第2節 俳優か技術者か――クレジットと処遇の現在史
スーツアクターという呼称そのものが一般に定着したのは、比較的新しい
ことである。それ以前は「ぬいぐるみ俳優」「着ぐるみ俳優」と呼ばれ、1992年発売の『ゴジラ怪獣超クイズ』で「スーツメイション・アクター」という語が使われた例が確認できる[i]。呼称の変遷そのものが、この職能が
どのように認知されてきたかを映す指標になっている。
顔が露出しないという条件は、この仕事を「敬遠される役回り」にしがち
だった[ii]。俳優にとって表情は最大の表現手段とされるが[iii]、スーツアクターはそれを封じられてしまうからである[iv]。この構造は、単なる待遇上の
問題を超えて、クレジット表記の不安定さという形で現在まで尾を引いて
いる。日本語版ウィキペディアには、複数のスーツアクターが関わった特撮作品全般を対象に、出典のない役名記載を体系的に洗い出し、1ヶ月間出典が示されなければ除去するという編集方針プロジェクトが存在し、現在も
継続的に運用されている[v]。「誰が、どの回で、どの怪人を演じたか」と
いう記録そのものが、公的な記録として安定的に確立されていない領域が今なお広範に残っていることを示す、地味だが雄弁な証拠である。
この「地位確立」の過程を、単線的な進歩の物語として語ることには慎重でなければならない。かつて、スーツアクター志望者の脱落率はきわめて
高かった。ジャパンアクションエンタープライズの養成部を経た新人俳優のうち、3年後に残っていたのは同期21人中わずか6名だったという証言がある[vi]。ギャランティについても、事務所が報酬の内訳や単価を本人に十分に
開示しないという問題は芸能界全体に共通する構造的課題であり、スーツ
アクターも例外ではないとされる[vii]。
収入は人気や実力によって大きく振れ幅があり、駆け出しの新人や出演機会の少ない俳優には安定した収入が望めないという構造は、現在に至るまで
根本的には変わっていない[viii]。加えて、危険な現場環境に起因する怪我のリスク、そして高齢化に伴う第一線からの引退という問題も、業界全体で
継続的な課題として指摘され続けている[ix]。呼称が「俳優」へと近づいて
きた歴史と、処遇の不安定さがほとんど変わっていない現実は、同じ職業史の中に同時に存在している。
呼称そのものへの異論も存在する[x]。少なくとも当事者の一部に、「スーツアクター」という呼称自体が「顔出し俳優より一段下」という含みを帯び
うることへの反発があったことは事実である[xi]。
もっとも、地位向上の動きが皆無だったわけではない。古谷敏は『ウルトラマン』への出演を引き受ける条件として、スーツアクターへの待遇改善を
自ら円谷プロに直訴したと証言しており、脚本家・金城哲夫がこれを承諾
したことで、撮影現場の環境整備が実現したという[xii]。処遇の改善は制作側から一方的に与えられたのではなく、当事者自身の交渉によって獲得された部分もあったことになる。呼称の変遷、クレジット表記の変化、そして
依然として残る厳しい労働条件という三つの事実は、いずれも矛盾するものではなく、「地位は少しずつ、しかし不完全にしか確立されてこなかった」という同じ現実の異なる側面として理解すべきだろう。
[i] ウィキペディア「スーツアクター」。この記事は、破李拳竜「ゴジラ・怪獣学 パワーアップクイズ」『ゴジラ怪獣超クイズ』久保書店〈ジアス・ブックス6〉、1992年、118頁を典拠としている。
