第4節 東映版スパイダーマンという迂回路
ジャッカーの苦い経験が示したのは、「五人という編成」だけでは戦隊フォーマットは完成しないという事実だった。この教訓を次の跳躍へとつなげる回路は、しかし、日本の特撮の内部からではなく、太平洋の向こう側から
もたらされることになる。1978年に放送が始まった『スパイダーマン』---
後に「東映版スパイダーマン」と呼ばれることになる作品である。
この番組は、東映とマーベル・コミックが結んだ「3年間、互いのキャラクターを自由に使用してよい」という提携契約のもとに製作された。設定や
物語は東映が独自に創作しており、原作とはかけ離れた内容になっているが、視聴率・商業面で成功を収めている[i]。
東映版スパイダーマンを特徴づける最大の要素---巨大ロボット「レオパルドン」---は、しかし、当初から東映社内で一致して歓迎されたアイデアでは
なかった。玩具デザインを担当した村上克司は、「全身タイツの蜘蛛男」というスパイダーマン本来のフォルムが、日本の子供には受けないのではないかという懸念を抱いていた[ii]。この懸念に答えを出したのが、「宇宙から
飛来した巨大ロボに搭乗させる」という村上自身の発想だった[iii]。この提案を後押ししたのは、東映ゼネラルプロデューサーの渡邊亮徳である。渡邊は本作のプロデューサー吉川進に「おい、マーベルのスパイダーマンをテレビでやるぞ。…俺達が作る『スパイダーマン』にはロボットが出てくるんだ」と告げたとされる[iv]。吉川自身は当初、「どうしてスパイダーマンにロボットが出るんだ」と困惑していたと伝えられており[v]、巨大ロボットの導入は、原作への忠実さよりも日本市場向けのローカライズを優先する、東映側の一貫した戦略から生まれたものだった。ロボットの名は、村上がドイツの戦車「レオパルト」にちなんで命名している[vi]。
原作者スタン・リーの反応は、一貫して好意的だったと伝えられている。
東映は完成したフィルムをスタン・リーに見せ、リーは「東映(JAC)の
アクションは、まさに原作のアクションのスピード感と同じだ。ロボットも面白い。アメリカの『スパイダーマン』より、ずっと出来がいい」と評したとされる[vii]。リーは後年のインタビューでも、世界各国でスパイダーマンが製作されているが、その中でも日本版だけは別格だと述べ、好意的に評価している[viii]。
もっとも、マーベル・コミック社内の当初の反応は、決して好意的なものではなかった。ロボットの登場という改変案に対し、社内のスタッフのほとんどが「原作のイメージが変わる」と反対したと伝えられている。この空気を変えたのが、来日して完成映像を見たリー本人だった。リーが東映版を高く評価し、その映像を自らマーベル社内のスタッフに見せて回ったことで、
当初は否定的だった社内の空気も、次第に好意的なものへと転じていったとされる[ix]。
ここで一つ、注意しておくべき点がある。インターネット上では、「本国
マーベル幹部がパイロット版を酷評し、スタン・リー一人が擁護した」という、より劇的な逸話が広く流布している。しかし、この逸話の出典をたどると、後年のマーベル・コミック作品『マーベル616』---史実ではなく、
マーベル社自身が制作したメタフィクション的なドキュメンタリー風コンテンツ---に行き着く。東映版スパイダーマンのデザインを実際に担当した村上克司自身は、2025年のインタビューで、この「マーベルが激怒した」という逸話を明確に否定している[x]。本稿はこの点を踏まえ、「初期酷評」説を
史実として採用せず、渡邊・村上・吉川という東映側の内部における逡巡と、スタン・リーの一貫した好意的評価という、より地味だが裏付けの
取れる経緯を採用する。
レオパルドンという要素は、単なる話題作りにとどまらなかった。東映版
スパイダーマンは、東京12チャンネル(現・テレビ東京)で平均13%前後という、同局の番組としては上位に入る視聴率を記録し[xi]、レオパルドンの
玩具も、当時の子供向け特撮玩具としては空前と言われるヒット商品となった[xii]。「等身大のヒーローが、自ら巨大ロボットに搭乗して操縦する」というこの様式は、それ以前の東映特撮---主人公の少年がロボットの外部
から、専用の指令機を通じて命令を与えるにとどまっていた『ジャイアントロボ』[xiii]や『大鉄人17』[xiv]---とは一線を画す、画期的な設計だった。
そして、この様式が、翌年のスーパー戦隊シリーズに直接引き継がれることになる。ゴレンジャーにもジャッカーにも存在しなかった巨大ロボットと
いう要素は、東映版スパイダーマンを経由することで、初めて戦隊フォーマットの一部として定着する土台が整ったのである。
[i] 二重作昌満「【なぜ東映版スパイダーマンは無敵なのか?】特撮史上最強秒殺ロボが相棒の日本製スパイダーマンって誰?」Yahoo!ニュース、2023年9月2日。
[ii] 髙坂雄貴「『マーベルが激怒』は大嘘! 東映版『スパイダーマン』の生き証人・村上克司が語る巨大ロボット・レオパルドン誕生秘話」サイゾーオンライン、2025年6月27日。
[iii] 二重作、前掲。
[iv] 二重作、前掲。
[v] 二重作、前掲。
[vi] 髙坂、前掲。
[vii] 二重作、前掲。
[viii] 「スパイダーマン 東映TVシリーズ DVD-BOX 特集」東映ビデオオフィシャルサイト。
[ix] 二重作、前掲。髙坂、前掲。
[x] 髙坂、前掲。
[xi] 二重作、前掲。
[xii] 二重作、前掲。
[xiii] 講談社編『キャラクター大全 特撮全史―1950~60年代― ヒーロー大全』講談社、2017年、106頁。
[xiv] 講談社編『キャラクター大全 特撮全史 1970年代ヒーロー大全』講談社、2016年、89頁。
