第6節 誰のゴジラか――ハリウッド版(1998年)という事件
『ゴジラvsデストロイア』でシリーズに一つの区切りをつけた東宝は、その翌年、ゴジラという版権そのものを海の向こうに送り出す。トライスター・ピクチャーズによる『GODZILLA』は、日本では1998年7月に公開された。この一件を、しばしば日本のファンによる「文化的所有権」の主張として、単純に語りたくなる誘惑がある。だが実際に何が起きたのかを丁寧に見て
いくと、事態はそれほど単純ではない。
まず前提として確認しておくべきは、本作が東宝による正式な許諾のもとに製作された作品だということである。日本国内での配給も東宝自身が担っており、無断利用や権利侵害の産物ではない[i]。監督のローランド・エメリッヒは、ゴジラの造形を大幅に変更するにあたって、わざわざ東宝に出向いてその変更の承諾を得たとされる[ii]。つまりこの映画は、東宝という版権者の了承を経て世に出た、契約上正当な「ゴジラ」だった。この事実は、対立の構図を「日本 対 アメリカ」という単純な図式で描くことの限界を、まず
教えてくれる。
とはいえ、日本のファンからの反応が厳しかったことも事実である。トカゲに近い俊敏な造形は、それまでの直立した重量感のあるゴジラ像に慣れ親しんだ観客にとって、「これはゴジラではない」という拒否感を呼び起こした[iii]。この意味で、本作をめぐる論争は、契約上の所有権の問題というより、造形・キャラクター像という、より感覚的なレベルでの「誰のゴジラか」という問いだったと言うべきだろう。
さらに注意すべきは、この作品への否定的な評価が、日本国内に限られたものではなかったという点である。本作は全米公開当初こそ大規模な封切りとなったものの、2週目以降に興行成績が急落し、批評家からも厳しく評価された。米メディアSyfyは後年、東宝が本作から距離を置き続けていることを指摘しており、その象徴として2004年の『FINAL WARS』で本作のゴジラをあっさりと退けたことを挙げている[iv]。脚本を手がけたディーン・デヴリンも、後年のインタビューで、自分たちが採用した「善悪どちらでもない怪獣」という解釈を指して「あれはゴジラじゃない」と振り返り、当時の判断を反省的に語っている[v]。対立軸を「日本 vs アメリカ」に設定することは、こうしたアメリカ本国での不評という事実とも整合しない。
この対立の複雑さを何より雄弁に物語るのが、2004年の『ゴジラ FINAL WARS』における、東宝自身によるセルフパロディである。同作には、エメリッヒ版ゴジラをオマージュした怪獣「ジラ」(Zilla) が登場する。プロデューサーの富山省吾自身、エメリッヒ版はゴジラ映画としては多くの問題を
抱えていたと述べている[vi]。批判や拒絶ではなく、パロディという形での
取り込み――これは、単純な文化的所有権の対立という図式にはおさまら
ない、屈折した応答だった。
この一件に一応の決着がついたと言えるのは、2014年、ギャレス・エドワーズ監督による新たなハリウッド版『GODZILLA』によってである。渡辺謙を主要キャストに迎えた本作は、1954年の初代作品への敬意を明言し、直立した神々しい姿という、日本のファンに馴染み深いゴジラ像への回帰を志向した[vii]。1998年版が「トカゲ」として拒絶された造形上の失敗を教訓に、2014年版は「日本的解釈」への回帰によって、ようやく国際的にも日本国内でも一定の評価を得ることになる。
こうして見ると、「誰のゴジラか」という問いへの答えは、一度の契約や
一度の映画で決着するものではなく、造形・興行・批評という複数の場で、20年近い歳月をかけて、行きつ戻りつしながら探られ続けた問いだったことが分かる。
次節では、この1990年代の日本国内において、商業的な特撮とは別の場所で、ファン自身の手による自主制作という形でくすぶっていたもう一つの
潮流に目を向ける。
[i] 「GODZILLA ゴジラ(1998)」映画.com。日本での配給が東宝であったことが記されている。
[ii] 「GODZILLA Unmade: The History of Jan De Bont's Unproduced TriStar Film - Part 4 of 4」SciFi Japan。特技監督パトリック・タトポロスが東宝首脳陣の前で新デザイン案を披露した際の緊迫した様子、および東宝側がこれを承認するに至った経緯が、タトポロス本人、監督ローランド・エメリッヒ、プロデューサー富山省吾自身の証言をもとに記されている。
[iii] 竹島ルイ「『GODZILLA』(1998)徹底解説――なぜエメリッヒ版はゴジラファンを失望させたのか?」POP MASTER。本作がゴジラを単なる物理的な巨大さへと矮小化した結果、怪獣王としての威厳を奪われた造形に対し、古参ファンが強い反発を示したことが論じられている。
[iv] Contributed, "The writer of the '98 Godzilla reboot looks back on the monster flop 20 years later" Syfy、2018年5月30日。本作が公開後まもなく興行成績を落とし批評家からも酷評されたこと、また東宝が本作から距離を置き続けており、その象徴として2004年の『ゴジラ FINAL WARS』で本作のゴジラをあっさりと退ける形で扱ったことが、脚本・製作を務めたディーン・デヴリンへのインタビューとともに記されている。
[v] Contributed, "The writer of the '98 Godzilla reboot looks back on the monster flop 20 years later" Syfy、2018年5月30日、前掲。デヴリンが、現実の爬虫類には善悪がないという解釈を採用したことについて「それは興味深いが、それはゴジラじゃない(that's interesting, but that's not Godzilla)」と振り返り、初代『ゴジラ』が悪役として登場しその後ヒーローとなっていったのに対し、自分たちはそのどちらの解釈も選ばなかったと述べていることが記されている。
[vi] Brett Homenick, "PRODUCING GODZILLA: Former Toho Pictures President Shogo Tomiyama Reflects on the Godzilla Series!" Vantage Point Interviews, 2021年5月19日。富山省吾氏本人へのインタビューで、トライスター版『GODZILLA』はモンスター映画としては興味深かったが、ゴジラ映画としては多くの問題を抱えており、そのため急いで「本物のゴジラ映画」を示す必要があると考えたと語っていることが記されている。
[vii] 「GODZILLA ゴジラ」映画.com。1954年の東宝版「ゴジラ」への敬意を込めたリメイクであり、渡辺謙がオリジナル版の精神を受け継ぐ科学者役で出演したことが記されている。
