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第2節 ラドンの地方、モスラの世界——怪獣が背負った場所の意味

前節で見た体制——円谷が技術を統御し、田中が演出を評価し、本多がその両者の間でなお自らの作品を作り続けた体制——は、1956年から1961年にかけて、二つの作品を続けて世に送り出した。『空の大怪獣ラドン』と
『モスラ』である。

この二作品を並べて見るとき、まず気づくのは、怪獣が「どこを壊すか」が、まったく異なっているという事実である。ラドンは、福岡・天神という、日本の一地方都市を壊した。モスラは、東京を経由して、最終的には
ロリシカ国という架空の超大国の都市までを壊した。同じ体制が作った二つの怪獣が、なぜこれほど異なる規模の場所を背負うことになったのか。

ラドンが壊した街——精巧さと、その地理的な余白

『空の大怪獣ラドン』の舞台は、阿蘇山周辺の炭鉱と、ラドンが最終的に
襲撃する福岡市・天神である[i]。特殊美術の井上泰幸は、福岡の西鉄福岡駅周辺——なかでも岩田屋デパートのミニチュア——の作り込みに、徹底したこだわりを見せた。岩田屋の建物内部の鉄骨、ショーウィンドウの人形、
貯水槽の水、当時公開中だった映画の看板に至るまで、1/25スケールで再現され、当時改装工事中だった足場まで、わざわざ再現された[ii]。

ここで、本書がこれまで——第6章までの議論で——確認してきた「中央
集権的な破壊想像力」という構図を、もう一度問い直す必要がある。
『ゴジラ』が東京という日本の中枢である場所を壊したのに対し[iii]、『空の大怪獣ラドン』は、首都ではない地方都市を主たる破壊の対象とした。これを、東京中心ではないもう一つの破壊の物語、地方の存在を可視化する想像力の転換として読むことは、一見、説得力を持つように見える。

しかし、この読みには、慎重な留保が必要である。第一に、地理的な事実として、映画が描く阿蘇山周辺の炭鉱は、実際には存在しない設定である。
本作の脚本執筆にあたり、九州の炭鉱地帯がロケハンの対象となったが、
実際の撮影は、長崎県北松浦郡の鹿町炭鉱で行われた[iv]。阿蘇に炭鉱はない[v]。つまり「ラドンが地方を壊す」という構図は、特定の実在する地方都市への眼差しというよりも、九州という地域全体から要素を取り集めた、複合的な舞台設定の産物である。

第二に、製作の経緯を見れば、福岡という土地が選ばれた理由は、必ずしも「中央への問い」という思想的な意図からではなかった可能性が高い。プロデューサーの田中友幸によれば、本作の企画の出発点は、当時話題になっていた超音速ジェット機への関心であり、「ゴジラを超音速で飛ばしたらどうなるか」という、技術的な思いつきだった[vi]。怪獣が東京ではなく九州を
襲うという設定は、この技術的発想——超音速で飛ぶ怪獣を、どこかに着地させ、そこから物語を立ち上げる必要があったという、ストーリー上の都合——から、逆算的に導き出された可能性がある。

だとすれば、「ラドンの地方破壊」を、東京中心主義への意識的な異議申し立てとして読むことは、いくらか行き過ぎた解釈になる。むしろここで確認できるのは、もっと小さな、しかし確かな事実である。すなわち、東宝の
特撮美術は、舞台がどこであっても——それが東京であっても、九州の
一地方都市であっても——同じ水準の作り込みを注いだということである。怪獣映画が都市を壊すとき、その精巧さを支えていたのは、土地への思想的な眼差しというより、技術そのものへの職人的な執着だった。

モスラが壊した世界——寓話の背後にある製作の混乱

『モスラ』は、この「どこを壊すか」という問いに、ラドンとはまったく
異なる答えを出した。

物語の中で、怪獣モスラを生み出すインファント島は、「ロリシカ国」という架空の超大国の水爆実験場として設定されている。ロリシカという国名は、ロシアとアメリカを組み合わせた造語とされる。日本文化研究者の本間光徳は原作小説と映画本編の分析から、ロリシカが米国批判の隠れ蓑として機能していると指摘する[i]。モスラが最終的に追跡する先の都市「ニュー
カークシティ」も、ニューヨークを連想させる地名である。さらに、物語の終盤、サンフランシスコ講和条約によって日本が独立を回復していたにも
かかわらず、外国人の犯罪捜査や出入国管理が依然としてロリシカ軍主導で行われているという描写があり[ii]、モスラの進撃路がわざわざ横田基地を
経由する点も[iii]、当時の日米関係への、かなり直接的な目配りとして読む
ことができる。

これは、「小美人を見世物にされた異文化への接触の寓話」という要約だけでは捉えきれない、もう一つの層である。インファント島の原住民は、ロリシカ国の水爆実験によって居住地を汚染された存在であり、小美人は、その島から、興行のために連れ去られ、見世物にされる。ここには、被爆国としての日本の立場と、植民地主義的な搾取への批判が、同時に織り込まれて
いるといえる。