[ii] 古谷敏へのインタビュー「初代ウルトラマンの正体は鞍馬天狗? スーツアクター・古谷敏が演じた“弱さ”と“哀愁”」オリコンニュース、2019年1月16日。古谷は東宝入社当初(1960年)を「スーツアクターなんて言葉はなくて、『ぬいぐるみ役者』という言葉でくくられていた時代」と振り返り、当初は出演依頼を「着ぐるみに入るために東宝を目指したわけじゃない」と一度断ったと証言している。古谷敏・やくみつる・佐々木徹『60年目のスペシウム光線』からの引用として、「地上波放送60周年!令和にスーツアクター・古谷敏から明かされる『ウルトラマン』シリーズ制作現場の裏側」TOWER RECORDS ONLINE、2025年11月25日は、古谷の「僕はなぜ、こんな惨めな扱いを受けなければいけないのか。ぬいぐるみを着ていても、顔を出している他の出演者と同じ役者じゃないか」という当時の心情を紹介している。「ウルトラマン55周年記念コイン連動企画 スーツアクター 古谷敏さん 特別インタビュー」泰星コイン公式サイト、2021年7月21日。古谷は「いまでこそ‘スーツアクター’という素晴らしい名前ですが、当時は‘ぬいぐるみ役者’と呼ばれるような立場だったんです」と証言している。https://www.taiseicoins.com/magazine/1908/
また、高岩成二は、「スーツアクターとしての仕事を敬遠する風潮があったのも事実です」、同期の多くは「アクション俳優として"顔出しで"活躍したい」という思いを持ち、スーツ着用の仕事は「経験を積むための仕事」と捉えていたと証言している。「"平成ライダー"支えたスーツアクターの矜持 アクション俳優の概念を打ち崩した『電王』の功績」オリコンニュース、2021年12月14日。
[iii] 及川善弘「映画演出の研究―映像でストーリーを演出するには」(研究ノート)、城西国際大学紀要26 (5)、2018年、27頁。
[iv] 少年B「スーツアクターってどんな仕事?「ミスター平成ライダー」に聞く、お面の裏側」Workship MAGAZINE、2022年1月26日。https://goworkship.com/magazine/niche-onlyone-13/
「【スーツアクター】あの仕事の「ヒト」と「カネ」」『日本の人事部』、2008年5月12日。
[v] ウィキペディア「プロジェクト:特撮/スーツアクターの役名記載について」。
[vi] ウィキペディア「スーツアクター」。この記事で言及している番組については、NHK教育テレビ『あしたをつかめ 平成若者仕事図鑑』「身体(からだ)で勝負だ!~アクション俳優~」2009年4月17日放送。https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A200904171935001303100
[vii] 公正取引委員会「音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査報告書(クリエイター支援のための取引適正化に向けた実態調査)」令和6年12月26日。芸能事務所2,628名へのアンケート調査(回答810件)及び実演家を含む95名へのヒアリング調査に基づき、契約内容を実演家に明示的に説明していない事務所が一定数存在するなど、報酬の内訳・単価が実演家に十分開示されない取引慣行の実態を明らかにしている。本書ではこれを芸能界全体に共通する構造的課題と位置づけ、スーツアクターに固有の証言としてではなく、本書独自の分析として援用する。
福田和郎「芸能プロ倒産が最多 ギャラの契約は『口頭』が2割の実態」J-CASTニュース、2025年2月3日。上記実態調査を報じ、契約をすべて口頭で行っている芸能事務所が全体の2割を超えると紹介している。
[viii] 「【スーツアクター】あの仕事の「ヒト」と「カネ」」、前掲。
[ix] 「【スーツアクター】あの仕事の「ヒト」と「カネ」」、前掲。「スーツアクターとは — 特撮を支える身体表現と技術のすべて」Ever Play、2025年12月12日。
[x] 「【スーツアクター】あの仕事の「ヒト」と「カネ」」、前掲。
[xi] 鈴木美潮『昭和特撮文化概論 ヒーローたちの戦いは報われたか』集英社クリエイティブ、2015年、198-199頁。
[xii] 「地上波放送60周年!令和にスーツアクター・古谷敏から明かされる『ウルトラマン』シリーズ制作現場の裏側」、前掲。
