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第3節 1号の沈黙、2号の絶叫——変身儀式はいかにして「発明」されたか

顔が決まり、その顔の下に本郷猛という人間の物語が定まったところで、
次に問うべきは、この物語がどうやって視聴者の身体にまで届いたのか、ということである。「ヘンシン!」という一言と、腰に手を当てて見得を切るあのポーズ。半世紀以上にわたって子供たちに模倣され続けてきたこの参加型の儀式は、しかし、当初の設計図には存在しなかった。

『仮面ライダー』は企画段階から「怪奇アクション」路線を掲げていたのだが、ショッカーの怪人たちがあまりに恐ろしすぎるとして、幼い視聴者から敬遠され、視聴率は伸び悩んでいた[i]。そこへ、さらなる危機が襲う。

第1話の放送前に、第9話・第10話「コブラ男」編の撮影中、主演の藤岡弘が、バイクでコーナーを曲がりきれず数十メートル吹き飛ばされ、大腿骨を複雑骨折する重傷を負ったのである[ii]。当初運び込まれた病院では「一生不自由になる」とまで告げられている[iii]

放送開始前の番組が、主演俳優を失った。東映と放送局の関係者は、事故
当日の夕方から緊急会議を開いている[iv]。すでに撮影済みだった第9話と第10話は、藤岡の映像を編集でつなぎ合わせて何とか放送にこぎつけたものの、問題はその先だった。会議では、「本郷猛を死んだことにした方が展開しやすい」という意見が大勢を占めていたという[v]。物語の都合だけを考えれば、それが最も簡便な解決策だったのだろう。しかし、プロデューサーの平山亨は、これに異を唱えた。「殺しちゃならねえ」——この一言が、その後の仮面ライダーというシリーズの命運を分けることになる[vi]

この時点ですでに、複数の代替案が検討されていたことが分かっている。
テロップだけで配役変更を告知する案、まったく別の場所に新しい仮面ライダーを登場させる案、本郷が再手術で別人になったことにする案。最終的に採られたのは、これまでと同じ立花藤兵衛らの前に、新しい青年が「仮面ライダー2号」として現れるという筋書きだった[vii]。第11話から第13話にかけては、急遽登場したFBI捜査官・滝和也が実質的な主役を務めてしのぎ、第14話から、新たな仮面ライダーとして一文字隼人が本格的に登場する[viii]

ここで、本節の核心に関わる、きわめて重要な事実がある。1号ライダー・本郷猛の変身は、バイクで走行しながら、ベルトの風車が風圧を受けることで自動的に起こるものだった。掛け声もポーズもない、無言の変身である[ix]。ところが、この設定は2号ライダーではそのまま使えなかった。一文字隼人を演じた佐々木剛には、当時バイクの運転免許がなかったのである[x]。走行中の風圧に頼るという1号の変身方式が使えない以上、その場に立ち止まったまま変身する新しい方法が必要になった。こうして考案されたのが、腰に手を当てて見得を切る決めポーズと、「変身!」という掛け声だった[xi]

これは、驚くべき逆転である。半世紀以上にわたって「仮面ライダーとは何か」を象徴し続けてきた、あの参加型の変身儀式——子供たちが自室の鏡の前で真似をし、友達同士で「ごっこ遊び」に興じてきたあの様式——は、
脚本会議で練り上げられた演出上の発明ではなかった。それは、一人の俳優が自動二輪の運転免許を持っていなかったという、きわめて事務的な制約への、その場しのぎの対応として生まれたものである。もし佐々木剛がバイクの免許を持っていたなら、2号もまた1号と同じく、走行中に無言で変身していたかもしれない。そうであれば、「変身ポーズ」も「ヘンシン!」の掛け声も、仮面ライダーというジャンルの文法として定着することはなかっただろう[xii]

もっとも、この「免許がなかったから変身ポーズが生まれた」という因果
関係そのものについては、近年、より踏み込んだ疑義が呈されている。当の佐々木剛自身、後年のインタビューで次のように述べている。免許はなかったが実際には運転できたのであり、この点を誰からも直接尋ねられたことがなかったのだという[xiii]。さらに、講談社『仮面ライダー大全集』を典拠とする記事によれば、変身ポーズ自体はすでに本郷ライダーが怪人と対峙する際に見せていた「ライダーファイト」という構えとして存在しており、これを応用して一文字の変身の「型」が作り上げられたものであって、佐々木の免許非保持は変身ポーズ誕生の直接の理由ではなく、「変身の仕組みをはっきり示す」という制作側の意図の方が先にあったとされる[xiv]

すなわち、半世紀にわたって広く流布してきた「免許がなかったから走行
変身ができず、やむなく静止型のポーズが考案された」という説明は、単に一面的だったというにとどまらず、複数の資料によって積極的に否定され
つつある通説だと見るべきである。あわせて、当時の関係者への聞き取りに基づく資料は、佐々木が免許非保持を東映側に事前に伝えていなかった経緯や、風圧任せの「受け身」な変身様式に佐々木自身が難色を示し、みずから「自分から仕掛けるポーズ」を望んだとされる場面を伝えている[xv]。だとすれば、変身ポーズの成立は、免許という事務的制約のみに還元される受動的な産物ではなく、佐々木自身の能動的な働きかけが加わった、より複合的な経緯だった可能性がある。なお、実際の振り付けを担当したのは大野剣友会の高橋一俊であり、柔道の構えを転用したものだとされる[xvi]