しかし、この作品の「意味」を、一貫した設計として語ることには、もう
一つ大きな障害がある。それは、ニューカークシティという舞台そのものが、製作の途中で生じた、深刻な混乱の産物だったという事実である。

『モスラ』は、アメリカのコロンビア映画との提携により、全世界同時公開として企画された。初稿の脚本では、モスラは「ニュー・ワゴンシティ」(後にニューカークシティ)を襲撃する設定で、すでに契約が交わされていた[iv]。しかし撮影の途中、東宝側は予算と日数の都合を理由に、この結末を一方的に変更し、小美人を連れたネルソン一行が九州・高千穂峰まで逃げ、そこでモスラに追い詰められて終わるという、国内だけで完結する筋立てに差し替えた。本多監督自身もこの変更には疑問を持ったが、コロンビア映画からの返答を待てないという東宝の判断により、二週間にわたる鹿児島ロケが敢行され、撮影は一度完了した[v]。

ところがコロンビア映画は、これを契約違反として正式に抗議した。東宝は、急遽、当初の契約どおりニューカークシティを襲撃する結末に撮り直すことを決定する。この差し戻しによって、特撮スタッフは、当初の予定にはなかった都市破壊シーンを、限られた時間の中で新たに設計し、撮影しなければならなくなった。特撮スタッフは、東宝が保有していたアメリカ・カリフォルニアのライブラリーフィルムを使い、短期間でニューカークシティの都市ミニチュア群を新たに制作した[vi]。モスラがニューカークシティのショーウィンドウを破り、車両がその中に突っ込んでいく一連の破壊シーン[vii]は、こうして、契約上の制約が生んだ撮り直しの中で組み立てられたものである。

この経緯が示しているのは、ニューカークシティの破壊が、当初から計算
された政治的諷刺の完成形として、一直線に設計されたものではなかったという事実である。ロリシカ=米ソという国名の設計、横田基地を経由する
進撃路の選択は、おそらく脚本家・関沢新一の意識的な仕事だろう。
しかし、映画のストーリーが最終的にどの都市で、どのように完結するかという、作品の結末を決定づける最大の選択は、製作会社間の契約問題という、作品の主題とは無関係な力によって、二度にわたって書き換えられているのだ。

意味と偶然——次節への問い

ラドンとモスラ、この二つの作品を並べて見たとき、浮かび上がってくるのは、一つの共通した、しかし見過ごされがちな構造である。それは、怪獣が何を壊すかという選択の背後には、しばしば、思想的な設計だけでなく、
製作上の都合や、契約上の力関係といった、作品の「意味」とは別の論理が働いていたという事実である。

ラドンが福岡を壊したのは、東京中心主義への意識的な異議だったからではなく、超音速ジェット機という技術的発想から逆算された舞台設定だった
可能性が高い。モスラがニューカークシティを壊したのは、その結末こそが当初からの契約条件であり、東宝の独断による変更がコロンビア映画の抗議を招いた結果、いわば押し戻されて実現したものだった。

だとすれば、この二作品よりもさらに鮮明な形で、意味と偶然のあいだの
この緊張を体現する作品が、すぐ後に待っている。『三大怪獣 地球最大の
決戦』である。この作品で観客が見ることになる「宇宙からやってきた
恐怖」というキングギドラの主題は、冷戦と宇宙開発競争という時代の空気を反映した、説得力ある象徴として、これまでしばしば語られてきた。
しかし、この作品が、そもそもなぜこの年に、この形で作られなければならなかったのかを確認すると、そこにもまた、作品の主題とは無関係な、もう一つの偶然が控えている。次節では、この問題に正面から取り組む。



[i]福岡市については、映画本編1時間1分~8分目。真鍋公希「『空の大怪獣ラドン』における特撮の機能——怪獣映画の「アトラクション」をめぐって」『映像学』第99号、26頁。日本映像学会、2018年1月。https://www.jstage.jst.go.jp/article/eizogaku/99/0/99_25/_article/-char/ja/
[ii] ウィキペディア「空の大怪獣ラドン」製作。
[iii] 本書第5章を参照。
[iv] ウィキペディア「空の大怪獣ラドン」製作。
[v] 支援実績「空の大怪獣ラドン」、くまもとフィルムコミッション
[vi] 『東宝怪獣グラフィティー』近代映画社、1991年、45頁。
[i] 本間光徳「モスラと皇室——神話の重層化による文化ナショナリズムの生成」『日本研究センター教育研究年報』第11号(2022年9月)
[ii] 映画本編1時間6分目と1時間17~18分目。
[iii] 映画本編1時間7~9分目。
[iv] ウィキペディア「モスラ」作品解説。
[v] 同上。
[vi] 同上。
[vii] 映画本編1時間29~32分目。
インファント島が水爆実験による放射能で汚染されたことは映画本編8分目でロリシカ国駐日大使が語っている。

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