第1節 勧善懲悪の枠を超えた人間関係の描写
本章では、二つの異なる転換を扱う。一つは、勧善懲悪という単純な図式を離れ、複雑な人間関係やメンバー間の葛藤を物語の中心に据えていく「人間ドラマ化」であり(節1)、もう一つは、シリーズ自身の半世紀にわたる
歴史そのものを、新作の物語を組み立てるための素材として反復的に再利用していく「ポストモダン化」である(節2〜4)。この「ポストモダン化」は、モチーフや造形の多様化を通じてシリーズが「引用可能な素材のストック」を蓄積していく過程(節3)と、そのストックを自己言及的に召喚・
消費する具体的な実践(節2・4)という、二層の構造から成る。
後者について、あらかじめその内実を断っておく必要がある。本章で「ポストモダン」という語を使う際、それは批評家フレドリック・ジェイムソンが提示した意味に限定される。ジェイムソンは1984年の論考、および1991年の著作『ポストモダニズム、あるいは後期資本主義の文化的論理』において、ポストモダン文化を特徴づけるものとして、過去の様式を引用・模倣しながらも、そこにもはや批評的な距離や皮肉を込めない「パスティーシュ」と、過去そのものを様式として消費する「ノスタルジー・モード」という
二つの概念を提示した[i]。以下で見る、シリーズの歴代戦隊を素材として
動員するクロスオーバー企画、毎年恒例化した「バトンタッチ」の儀式、
そしてレジェンド回という懐かしさの商品化は、いずれもこのジェイムソン的な意味での自己引用・自己パスティーシュ化として位置づけられる。
したがって「人間ドラマ化」と「ポストモダン化」は、同一の現象の二つの側面ではなく、時期を違えて連続的に生じた、性質の異なる二つの転換である。前者は1991年のジェットマンに始まり(節1)、後者は2000年代以降、特に25作記念にあたる2000〜2001年前後から本格化していく(節2以降)。
第1節 勧善懲悪の枠を超えた人間関係の描写
第10章で確立した「集団の論理」というフォーマットは、しかし永遠に安泰だったわけではない。1991年に放送を開始した第15作『鳥人戦隊ジェットマン』は、当時すでに「マンネリ」という声が出ていた戦隊シリーズに新風を吹き込むべく、メイン監督の雨宮慶太、メイン脚本の井上敏樹のもとで企画された作品である[ii]。メンバー同士の複雑な恋愛模様、必ずしも毎回全員が変身しないという演出、初回から全員が揃わない導入部――それまでの戦隊ものの「常識」を意図的に外していくその作り方は、単なる思いつきではなく、シリーズが行き詰まりを見せていた時期への処方箋として選び取られたものだった。放送当時は子供番組としてのあり方に批判的な声も出た一方、「戦うトレンディドラマ」と呼ばれ、高年齢層の視聴者から高い評価を受けている[iii]。
ジェットマンが変えたのは、個々のエピソードの内容だけではない。それまでの戦隊シリーズでは、メインライターが交代しても番組の骨格そのものは大きく揺るがないという前提があったのに対し、井上敏樹という一人の書き手の作家性――人間関係の機微を丹念に描くという手つき――が、番組全体の印象を決定づける形で前面に出たのは、これがほぼ初めてのことだった。
この『メインライターが自分の刻印をシリーズに残してよい』という前例は、以後の書き手たちによって、人間関係の描写そのものをさらに掘り下げる方向へと引き継がれていく。ここでは、その具体的な展開を追う。
ジェットマンが切り拓いた「人間ドラマ化」は、一作限りの実験に終わらなかった。1998年、第22作『星獣戦隊ギンガマン』でメインライターに初めて起用された小林靖子は、主人公リョウマの兄ヒュウガの死という悲劇を物語の根幹に据え、神話的な世界観と丹念な人間描写を組み合わせた[iv]。続く2000年の第24作『未来戦隊タイムレンジャー』では、タイムパトロールという抽象的なSF設定を、キャラクター同士の人間関係という具体的なドラマに絶えず読み替えていく手法が用いられ、後年、特撮評論の分野で「抽象概念を人間ドラマで『子供番組化』する、戦隊史に残るエポックメイキング」と評されるに至っている[v]。子供向け番組としては異例なほど重厚な人間ドラマを扱ったこの作品は、しばしば「大人向け戦隊」と呼ばれることになる[vi]。