この経緯は、第1節で見た「デザインの二度の却下」の物語と、同じ構造を持っている。テレビ局が拒んだ骸骨から、最終的にバッタへとたどり着いた顔の変遷が、意図された設計というより攻防の産物だったように、変身という身体儀式もまた、事故という偶然と、免許の有無という些末な事務的制約が積み重なった末に、結果として姿を現したものだった。仮面ライダーというヒーロー像を特徴づける最も象徴的な要素の二つ——顔と、変身の作法——が、いずれも周到な設計からではなく、その場その場の判断の連鎖から生まれたという事実は、本書がここまで繰り返し確認してきた論点を、改めて裏付けている。すなわち、後から振り返れば必然に見える神話ほど、実際には偶然の産物であることが多いのだ[xvii]

もっとも、この偶然の産物は、いったん定着すると、単なる便宜的な処置
以上の意味を帯びるようになる。次節では、この参加型の変身儀式が、なぜこれほどまでに子供たちの身体を捉えて離さなかったのか、そしてそこから「仮面は素顔より真実か」という、より哲学的な問いがどのように立ち上がってくるのかを見ていく。



[i] 使徒メルヘン「その時歴史が動いた!仮面ライダー役の藤岡弘が撮影中に重傷を負うアクシデント!」Re:minder、2023年3月17日。
[ii] Luis Field「他の案なら2号は存在しない? もし『仮面ライダー1号バイク事故後』の選択が違ったら」マグミクス、2024年4月30日。毎日放送プロデューサー左近洋一の寄稿(『仮面ライダーSpirits公式ファンクラブ 受け継がれる魂』所収)を典拠とし、事故後の善後策の選択肢(イ〜ニ案)、第14話以降の主役交代案(A〜D案)、滝和也の登場経緯、および佐々木剛にバイクの運転免許がなかったために変身ポーズが考案された経緯を記す。
牧村康正「製作陣・出演者らが明かす……初代『仮面ライダー』藤岡弘の『オートバイ事故』の真実」現代ビジネス、2023年3月24日。事故当日の緊急会議の詳細(阿部征司ら関係者の証言)を記す。
[iii]藤岡弘、自身の事故がきっかけで『今では何十人ものライダーが誕生』」アサ芸プラス、2021年5月3日。藤岡弘本人による「通常の手術では一生不自由になると言われました」という証言を記す。
[iv] 使徒メルヘン、前掲。牧村、前掲。
[v] 使徒メルヘン、前掲。
[vi] 使徒メルヘン、前掲。
[vii] Field、前掲。
[viii] 使徒メルヘン、前掲。Field、前掲。
[ix] 使徒メルヘン、前掲。
[x] Field、前掲。
[xi] 同上。
[xii] 同上。
[xiii] 北村泰介「仮面ライダー初回放送から53年!一文字隼人が明かす秘話……」デイリースポーツオンライン、2024年4月3日。佐々木は「バイクの免許がなくて運転できないから、変身ポーズができた……という話になってるけど、それが本当か、誰も俺に直接聞いてこなかった。免許はなかったけど、実は運転できたんです」と証言している。
[xiv] 秋田英夫「『仮面ライダー』50年前の7月3日は仮面ライダー2号が初登場した日、番組最大の危機乗り越え『変身ブーム』へ」マイナビニュース、2021年7月3日。同記事は講談社『仮面ライダー大全集』を典拠として、変身ポーズ自体は本郷ライダーが怪人に向かって闘志をみなぎらせる際に用いた「ライダーファイト」としてすでに出来上がっており、これを応用して一文字隼人の変身の「型」が作り上げられたこと、佐々木が当時二輪の運転免許を持っていなかったことは事実だが、それが変身ポーズ誕生の理由になったわけではなく「変身の仕組みをはっきり示す」という考えの方が先にあったことを述べている。
[xv] ウィキペディア「仮面ライダーシリーズにおける変身」。同記事は小野浩一郎・岩畠寿明(エープロダクション)編「第1章 変身!仮面ライダーの展開 インタビュー 内田有作」『テレビマガジン特別編集 テレビマガジン70's ヒーロー創世期メモリアル』講談社、1998年12月27日、29頁を典拠として、内田有作(東映生田スタジオ所長)に免許非保持を問い詰められた際の佐々木の発言(「俺は『風を受けて』とか、そういう受け身なのは好きじゃないんだよ!ここは一発、自分からやる!みたいなポーズか何かはないのか?」)を伝えている。
[xvi] 秋田、前掲。
[xvii] 本段落(顔のデザイン変遷と変身儀式の確立過程を「事後的に必然と見える偶然の産物」として結びつける議論)は、外部資料からの引用ではなく、本書独自の分析(根拠ある推論)である。

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