第7節 草の根の熱狂――自主制作特撮という周辺からの潮流
ここまで見てきた三つの物語は、いずれも商業的な特撮産業――東宝、大映(徳間書店)、円谷プロという、それぞれの制作会社――の内部で起きた
出来事である。だが1990年代の特撮の熱狂は、こうした商業的な現場の外側でも、静かに、しかし確実に育まれていた。子供や学生が、8ミリカメラやビデオカメラを手に、自分たちだけの怪獣映画を作るという、アマチュアによる自主制作の文化である。
この潮流を体現する一人として、後に「ニュージェネレーションウルトラマン」シリーズの中心的な監督となる田口清隆の歩みを見ておきたい。1980年、北海道室蘭市に生まれた田口は、幼少期から父親によく映画館へ連れられ、映画そのものへの親しみを育んだ世代だった。中学生になってから友人のビデオカメラを借りて自主制作を始め、中学2年生の後半には初めて起承転結を意識した作品を完成させている[i]。高校時代を通じて自主制作を続けていた田口だったが、高校2年生のとき、金子修介監督・樋口真嗣特技監督による『ガメラ2 レギオン襲来』――本章で見てきた平成ガメラ三部作の
一作――に強い衝撃を受け、「映画の仕事をする」という漠然とした夢は、このとき「絶対にやる」という確固たる決意へと変わったという[ii]。
田口の経歴が示すのは、この草の根の熱狂が、単なる子供の遊びにとどまらず、やがて商業的な制作現場へと接続されていく回路である。高校卒業後に上京した田口は、日活芸術学院を経て様々な映画の現場に携わる中、友人が譲ってくれた現場実習の機会を通じて、平成ガメラシリーズのスタッフだった特撮班と出会う。そこで「現場に参加したい」と言い続けた結果、樋口
真嗣が率いる特撮班――『さくや妖怪伝』の現場――に声をかけられ、
助監督として参加することになった[iii]。2007年に完成させた自主制作映画『G』が樋口真嗣の目に留まり、2009年、NHKの企画『長髪大怪獣ゲハラ』で商業監督としてデビューを果たす[iv]。
田口はその後、2014年から自ら「全国自主怪獣映画選手権」という自主怪獣映画のコンテストを主催するようになる。若手の特撮クリエイターを育てることを目的としたこの企画は、2026年現在までに全国で17回開催されており、過去の参加監督の中には、現在「ウルトラマン」シリーズや「スーパー戦隊」シリーズの制作現場で活躍している者もいる[v]。ここにあるのは、
樋口真嗣が田口清隆を見出したのと同じ回路――アマチュアの自主制作を
商業の現場が拾い上げ、拾い上げられた者がまた次の世代のアマチュアを
拾い上げるという、循環する師弟関係である。
このような草の根の潮流を、本章の主題である「危機と革新」の物語の本流に組み込むべきか、それとも周辺的な現象として注記にとどめるべきかに
ついては、判断が分かれるところだろう。ゴジラ・ガメラ・ウルトラマンという三つの商業シリーズが辿った軌跡と、一人の少年が抱いた個人的な熱狂とを、同じ重みで並べて論じることには慎重であるべきかもしれない。
だが、平成ゴジラ・平成ガメラ・平成ウルトラマンという1990年代の三つの潮流すべてに親しみながら育った世代が、その十数年後、まさにその同じ
特撮産業の内部で新しい担い手となっていったという事実は、本章が描いてきた「危機と革新」の物語が、単に一つの時代で完結するものではなく、次の世代へと引き継がれる回路を内包していたことを示す傍証として、無視できないだろう。
こうして1990年代は、商業的な現場での模索と、草の根での熱狂という、
二つの層を同時に走らせながら過ぎていった。次節では、本章全体を振り
返り、この10年間が特撮の歴史全体の中でどのような意味を持っていたのかを総括する。
[i] 「田口清隆」creare(東京コミュニケーションアート専門学校)インタビュー。父親に映画館へよく連れられるなど幼少期から映画に親しんでいたこと、中学生になってから友人のビデオカメラを借りて自主制作を始め、中学2年生の後半に初めて起承転結を意識した作品(『NIGHT HEAD』のパロディ)を完成させたことが、田口本人の言葉で語られている。 生年月日・出身地については「田口清隆のプロフィール・作品情報」映画ナタリーも参照。
[ii] 「田口清隆」creare、前掲。高校時代を通じて自主制作を続けていたこと、高校2年生のときに公開された金子修介監督・樋口真嗣特技監督の『ガメラ2 レギオン襲来』に強い衝撃を受け、それまで漠然としていた「映画の仕事をしたい」という思いが「絶対にやる」という決意に変わったことが、田口本人の言葉で語られている。
[iii] 「田口清隆」creare、前掲。友人が譲ってくれた現場実習の機会を通じて平成『ガメラ』シリーズの特撮スタッフと出会い、その後樋口真嗣が率いる特撮班(『さくや妖怪伝』)に声をかけられ、助監督として参加した経緯が、田口本人の言葉で語られている。
[iv] 「田口清隆のプロフィール・作品情報」映画ナタリー、前掲。自主映画『大怪獣映画G』が認められ、2009年にNHKの番組内企画『長髪大怪獣ゲハラ』で商業監督デビューを果たしたことが記されている。
[v] 全国自主怪獣映画選手権公式ホームページ。田口清隆が2014年から若手の特撮クリエイターを育てるべく主催し、全国で17回開催されてきたこと、過去の参加監督が現在「ウルトラマン」や「スーパー戦隊」シリーズなどの制作現場で活躍していることが記されている。
