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【自己紹介】洋楽歌詞を深堀る冒険

どうも、エイジ・リリックスです。今回は自己紹介的に、私自身の昔話と洋楽・歌詞への想い、そしてここnoteとYouTubeへのモチベーションについて綴りたいと思います。


自己紹介

私は日本の企業に就職し、IT系の仕事をして昨年60歳を迎えました。仕事で音楽に関係したことは皆無ですが、一番好きで続いてきたことが音楽、特に洋楽を聴くことでした。楽器を弾くことも歌うこともできません・しません。ごくごく一般的なライトなリスナーの一人であり、まったく音楽の専門家ではありません。そんな人間がなぜ洋楽(そして歌詞)に関するnoteやYoutubeを始めたのか、そんな経緯をお話したいと思います。

洋楽との出会い~クラシック→YMO→海外のロック・ポップス

私が音楽というものに日常的に触れるようになったのは、小学生の頃に父が持っていたステレオと、クラシックのレコードからでした。

父の持ち物でありながら、私はそれらをほぼ独占し、ターンテーブルを回してレコード針をそっと下ろし、確かサンヨーのヘッドホンでクラシック音楽を夢中になって聴きまくりました。ベートーベンの第九を真似て歌ってみたり、ドボルザークの「新世界より」では指揮者のように棒を振り回したり、チゴイネルワイゼンを聞いてはバイオリンをエアーで演奏する(ふり)、そんな小学生でした。

もっぱら聴くだけで、楽器を習っていたわけではありません。単に好きで聞いていた、当時はそんな感じでした。でも、楽器が何もろくに弾けやしないのに、作曲家や指揮者になりたいと思っていたんですよね。独学で譜面を勉強し、作曲コンクールにリコーダー持参で参加したのはかつての自分の度胸をほめたいくらいです。

そして中学生の頃、YMOが流行りました。友人から借りた彼らのレコードを聴いてからというもの、私の頭の中はYMOの世界にすっかり支配されました。彼らは日本人なのに歌詞の多くが英語だったことに戸惑いつつも、その歌詞の意味は何だろうと辞書を引いたりしました。そして徐々に海外の曲、いわゆる洋楽を聴くようになっていきました。ライブエイドもほぼリアルタイムで視聴しました。その頃からですかね、エアチェック(ラジオで流される曲の録音)が流行りました。私もFMステーションなどの音楽雑誌を買っては、色んな番組や曲をテープに録音しまくったものです。

当時の私にとって、洋楽は、単なる音楽という枠を遥かに超えた、未知なる世界への「招待状」だったんだと思います。でももちろん、ごくごく普通の、地方都市の平均的な家庭で育った私は英語力はろくになく、単にノリで聞いていた無邪気なリスナーに過ぎませんでした。

意味? そんなものは、ノリさえ良ければ不要だった。

あの頃、私たちがラジオにかじりついて夢中になった大ヒット曲の数々。ぶっちゃけて言えば、歌詞の意味なんて「ほぼ知らない」まま聴いていたものが大半です。日本版のレコードを買えば歌詞カードが付いてきましたが、中学生や高校生の小遣いではレコード(やがてCD)のレンタルが精一杯の投資でした。クイーンのボヘミアンラプソディーの訳を読んでもちんぷんかんぷんでした。和版を買うと高いので輸入盤を買うことがほとんどでしたしね。

シンプル・マインズのCDに同封されていた歌詞の紙

そんなわけでエアチェックで聞いた曲はサビのフレーズをカタカナ英語でそれっぽく口ずさみ、ギターリフが鳴ればエアギターをかき鳴らす。それで十分だったのです。当時の私にとって、英語は「言葉」というよりも、心地よいリズムを運んでくる「楽器の一部」でした。

極端に言えば「愛してる」と歌っているのか、「近所の犬がうるさい」と嘆いているのか、判別がつかなくても全く問題ありませんでした。音楽的な高揚感さえあれば、それは最高にクールな体験だったのです。今思えば、意味を理解しないまま聴くというのも、ある種の高度な「純粋体験」だったのかもしれませんね。

