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第3節 冬木透――継承と、もうひとつの「転用」

冬木透、本名・蒔田尚昊(まいたしょうこう)は、1935年3月13日、旧満州国の首都・新京に生まれた[i]。エリザベト音楽短期大学作曲科(第1期生)を卒業し、同大学の宗教音楽専攻科も修了、その後国立音楽大学作曲科も卒業している。エリザベト音楽短期大学在学中にグレゴリオ聖歌とオルガンに出会い、西欧古典音楽の基礎を身につけたという[ii]

卒業後、1956年にTBSの前身であるラジオ東京へ入社。音響効果マンとして勤務するかたわら、社員の身分のままテレビドラマ『鞍馬天狗』の音楽を任されたことが、劇伴作曲家としてのデビューとなった。1961年にラジオ東京を退社した後、宮内國郎が切り開いた円谷サウンドを引き継ぐ形で、1967年の『ウルトラセブン』からウルトラシリーズの音楽を担当するようになる[iii]。『帰ってきたウルトラマン』の防衛隊MATのテーマとして作られた男声コーラス「ワンダバ」は、主題歌以上の強い印象を視聴者に残し、その後のシリーズの防衛隊音楽に大きな影響を与えた。こうした功績によって、冬木は後年「ウルトラ音楽の父」と呼ばれるようになる[iv]

冬木のクラシック音楽への傾倒は、伊福部と同じ「転用」の論点を、別の形でこの章に持ち込む。『ウルトラセブン』最終回、モロボシ・ダンがアンヌ隊員に自らの正体を告白する場面に流れる音楽は、冬木自身の作曲ではない。ディヌ・リパッティのピアノ、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
フィルハーモニア管弦楽団による、シューマンのピアノ協奏曲イ短調の既存のレコード録音がそのまま使用されている[v]

この選曲の経緯について、冬木自身が後年語ったところによれば、音楽に
造詣の深い満田監督から「ラフマニノフのピアノ協奏曲を使いたい」という提案があったという。しかし冬木は、その提案には青春の甘酸っぱさは感じても、ダンの正体が明かされる場面の衝撃には見合わないと判断し、同様の理由でグリーグの協奏曲も退けたうえで、あらためてシューマンの協奏曲を選び直したのだという[vi]。子ども向け特撮ドラマの一場面に数分間クラシックのレコード演奏をそのまま流すという型破りな選曲は、当時の視聴者の
記憶に深く刻まれ、このリパッティ盤の録音そのものが後年「セブンで流れた演奏」として繰り返し再発売される事態にまで至っている[vii]

同様の手法は、ウルトラシリーズを離れた仕事にも見られる。フィンランドを舞台とするアニメ『牧場の少女カトリ』(1984年)では、同国の作曲家
ジャン・シベリウスの楽曲を冬木自身が室内楽編成に編曲し、曲調にも大幅なアレンジを加えたものが、冬木のオリジナル楽曲と並べて劇伴として使用されている[viii]

「独自の叙情性の達成」と呼ぶべきものの少なからぬ部分が、こうした既存音源・既存楽曲の大胆な持ち込みによって支えられていたという事実は――これは本書独自の見立てだが――第1節で見た伊福部における「転用と発明の境界」という論点が、この作曲家にもそのまま当てはまることを示している。

「冬木透」はあくまで映画・テレビの仕事に用いた名義だった。本名の蒔田尚昊としては、賛美歌『ガリラヤの風かおる丘で』や合唱曲『黙示録によるモテット』、オルガン曲『黙示録による幻想曲』などの宗教音楽を発表している[ix]。このオルガン曲は、1970年の大阪万博バチカン市国キリスト教館のオルガンコンクール作曲部門で最高位を受賞した[x]。防衛隊の勇壮な男声コーラスを書く「冬木透」と、教会の典礼のための音楽を書く「蒔田尚昊」――この二重の名前と二重の顔こそが、「音楽という見えない虚構」という本章のタイトルにふさわしい存在のあり方だったといえるだろう。

冬木透は2024年12月26日、東京都内の病院で死去した。89歳だった[xi]

宮内から引き継いだ円谷サウンドを、既存の音楽の大胆な引用によって独自の叙情性へと育て上げた作曲家の仕事を離れ、次に見るのは、ウルトラシリーズとは別の水脈――東映の特撮とアニメを横断しながら「変身の高揚感」を音にした作曲家、渡辺宙明である。



[i]追悼2024 写真特集」時事通信、2024年。
[ii] 「作家で聴く音楽」冬木透、日本音楽著作権協会(JASRAC)。https://www.jasrac.or.jp/sakka/vol_36/inner2.html ↩ 
[iii] 同上。時事通信、前掲。
[iv] 時事通信、前掲。「ウルトラ音楽の父」という呼称は、同記事および「1/17:ウルトラ音楽の父 作曲家・冬木透追悼特集1」MUSIC BIRD(コミュニティFM向け番組配信サービス)で用いられている。
[v]ウルトラセブン最終回で流れたリパッティの『シューマン:ピアノ協奏曲』がオリジナルマスターからの復刻による豪華特別仕様盤が発売!」TOWER RECORDS ONLINE、2018年8月3日。使用楽曲・演奏者(ディヌ・リパッティ、カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団)は「ウルトラセブン・クラシック」商品情報、キングレコード公式サイトでも確認できる。 https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICC-1105/ ↩ 
[vi]『ウルトラセブン』最終回…やはり、あそこはシューマンだった 生前、冬木透先生が語った名シーン誕生の裏側」スポーツ報知、2024年12月30日。冬木本人が、満田監督からラフマニノフの協奏曲を使いたいという提案を受けたこと、しかしグリーグも含めて場面の衝撃には見合わないと判断し、シューマンの協奏曲に決めたことを証言している。
[vii] TOWER RECORDS ONLINE、前掲。
[viii]冬木透 アニメ音楽の世界 牧場の少女カトリ」商品情報、Soundtrack Laboratory。
[ix]作家で聴く音楽」冬木透、日本音楽著作権協会(JASRAC)。
[x]ウルトラマンの音楽とオルガンのつながり!!蒔田尚昊(冬木透)先生への特別インタビュー」ヤマハミュージックメンバーズ。同インタビューの中で、蒔田自身が1970年大阪万博のキリスト教(バチカン市国)館オルガンコンクール作曲部門で最高位を受賞したことに言及している。
[xi] 時事通信、前掲。

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