第5節 メタルヒーローシリーズの消滅とその後
1993年の『特捜エクシードラフト』終了後も、メタルヒーローシリーズは
さらに6年にわたって続いた。『特捜ロボジャンパーソン』(1993〜94年)、『ブルースワット』(1994〜95年)、『重甲ビーファイター』(1995〜96年)、『ビーファイターカブト』(1996〜97年)と作品は積み重ねられていったが、シリーズは当初の「単独ヒーロー物」から、複数の
主人公が組織的に戦う「集団ヒーロー物」へと徐々に軸足を移していく。
そして終盤の2作、『ビーロボカブタック』(1997〜98年)と最終作『テツワン探偵ロボタック』(1998〜99年)に至って、シリーズはロボットを主人公とするコメディドラマへと大きく舵を切ることになった[i]。
この路線変化を、単一の理由で説明することはできない。17年という長期
シリーズが避けがたく抱える疲労はあっただろうし、この時期は、ポケットモンスターに代表される新しいメディアミックスの波が子供向けコンテンツ市場に押し寄せてきた時期とも重なっている。だが、視聴率や玩具売上の
推移を跡づける確かな資料は限られており、ここで特定の原因を断定的に
語ることは、本稿の立場からは慎むべきだろう。確実に言えるのは、シリーズが最初に掲げていた「単独のヒーローが宇宙的な悪と戦う」という枠組みから、17年をかけて「集団」へ、そして「コメディ」へと、確実に軸足を
移していった、という事実だけである。
1999年1月24日、『テツワン探偵ロボタック』の最終回をもって、1982年の『ギャバン』に始まった17年間のメタルヒーローシリーズは、公式には幕を閉じた。この枠は、翌年から『がんばれ!!ロボコン』をリメイクした『燃えろ!!ロボコン』皮切りに、まもなく始まる「平成仮面ライダーシリーズ」も含めた、石ノ森章太郎原作の作品群へと引き継がれていくことになる[ii]。
もっとも、ここまで17年間を「一つの物語」として振り返るように語って
きたこと自体、慎重に扱う必要がある。宇宙刑事三部作の楽天的なテクノロジー信仰、メタルダーの内省、レスキューポリスシリーズの公的機関的リアリズム、そして最終盤のロボットコメディ――本章で論じてきたのは、後から振り返って初めて見えてくる一つの筋であって、当事者たちが最初から
共有していた設計図ではない。そこにあったのは、東映特撮というシステムが、その時々の座組みやスポンサー、視聴率という制約のなかで、複数のDNAを異なる配分で繰り返し呼び戻し続けてきた、17年にわたる反復と変奏の記録だったと言うべきだろう。
メタルヒーローが去ったこの枠に、仮面ライダーがどのような姿で帰って
くることになるのかは、次章であらためて見ていく。
[i] 別冊映画秘宝編集部編『平成大特撮 1989-2019』洋泉社〈洋泉社MOOK 別冊映画秘宝〉、2019年、77-82頁「メタルヒーローシリーズ 作品レビュー」。1993年以降の作品群が、当初の主人公単独のヒーロー物から、徐々に集団ヒーロー物、コミカルな要素が強い作風へと変化していったことが論じられている。
[ii] 放送ライブラリー公式ページ(公益財団法人放送番組センター)「テツワン探偵ロボタック〔45・終〕ロボタック海に死す」。最終回の放送日(1999年1月24日)およびスタッフ・キャスト情報を確認。なお、これにより『宇宙刑事ギャバン』から続く17年の歴史に幕を閉じたこと、翌年の『燃えろ!!ロボコン』を皮切りに平成仮面ライダーシリーズも含めた石ノ森章太郎原作作品へと枠が引き継がれたことについては、『平成大特撮 1989-2019』76頁。
