第3節 光が作る虚像——幻燈機の輸入と普及
見世物小屋が「珍しいものを見せる」装置であり、歌舞伎が「現実にない出来事を起こす」装置だったとすれば、幻燈機は「光によって虚像を作る」装置だった。
幻燈機(マジック・ランタン)は、光源の前にガラス板の絵を置き、レンズを通してスクリーンに拡大投影する装置だ。ヨーロッパで17世紀に発明され 、日本には江戸後期に輸入された 。明治期に入ると普及が加速し、浅草公園などの盛り場での興行から、学校の教室や軍の集会所まで、幻燈機は広く使われるようになった 。
幻燈機が人々に与えた衝撃は、現代から想像するより大きかったはずだ。暗闇の中に突然、壁いっぱいに広がる鮮明な像——それは見世物小屋の展示物とも歌舞伎の舞台機構とも異なる体験だった。光によって投影された虚像は、物理的な「もの」ではない。触れることもできず、手でつかむこともできない。しかし目には確かに見える。その不思議さが、観客を引きつけた。
しかしここで、幻燈機の別の顔にも目を向けておく必要がある。
幻燈機は娯楽の道具であると同時に、支配の道具でもあった。
大久保遼の研究によれば、明治期の幻燈会は大きく二つの形式に分かれていた。一つは教育幻燈会——1880年代後半から小学校の授業で幻燈機が教育道具として使われ始め、生徒が投影画像に静かに集中するよう管理された場として機能した。もう一つは日清戦争幻燈会(1894〜95年)——戦況を伝える幻燈会では観客が拍手し、万歳を叫び、軍歌を歌った。同じ装置が、一方では静粛な教育の場を作り出し、他方では戦意高揚の興奮を生み出した 。
「光による虚像への欲望」という一つの衝動が、教育と娯楽と軍事宣伝という異なる文脈に同時に奉仕した。幻燈機はその意味で、驚異の装置であると同時に、観客の知覚と感情を特定の方向へ誘導する装置でもあった。この「見せることによる統御」という構造は、後に映画が国家によって動員される歴史——第4章で論じる円谷英二の戦時中の仕事、GHQによる映画検閲——と地続きだ。
幻燈から映画へ——この移行は、単純な技術の進化ではない。
幻燈機は静止画を投影する。映画は動く画像を映し出す。この差は技術的には大きいが、観客の体験という観点からはより複雑な問題をはらんでいる。幻燈の興行師の中には、活動写真(映画)の普及とともに転業したり、幻燈と活動写真を併催したりした者もいた 。浅草六区では、かつて見世物小屋や幻燈興行が立ち並んでいた場所に活動写真館が次々と開業していった 。
観客の側からすれば、幻燈から映画への移行は「より動く虚像」への欲望の延長として体験されたかもしれない。しかし映画研究の立場からは、この移行を素朴な「進化」として語ることには慎重であるべきだとされている 。幻燈と映画は、観客に対する働きかけの構造が根本的に異なる——その差異については、次章で詳しく論じる。
注釈・参照文献・ウェブサイト
The Magic Lantern Society, “A history of the Magic Lantern”
Bremner, L. ”The magic lantern in Japan: transnational technology across the long nineteenth century” Oxford University Research Archive
大久保遼「明治期の幻燈会における知覚統御の技法——教育幻燈会と日清戦争幻燈会の空間と観客」『映像学』83号、日本映像学会、2009年。https://www.jstage.jst.go.jp/article/eizogaku/83/0/83_5/_article/-char/ja/
台東区文化探訪「浅草」https://www.culture.city.taito.lg.jp/bunkatanbou/customs/shitamachi/japanese/page_02.html 浅草六区の興行史については本資料を参照。ただし幻燈興行師が活動写真に転業した具体的な個人の記録については、現時点で一次資料による確認ができていない。構造的類比として記述している。
江戸東京博物館「浅草今昔展」https://www.edo-tokyo-museum.or.jp/s-exhibition/project/2781/
幻燈から映画への移行を「進化」として語ることへの批判的検討については、トム・ガニングらによる初期映画研究(「アトラクション映画論」)を参照。ガニングは初期映画を物語映画の未熟な前段階としてではなく、見せること自体を目的とした独自の映画形式として捉えなおした。詳細はTom Gunning, "The Cinema of Attraction: Early Film, Its Spectator and the Avant-Garde," Wide Angle 8.3/4 (1986): 63–70を参照。
