった。
私の著述人生など所詮はその程度のものであったのだろう。
こんな風につい弱気になってしまう所も事に依れば病の所為なのかも知れなかったが、私はそれに対して特に落ち込む様でも無く、却って冷静にこれらの事を思索している自分自身の現状こそが最も不思議であった。
人は死を意識した時にこそ真価を発揮するものなのかも知れない。
ここ数か月間、私は至ってフラットな気持ちでもって自分の死に様の空想を繰り返してきた。
一人で死んでいつまでも遺体が発見されないと困るので、懇意の編集者に毎日の生存確認を入れて貰っている。
返信が無い時は合鍵を持った彼が部屋を訪ねてくれる手筈にもなっていた。
そんな役回りを快く受諾してくれた彼に私は心底敬意を抱いている。
彼は私の人生で得ることが出来た数少ない信頼を置ける友人であった。
私はこうなっても尚、当たり前の事だが多くの人間の世話になって生きている。
一人で死ぬ覚悟ではあっても、生きる事は一人では出来ない。
それの何と有難く美しい事か。
私はこうなってみて初めて、そんな大切な事に気付かされたのであった。
*
頬を撫でる暖かい南風が、早くも薄桃色の花弁を俄かに地面に散らし始めていた。
遊具を奪い合う子供達の叫び声が響き渡る午後の公園に、私は気晴らしにヴァレリーの詩集を片手に散歩に訪れていた。
太陽を仰ぎ見ると目の奥に鈍い痛みを感じる。
近頃は更に体重が落ちて体力も減退していたので、ベンチに腰を下ろすと暫くは呼吸を整える為にじっとしていなくてはならなくなった。
病院で処方された痛み止めの薬も近頃は気休めにもならず、治療を拒んで共生の道を歩んできた腹中の悪い虫とも、この所はどうも反りが合わない様だと私は一人で皮肉めいた笑みを浮かべていた。
私は死そのものを恐れてはいなかった。
特に何の宗教にも帰依していない私にとって死後の世界なども論外で、ただ潔く全てが無に帰す事を望んでいた。
誰からも忘れ去られ、まるで初めから存在していなかったかの様に外縁に追いやられる事を別段不快とも思わない私の性癖は、或いはこうなってみれば存外有利でもあったのだと頼もしく感じられたりした。
そして私は夢とも現とも付かない不確かな心持ちで眼前に広がる世界を視認しながら、思いは遠い過去の記憶を自由気ままに泳ぐ事が今では出来た。
病を得て得をするという事もあるのだ。
作家の端くれとしては、これも理論立てて様々に描写さねばならぬと思いはすれど、今の私には揺蕩う如くその場の気分で足し引きされる感情に身を任す事の方が心地良かった。
風が吹けば舞い散る桜を見るともなしに、私はヴァレリーの海辺の墓地をぱらぱらと捲り出した。
小山内の見舞いの際にこの詩集を選んだのには、無意識の内に堀辰雄の風立ちぬの誤訳の件が頭を霞め、小山内の肺病と堀辰雄の結核とを無暗に関連付けた上で、おまけにその堀辰雄の富士見高原で共に療養し遂には甲斐なく亡くしてしまった恋人の名が綾子であった事も、もしかしたらその選択の遠因にあったのかも知れない。
小山内は現代作家の悉くに対して辛辣であったが、この堀辰雄という昭和のモダニズムの流れを汲む作家に対しては例外的に寛容であった。
私は当時その師匠筋に当たる芥川に傾倒していたので、二人で文学論を戦わせる際には自然とこの界隈の話題になる事が多かったのだが、思えば若くして結核を発症し自らの命の短さを悟っていた堀辰雄と、どこか厭世的で結果として短命に終わってしまった小山内とには不思議な共通点がある様にも思えた。
風立ちぬ、いざ生きめやもと堀辰雄が訳したヴァレリーの詩の本意は、生きねばならぬという死の世界から現実世界への回帰であり、生の肯定であった所に、私は言葉にならない哀切を感じずにはいられなかった。
