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第3節 見えないエネルギーを可視化する――光線技術の技法史

第12章で見たように、スペシウム光線の型は、古谷敏の身体的な思いつきと、光学合成技師・中野稔の技術的指摘、特技監督・高野宏一の微調整という、複数の当事者の判断が積み重なって確立された。しかし「型」が形作られたのは、ポーズという身体表現の次元だけではない。光線そのものの視覚的デザインもまた、ゼロからの発明ではなかった。

飯塚定雄は、スペシウム光線の意匠について、東宝映画『怪獣大戦争』(Invasion of Astro-Monster)(1965年)のために自ら考案した、宇宙人の光線を遮蔽する光線の流用だったと明かしている。何本もの細い線をまとめて走らせていた元のデザインに幅を持たせることで、まっすぐで力強い「正義の光線」ができあがったという[i]。身体の型と同じように、光線という視覚エフェクトの型もまた、白紙から生み出されたのではなく、別の作品のために作られた技法の転用として生まれていたことになる。

この転用がそれほどまでに説得力を持ちえたのは、単に飯塚個人の技量の
問題ではなかった。当時、円谷特技プロダクションが使用していたオプチカル・プリンターは、非常に貴重な最新鋭の光学処理機器だったとされる。
この機材へのアクセスが、フィルムを何度も焼き付けて合成するという高度な処理を可能にしていた[ii]。スペシウム光線の視覚的な説得力は、したがって、飯塚個人の技巧だけでなく、当時の日本でほぼ独占的だった機材への
アクセスという、技術的な希少性そのものに支えられていたことになる。「美しい嘘」の説得力の格差が、作り手の才能の差である以前に、稀少な
機材を持つか持たないかという、身も蓋もない資源の格差だったという事実は、本章の主題に重要な陰影を加える。

ここで、なぜ光線技術を論じる本節が、光学合成とは無縁のライダーキックにまで射程を広げるのか、その理由を明確にしておきたい。光線と必殺技は、一見すると異なる表現形式に見える。しかし両者が解決しようとしていた問題は、根本において同じである。ヒーローの「強さ」や「必殺の威力」―スペシウム光線であれば「宇宙エネルギー」、ライダーキックであれば「バッタの跳躍力」―は、劇中設定上どこまでも抽象的な力であり、それ
自体としては目に見えない。観客に伝わるのは、その不可視の力が可視化された結果としての映像だけである。円谷特技プロダクションは、この問題を光学合成という技術で解決する道を選んだ。対する東映特撮は、同じ問題を、生身の身体が実際に負う危険という、まったく別の技術的手段で解決しようとした。したがって、光線からライダーキックへの射程の広がりは、
話題の飛躍ではなく、「不可視のエネルギーをいかに可視化するか」という一つの問いに対する、二つの異なる技術的回答を並べて検討するためのものである。

もっとも、光学合成による可視化と、身体を賭した可視化とでは、依拠する資源がまったく異なっていた。大野剣友会に所属した殺陣師たちの証言は、この違いを鮮明に伝えている。中屋敷哲也は、『仮面ライダーV3』第4話(1973年)で、命綱なしで高さ50メートルを超える煙突の上に立って芝居をしたと証言している[iii]。同じく剣友会に所属した河原崎洋央は、水中でのアクションについて、ウレタン製の着ぐるみが水を含んで重くなるため、一度の撮り直しが極めて過酷だったと振り返っている[iv]。


『仮面ライダーV3』第4話より

光線技術が、機材という技術的資源への依存によって「嘘」の説得力を担保していたのに対し、ライダーキックのような必殺技演出は、生身の身体を
極限まで危険にさらすことによって、その説得力を担保していた。「美しく嘘をつく技術」は、したがって一枚岩の技術史としてではなく、機材への
依存と身体への依存という、異なる資源に依拠した複数の系統として並行して発展してきたことになる。

この二つの系統は、しかし技術の進展とともに、次第に同じ方向―デジタル化へと合流していく。テレビシリーズにおける光学合成からデジタル合成への転換点の一つとして、しばしば言及されるのが『ウルトラマンティガ』(1996年)である。同作ではビデオ合成と初期のCGIが本格的に導入され、ジャパンヴィステックがCGI制作を担当し、放映が進むにつれて円谷プロ内部にもデジタル制作体制が整えられていったとされる[v]。

この転換の帰結について、准監督として『シン・ウルトラマン』(2022年)に参加した尾上克郎は、示唆的な証言を残している。尾上によれば、2012年の短編『巨神兵東京に現わる』を全編アナログのフィルム撮影で作ろうとした際、すでに日本国内では光学合成に不可欠なオプチカル・プリンターが
稼働しておらず、機材そのものが解体され「邪魔物扱い」されていたために、全編アナログでの完成は事実上不可能だったという[vi]。飯塚が60年にわたって手作業で積み上げてきた光学合成という技術的基盤は、その担い手が現役で活動している間に、機材ごと失われつつあった。この技術的継承の
断絶については、第5節で改めて詳しく論じる。

以上を踏まえると、光線技術とライダーキックという二つの「見えないエネルギーの可視化」は、技術の高度化が説得力の単線的な向上をもたらしたと単純に語ることのできない歴史を歩んできたことになる。稀少な機材による独占的な説得力、生身の身体を賭した危険による説得力、そしてその両者が次第にデジタル技術へと合流していく過程―このいずれの段階においても、「美しい嘘」の説得力は、技術そのものの新しさではなく、その時々に手に入る資源をどこまで使い切るかという、作り手たちの工夫にかかっていた。

続く第4節では、こうした技術的な工夫の対象が、光線や身体の動きから、怪獣・怪人という存在そのものの姿形へと移る。成田亨の造形哲学とその限界を中心に、「着られるデザイン」という特撮固有の美学を検討する。



[i] 飯塚定雄「ウルトラ光線、私の必殺技 円谷英二と戦った光学作画」NIKKEI STYLE、2017年2月17日。
[ii] 池田憲章「円谷プロ作品の合成シーンと光線技」(初出:角川書店『円谷 THE COMPLETE 円谷プロ/円谷映像 作品集成』コラム、2001年)、日本特撮メモランダム、2018年4月。飯塚定雄の証言として、当時TBS映画社にあったオプチカル・プリンターは週2日・計4時間しか使用できなかったとされる。
[iii] 「昭和特撮アクション 超・大野剣友会祭り」開催!昭和の『仮面ライダー』の戦いは「大野剣友会」の戦歴だ!!」電撃ホビーウェブ、2025年2月10日。
[iv] 同上。
[v] 宇宙船編集部編「メビウス世界の匠たち CHAPTER2 CGI」『ウルトラマンメビウス アーカイブ・ドキュメント』円谷プロダクション監修、朝日ソノラマ〈ファンタスティックコレクション No.∞〉、2007年6月30日、82-83頁。
[vi] 松田智穂子「『シン・ウルトラマン』准監督・尾上克郎が語った『CGにはない、特撮の圧倒的な魅力』」現代ビジネス、2022年7月30日。

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