この系譜の一つの到達点として、31年の時を経た2022年、当の井上敏樹自身が『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』のメイン脚本として戦隊シリーズに復帰したことも付け加えておくべきだろう。「名乗り」を本編ではなく劇場版まで封印するという型破りな構成や、スラップスティックな演出を随所に挟み込む作劇は、当時のインタビューで井上自身が「ライダーはドラマにつながるから話をつくるのは結構らくなんだよ……『ドンブラ』に関しては書くのが大変だった。ああいうスラップスティック系はアイディアがいっぱい必要」と振り返っているように、ジェットマン以来の、型を壊すことそのものを
目的化した作劇の、四半世紀以上を経た再演だった[vii]。
ジェットマンからドンブラザーズに至るこの系譜は、脚本家個人の作家性に根差した現象だった。次節では、これとは起源を異にするもう一つの転換――脚本家の作家的動機からではなく、東映という制作会社自身が周年の
節目ごとに主導してきた、商業戦略としての自己言及的な作劇――を見ていく。
[i] Fredric Jameson, "Postmodernism, or the Cultural Logic of Late Capitalism," New Left Review, no. 146 (July–August 1984); 増補版として同題の単著(Duke University Press, 1991年)。「パスティーシュ」(批評的距離を欠いた過去様式の引用・模倣)と「ノスタルジー・モード」(過去そのものを様式として消費すること)という二概念を提示。
[ii] 「鳥人戦隊ジェットマン超全集」てれびくん(小学館)。「当時、マンネリの声が出ていた戦隊シリーズに新風を吹き込むべく、メイン監督の雨宮慶太、メイン脚本の井上敏樹のもと、多くの新機軸を盛り込んで制作された」と紹介。メンバー同士の複雑な恋愛模様、必ずしも毎回全員が変身しない演出、第1話でレッドしか登場しない導入部などを新機軸として挙げている。
[iii] 「【仮面ライダーアギト】【鳥人戦隊ジェットマン】など、『井上敏樹』脚本の特撮シリーズで、あなたが一番好きな作品はなに?」ねとらぼリサーチ、2021年2月9日。井上敏樹の人間ドラマを重視した作劇により「戦うトレンディドラマ」と呼ばれ、子供番組としてのあり方に批判的な声がある一方、高年齢層の視聴者から高く評価されたことを確認。
[iv] 「小林靖子③ドラマの作り方が体得できた『仮面ライダー龍騎』」Febri、2021年8月20日。小林靖子自身が『星獣戦隊ギンガマン』を「初めてメインライターを務めた」作品として挙げていることを確認。「【作品解説付き】あなたが好きな『小林靖子』脚本の特撮作品はなに?」ねとらぼリサーチ、2020年12月14日。「星を守る『星獣』や大自然と共に生きる戦士という、ファンタジー色の強い戦隊ヒーロー作品」と紹介。
[v] 結騎了「感想『未来戦隊タイムレンジャー』抽象概念を人間ドラマで『子供番組化』する、戦隊史に残るエポックメイキング」ジゴワットレポート、2022年2月7日。
[vi] 篠宮暁「『未来戦隊タイムレンジャー』恋愛に人間ドラマ…大人向け戦隊ヒーロー【篠宮暁の特撮辞典・第14回】」CINEMAS+、2017年8月17日。
[vii] 市川知郷「井上敏樹×海津亮介×若松俊秀 トークショーレポート」私の中の見えない炎、2024年12月26日。『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』『光戦隊マスクマン』『鳥人戦隊ジェットマン』出演者・脚本家本人へのインタビュー記録として、井上敏樹本人の発言を直接引用。
