第3節 アギト・龍騎・ファイズ、それぞれの哲学的問い
クウガが切り開いたリアリティ路線は、続く3作品にそれぞれ異なる形で
受け継がれていく。2001年の『仮面ライダーアギト』、2002年の『仮面
ライダー龍騎』、2003年の『仮面ライダー555(ファイズ)』――平成仮面ライダーシリーズ第2作から第4作にあたるこの3作は、単純な勧善懲悪を
許さないという基調を共有しながらも、それぞれ独自の問いを掲げていた。
『仮面ライダーアギト』(2001年1月28日〜2002年1月27日、全51話)は、脚本を井上敏樹(第28話のみ小林靖子)、監督を田﨑竜太ほかが務めた[1]。アギト・ギルス・G3という3人のライダーの群像劇を通じて「力とは何か」を問うこの作品について、25年後のインタビューでプロデューサーの白倉
伸一郎は「1万人に1人〜2人分かってくれればいい」という感覚で作って
いたと明かしている。井上自身は「俺は10人に1人くらいだと思っていた
けど」と、プロデューサーとの温度差さえ冗談交じりに認めており、当時「クウガに比べると、かなり複雑な話にしたから『視聴者がついてこられるのか?』という懸念は少しあった」とも振り返っている[2]。大衆的な入り口を保ちながら、芯の部分は一部の視聴者にしか届かなくてもよいという、
この開き直りにも似た姿勢が、平成ライダーの哲学的な問いかけを支えて
いた。
『仮面ライダー龍騎』(2002年2月3日〜2003年1月19日、全50話+スペシャル1話)は、脚本を小林靖子・井上敏樹、プロデューサーを白倉伸一郎ほかが務めた[3]。白倉は後年のインタビューで、この作品が2001年の米国同時
多発テロ(9.11)の直後に企画されたことに触れ、テレビ朝日から「9.11後の世界情勢を踏まえた新しいヒーロー像」を求められたことを明かしている。そこで白倉たちは、従来の「正義のヒーロー対悪の組織」という二元論的な構図から脱却し、13人のライダーがそれぞれ独自の正義感や事情を抱えて戦うという設定を採用したという[4]。別の対談では、そうした問いかけを扱わなければ番組が話題にもならない時代状況だった、とも振り返っており[5]、龍騎の「正義は一つか」という問いが、必ずしも純粋な作家的動機だけでなく、時代の空気そのものへの応答でもあったことがうかがえる。東映
自身、この作品を紹介する文章の中で「仮面ライダー=善とは限らない、
これまでの勧善懲悪的な仮面ライダーシリーズに対する先入観を大きく揺さぶり大反響を呼び起こしたシリーズのエポックメイキングともいえる本作」と位置づけている[6]。
この「正義は一つか」という問いは、結末そのものにも及んだ。テレビ本編第49話では、主人公・城戸真司が最終回を目前にして命を落とし、秋山蓮=仮面ライダーナイトが最後の生存者として物語を締めくくる。ところが、シリーズ放送中に公開された劇場版『EPISODE FINAL』は、井上敏樹による全く異なる脚本のもと、テレビ版とは対照的な結末をたどる。真司と蓮はともに最後まで生き残り、どちらの願いが叶うのかを明示しないまま、二人が並び立つ場面で物語は幕を閉じる[7]。どちらが「本当の」結末なのかを一つに定めない、あるいは定められなかったこと自体が、この作品の性格をよく表していると言えるだろう。
翌2003年の『仮面ライダー555(ファイズ)』では、問いの向きが変わる。この作品の方向性は、龍騎で13人ものライダーが並び立った結果、怪人側のドラマが手薄になったのとは対照的に、物語性そのものを重視する方向へ舵を切ったという見方ができる。脚本の井上敏樹は、東映特撮の30分番組・4クール構成の作品としては異例のことに、全50話を単独で執筆した[8]。これは東映特撮史上でも数少ない記録であり、井上の父・伊上勝が『仮面の忍者赤影』全52話を単独で書き切ったことに並ぶものである[9]。人類の進化系である怪人オルフェノクと戦う主人公・乾巧自身が、実はオルフェノクの適合者であるという設定を軸に、この作品は「人間であることの条件」を問い続けた。20年後のインタビューでヒロイン役の芳賀優里亜は、井上が当時「555は差別がテーマだ」と語っていたと明かし、「怪人でも人間の心を持っているんだよ」というメッセージを次の世代にも伝えたいと語っている[10]。
力とは何か、正義は一つか、人間であることの条件とは何か――3作品は
それぞれ別の問いを立てながらも、いずれも「ヒーローであることを単純に肯定させない」という一点で共鳴していた。次節では、この3作の中でも
とりわけ物議を醸した龍騎のライダーバトルという構造そのものに立ち返り、それが仮面ライダー史においてどこまで本当に新しかったのかを、より詳しく見ていく。
[1] 「仮面ライダーアギト【公式】作品ガイド|平成第13作(2001年)|東映」仮面ライダーWEB【公式】、東映。放送開始2001年1月28日〜2002年1月27日(全51話)、脚本井上敏樹・小林靖子(第28話のみ)、監督田﨑竜太ほかと表記。
[2] 「『アギト―超能力戦争―』井上敏樹×白倉伸一郎インタビュー」アニメイトタイムズ、2026年4月20日。白倉伸一郎の「1万人に1人〜2人分かってくれればいい」という発言、井上敏樹の「10人に1人くらいだと思っていた」という発言、および井上の当時の懸念についての証言を採録。
[3] 「仮面ライダー龍騎」仮面ライダーWEB【公式】、東映。放送期間2002年2月3日〜2003年1月19日(全50話)、脚本小林靖子・井上敏樹、プロデューサー圓井一夫(テレビ朝日)・中曽根千治・白倉伸一郎(東映)・武部直美と表記。
[4] すなくじら「"時代の鏡"としての特撮ヒーローと悪役 白倉伸一郎が語るキャラクタービジネスの変化」リアルサウンド映画部、2024年6月26日。
[5] 國分功一郎・白倉伸一郎「存在論的なヒーローのために 平成仮面ライダーの正義と倫理」ユリイカ9月臨時増刊号第44巻第10号(通算615号)『総特集◎平成仮面ライダー――『仮面ライダークウガ』から『仮面ライダーフォーゼ』、そして『仮面ライダーウィザード』へ…ヒーローの超克という挑戦』青土社、2012年、8-21頁。
[6] 「『仮面ライダー龍騎』全50話が無料配信決定!」電撃オンライン、2022年8月19日。東映公式の紹介文として、龍騎を「エポックメイキング」と位置づける記述を確認。
[7] 加々美利治「昭和ライダー世代愕然…前代未聞のラスト迎えた『仮面ライダー龍騎』最終回から20年」マグミクス、2023年1月19日。テレビ本編第49話における城戸真司の死亡と、秋山蓮の生存によるライダーバトル決着を確認。および「劇場版 仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL」仮面ライダーWEB【公式】東映。劇場版が井上敏樹脚本によるテレビ版とは別の結末をたどる作品であることを確認。
[8] 東映公式「仮面ライダーWEB」の『555』作品ページ。https://www.kamen-rider-official.com/series/faiz/
[9] 「仮面の忍者 赤影特集」東映ビデオ公式サイト。
[10] 「『仮面ライダー555』芳賀優里亜、園田真理と歩んだ20年 井上敏樹が描く世界観『今の子供たちにこそ観てほしい』」シネマトゥデイ、2024年1月28日。井上敏樹が「555は差別がテーマ」と語っていたという芳賀優里亜の証言を採録。