齢を重ねてから知った洋楽歌詞を読み解く楽しさ

もちろん、そんな「ノリ重視」で青春を過ごし、結局音楽とは関係なく、高度な英語もそこまで必要ない社会人生活を過ごしました。しかし、嬉しいときも病めるときも、洋楽は常に私の好きなことの一つでした。そうやっていつしか還暦となった今の私には一つの確信があります。それは、リズムとメロディに身を委ねるとともに、英語を聞き取り、そしてその意味を知ることが、音楽という体験をさらに濃密なものにしてくれるということです。

かつてはただの「響き」としてやり過ごしていた言葉たちが、一つずつ意味という輪郭を持って心の中に飛び込んでくる。それは、まるでなパズルを完成させる、わくわくする一方で結構たいへんなプロセスです。リズムの波に乗りつつ、英語の響きを拾い上げ、そこに込められた誰かの哲学や情景を解き明かす。この「知的な同期」こそが、還暦を迎えた私に、全く新しい音楽の聴き方を教えてくれているのです。

今はアプリもYouTubeもあるけれど。

そしてそれを助けてくれるのがSpotify、AWA、Apple musicなどの音楽アプリの存在です。かつての相棒だったボロボロの英和辞典(もはや鈍器に近い厚みがありましたが)は不要となり、スマートな音楽アプリやYouTubeで歌詞を読むことができるようになりました。

歌詞はタップするだけ、一瞬で表示できます。日本語訳も同時に出すことが容易です。もちろんこれは有難い。しかし思ったんですよね、
「結局これの意味なんなん?」と。結局、アプリやYoutubeの自動翻訳は、どこか頭の中にすっと入ってこないんですよ。

YouTubeミュージックアプリの翻訳

そして、やがて気が付いたんです。歌詞が何を伝えているのか、ちゃんと自分にわかるニュアンスで捉えられていないんだと。

「エイジ・リリックス」という名の新たな冒険

そんなわけで私が今取り組んでいるここnoteとYouTubeの「エイジ・リリックス」は、その探求の記録です。

フレーズや単語を深堀し、異国の誰かの「魂の叫び」に触れようとするあの時間。これらは「解読作業」という名の知的な冒険であり、それこそが自分の中で曲と歌詞、その意味が一体化する瞬間なんだと。自動翻訳は『答え』を提示してくれるが、私が欲しいのは『答え』というより、その単語やニュアンス、創作の裏を読み解いて楽しむことなのだと。

そして私がちょっとこだわっているのが、文字とサウンド、その意味がすべて一体化するという体験のために、英語文字(キャラクター)を躍らせてみるという映像的な表現を加えてみることでした。これはAWAの"Diveモード"が好きで、そこからインスパイアされたものです。そうして自分自身のためにAIの力も借りてリリックビデオを作り、せっかくだからとYouTubeで公開することにしたのです。

AWAのDiveモード

かつて「ノリ」だけで聴いていた名曲を、今の知識・経験を経て、便利なAI(と少しの情熱)で改めて読み解いていく。そうやって意味を深堀したことで、音楽の解像度がグッと上がる。若かりし日の「無知ゆえの情熱」と、今の「経験ゆえの理解」。この二つが重なった時、かつての名曲も、ガラっと変わった解釈で自分の心で理解することができます。

音楽をより楽しむための体験

もちろん、すべてを理解しようと肩肘張る必要なんてありませんよね。分からなければ「なんとなくかっこいい」でやり過ごし、分かった時には「へぇ、そんなこと言ってたのか!」と膝を打つ。その適当さと真剣さの振り幅こそが、洋楽を長く楽しむための秘訣だと、いまでもそう私は思います。

でも歌詞のもつ背景や意味、アーティストが語ったこと、エピソード。 それを積み重ねて知ることは、私にとっては知的探求心における「究極のスパイス」です。

そんなわけで今夜もまた、リズムに身を委ね、英単語とフレーズを拾い、Wikipediaを調べ、AIに相談し(時々嘘つかれますが)、歌詞文字の向こう側にある景色を眺めに行く。これからも新たな体験を求めて、音と文字の海を漂い続けていこうと思います。

ここnoteでは、そんな私のYouTubeチャンネル(エイジ・リリックス)で取り上げた曲について、補足的な説明をエッセイ風に書いていきます。

これを読んでいただいた方には、お暇なときに、そんな体験をご一緒してくだされば幸いです。Many Thanks!

ーーエイジ・リリックス (2026年5月30日)


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