そして今私の目の前で戯れる幼い子供等に、担保されているであろう向こう数十年間分の生活の機微と、あと僅かで確実に燃え尽きる筈の私の命との間には、決定的な乖離が規定されてしまったのだ。
がしかし、そこにこそ不可逆的で有限である事でのみ得られる命の掛け替えの無さがあって、だからこそ道端のナメクジでさえもただただ美しいのだと思った。
作品にするから小山内兄妹の事を思い出したのか、或いは小山内兄妹の事を思い出したから作品にしようと思ったのであったか。
今ではそれさえも定かでは無いが、結果として人生の終わりにそれと向き合えた事は我ながら成功であったと感じていた。
平生は季節の移り変わりにさえ無頓着だった自分が、今は時の流れを肌で感じながらそれを実に頼もしくも感じている。
全て分け隔てなく押し流してくれるからこそこの世は美しいのだ。
シマトネリコの微細な枝葉の隙間から差す木漏れ日が、私の不規則な呼吸を優しく整えてくれる様であった。
何事であっても書き残したい。
一つも漏らす事無く描写したい。
そんな今更に叶わぬ思いが、こんなにも弱り切った身体から湧いてくるとは自分でも意外であった。
私は自分自身が、こんなにも生に執着を持っていた事を知れた事が何よりも嬉しかった。
いつか堀辰雄のいざ生きめやもの解釈を小山内と議論した事があった。
ヴァレリーの生きようと試みねばならないという元々の意味と、生きねばならぬと思いながらもそれを諦めるかの様な逡巡が感じられる生きめやもでは大きくニュアンスが異なる。
それで誤訳であると糾弾される事の多い一句なのだが、小山内はこの短い逡巡の中にこそヴァレリーの本質が見事に表現されていると堀辰雄の訳を激賞した。
私は翻訳の正確性こそを貴ぶべきであると反論。
勿論どちらが正しいという話でも無いが、この他愛の無い議論でさえ私と小山内との性質の差を感じる事の出来るエピソードだと思う。
今私はその逡巡の只中にいる。
一方で不可能であると諦める気持ちの中で、それでも生きねばと踏ん張ってもいる。
1986年の遠い過去から既に風は立った。
いざ生きめやも。
その時私の足元を、片方の羽を失った蝶を必死に運ぶ蟻の大行列が音も無く通り過ぎていった。
沈黙の世界。
私もそこで必死に吠える一匹の犬であった。
*
季節は過ぎ去り、梅雨らしい音の無い雨が世界を濡らす午後、私は遂に遺作を書き上げ静かにノートパソコンの蓋を閉じた。
意識が朦朧としていた日もあったので、推敲したらば随分とニュアンスも異なっていきそうではあったが、私には既にその気力も体力も残されてはいなかった。
静かに寝床に横たわると、どこまでもそのまま沈み込んでいってしまいそうであった。
ひょっとすると二度と起き上がれないのでは無いかいう恐怖も浮かび上がってくる。
しかし今の私は仕事を終えたという達成感と安堵に包まれ、全てを流れに任せようという潔さをもって満ち足りていた。
小説の結末は現実から乖離したファンタジーの様になった。
それでもそこには今の私の嘘偽りのない気持ちが込められてもいた。
評価など毛頭興味が無い。
私は最後の最後に遂に自由で豪胆な文筆家と成った。
至って満足であった。
夜になって目が冴えて、何とか起き上がりメンソールに火を点け激しく咽てしまった。
水を飲む喉もまるで他人のものの様だった。
自分の身体が消滅するという事は何と不思議な事だろうかと思った。
堀辰雄の風立ちぬの文庫を書架から引っ張り出してきてそれを読んでいた。静かな夜で、時折風に揺れた風鈴が涼し気な音色を聞かせていた。
書架と私の脳とは直接の繫がりを持っている様に思う。
日々の悲喜こもごもと書物とは私にとって切っても切れない関係性を構築していた。
私の意志に関わらず、書物は私の喜怒哀楽の指標ともなった。
もしかしたらこれが私にとっての信仰だったのかも知れない。
どんな神をも持たぬ不信心な私にとっては、古今東西の作家達が丹念に拵えた作り話こそが真実であったのだ。
私は夢を見る様な気分で堀辰雄の流麗な文体の中に吸い込まれていった。
そして気が付くと私はまた寝床に横たわっていた。
ゆっくりと辺りを見廻すとカーテンの隙間からは柔らかい陽の光が差し込んできていた。
まるで遠い記憶の中の日曜日の朝の様であった。
酷く喉が渇いていた。
いつの間にか眠ってしまっていた様だと思い、私は身体を起こそうと試みるが巧くそれが出来ない。
力が全く身体に伝わらない様な感覚だった。
声も出なかった。
すると先程から一切何の音も聞こえていない事にも漸く気が付いた。
出来る事は物を考える事だけであった。
不思議と身体の痛みも感じなかった。
しかしその感覚さえも失ってしまったのかと私は少し焦った。
その時部屋の中に誰かの気配を感じた。
音の無い世界であっても、空気の微かな流れの変化がそれを私に伝えていた。
恐怖感は全く無かった。
理に適わぬ現象であっても何の違和感も生じない。
私の心中は穏やかでただあるがままであった。
そしてゆっくりと私の顔を覗き込む彼女の顔を遂に認知した。
随分と年老いたが見紛う事無く、それは小山内綾子の優しい笑顔であった。
「随分と時間が掛かってしまいましたが、やっとお会い出来ました。お久し振りです」
それは声では無く思念の様なものであるのか、音として感知しているのでは無くただ私の意識の中に直接降り注ぐ感触の様なものであった。
「兄のニコンがキガリの役所の蔵から出てきました。気の遠くなるような調査をしてくれて、長い時間を掛けて彼等はそれが私の兄の物である事を突き止めました。そして遠い国に住む私の事を見つけ出して連絡をくれたのです」
綾子の声は暖かかった。
それはニュアンスという事で無く、実際に温度を肌で感じられるという意味において実に暖かかった。
私はただそれを物語の読み聞かせの様に受け入れていた。
「一緒に見付かったフィルムを現像しました。そこにはアフリカの人々の笑っている顔ばかりが写っていました。屈託の無い子供達の笑顔。水仕事をしている女達の少し照れた様な笑顔。機関銃を肩に乗せた兵士達の引き締まった笑顔。兄は戦場には余り似付かわしくない様な、そんな笑顔ばかりを集めて回っていた様です」
「それじゃあ、とても戦争記事には使えませんね」
私も声では無く思念でそう返していた。
そしてそれはしっかりと綾子にも伝わっている様であった。
私は沈黙の世界の心地良さにうっとりと魅了されていた。
一切の過不足の無い、そこは完璧に満ち足りた世界であった。
完
あとがき
こんにちは。ころっぷです。
この度は【沈黙の世界で、犬は吠えるだろう】を
読んで頂きありがとうございます。
今回の作品はある日ラジオでふと耳にした、
フリッパーズ・ギターの「星の彼方へ」という
曲のワンフレーズからタイトルを拝借しました。
人の死というものを正面から描いてみたいと
考えていたのですが、
またもやトリッキーな作風になってしまいました。
ポール・ヴァレリーや堀辰雄に作中で触れていますが、
過去の文人達から受ける影響の大きさも日々感じたりしています。
いつか自分の作品も見知らぬどこかの誰かに
微かでも影響を与えられたらと夢想したりもしてしまいます。
それには書き続けるしかないなと思います。
また次回作でお会い出来るのを楽しみに。
2026・3・31 ころっぷ
