第2節 嘘の職人たち——メリエスとオブライエンの技術
ジョルジュ・メリエスは、もともと奇術師だった。
パリのロベール・ウーダン劇場を買い取り、舞台奇術の興行師として成功していたメリエスは、リュミエール兄弟の上映会を見た瞬間に、この装置の可能性を直感した 。しかし彼が直感したのは「現実を記録する装置」としての映画ではなかった。彼が見たのは「舞台の上でできないことを実現する装置」としての映画だった。
メリエスは1896年から映画制作を開始した 。映画の制作過程で彼が発見した技術は、後の特撮の原型となる三つの柱をすでに含んでいた。
一つ目はストップトリックだ。撮影中にカメラを止め、被写体を入れ替えてから再び回す——それだけで、人間が突然消えたり、物体が別の物体に変化したりする映像が生まれた。
二つ目は多重露光だ。同じフィルムを2度以上巻き戻して撮影することで、現実には同一空間に存在しえない複数の像を一つの画面に重ねることができる。「現実の記録」であるはずのカメラが、現実には存在しえない光景を記録する——ここに第1節で論じた逆説の、最初の実践的な証明がある。
三つ目はミニチュア撮影だ。メリエスは月面や宇宙空間を描くために、精巧に作られた舞台装置とミニチュア模型を併用した。1902年の映画『月世界旅行』では、月のミニチュア模型をカメラに近づけることで宇宙船が接近・着陸する様子が表現されている 。スクリーンに映し出された「宇宙」は、スタジオの中に作られた作り物だった。しかし観客にはそれが宇宙に見えた。
この三つの技術——ストップトリック、多重露光、ミニチュア撮影——は、後に円谷英二が精緻化することになる特撮技術の核心と構造的に同じだ。ただし断っておかなければならないことがある。メリエスの技術が円谷に直接届いたという証拠は確認できていない。両者をつなぐ回路は、メリエス個人の影響というより、映画という技術そのものの中に刻み込まれた「嘘の方法論」の系譜として理解するのが正確だ。
では、その系譜をつなぐ結節点はどこにあるのか。
一つの答えが、ウィリス・オブライエンだ。
ウィリス・オブライエンは、ストップモーション・アニメーションの技術を映画に持ち込んだ人物として映画史に記録されている 。人形や模型を1コマずつ少しずつ動かし、撮影し、またわずかに動かして撮影する——この気の遠くなる作業の積み重ねが、スクリーンの上に「生きて動く存在」を出現させる。
1933年の『キング・コング』で、オブライエンはこの技術を一つの完成形へと押し上げた。
巨大なゴリラが摩天楼をよじ登り、複葉機と格闘する——その映像は金属と布とゴムで作られた模型がコマ撮りされたものだった 。しかし観客の目には、生きたコングが動いているように見えた。なぜか。
ここで認知科学の知見が一つの答えを与えてくれる。
人間の知覚システムには、動くものの中に生命を読み取ろうとする根本的な傾向がある。心理学者フリッツ・ハイダーとマリアンヌ・ジンメルが1944年に行った実験では、三角形や円といった単純な幾何学図形が特定のパターンで動くだけで、被験者はそこに「意図」「感情」「生命」を自動的に読み取った 。
スウェーデンの心理学者グンナー・ヨハンソンが一1973年に示した「生物学的運動(biological motion)」の研究では、関節部分に取り付けた光点の動きだけで、人間はそれが生き物の動きであると認識することが明らかになった 。認知科学ではこの傾向を「アニマシー知覚(animacy perception)」と呼ぶ。重要なのは、この知覚が形態の精緻さを必要としない点である。形が崩れた局所的な運動の情報からでも、人間はそこに生命の兆候を読み取ることが示されている。
ストップモーションのコマ撮りが生み出す動きは、決してなめらかではない。1秒間に撮影されるコマ数は通常の映画より少なく、1枚1枚の絵の間には小さな飛びや間隔のばらつきが生じる 。
実は、人間の視覚はもともと、こうした「絵と絵の間の隙間」を自動的に埋めて、連続した動きとして見せてくれる仕組みを持っている。パラパラ漫画が1枚1枚の静止画の集まりであるにもかかわらず、滑らかに動いて見えるのはこのためだ。ただし、この「隙間を埋める」働きは、コマとコマの間の絵のずれ方やタイミングによって、見え方が微妙に変わることが知られている 。ストップモーションが持つ、完璧には滑らかではないという特性は、まさにこの視覚の仕組みが強く働く条件と一致していたのである。
ここに、もう一つの手がかりがある。ベルギーの心理学者アルベール・ミショットは、二つの図形が特定のタイミングと距離で連続して動くと、観察者がそこに「衝突」「押す」「引く」といった因果的な関係——すなわち意図を持った行為——を自動的に知覚することを示した。この因果的知覚は、運動のタイミングや軌道がわずかに変化するだけで崩れ、単なる無関係な動きの並びへと姿を変える 。逆に言えば、特定の「ぶれ」を含んだ運動パターンこそが、因果性と意図の知覚を成立させる条件なのである。
コングの動きには、完全に予測可能な機械的反復は存在しない。1フレームごとに人形を手作業でわずかに動かして撮影するという制作工程そのものが、ミショットの言う因果的知覚の条件——すなわち、意志を持つ生き物が動いているときに生じる微妙な軌道のずれや非周期性——を、技術的制約の結果として偶然に再現していた。ストップモーションは、なめらかさの欠如という「欠陥」を通じて、むしろ生命の知覚を支える条件を満たしていたと考えられるのである。
オブライエンはアニマシー知覚のメカニズムを理論として知っていたわけではない。しかし職人的な試行錯誤の中で、人間の知覚を動かす何かを掴んでいた。コングが「生きている」ように見えたのは、単なる技術の精巧さゆえではなく、人間の知覚システムそのものへの——意図せぬ——働きかけがあったからだ。
なぜストップモーションは生きているように見えるのか。この問いは、特撮技術の核心に触れる問いでもある。ミニチュアが、着ぐるみが、CGが、なぜ「本物の感覚」を生み出しうるのかという問いと、根は同じだ。その問いへの深い考察は、第6章「ミニチュアという哲学」に委ねる。ここでは一つのことだけを確認しておきたい。
「生命の錯覚」を生み出す力は、技術の完成度だけから来るのではない。それは人間の知覚システムという、技術の外側にある何かとの共鳴から生まれる。オブライエンがコマ撮りの積み重ねから生命の錯覚を作り出したように——特撮の技術は、人間の知覚の構造に深く根ざしている。
注釈・参照文献・ウェブサイト
Encyclopaedia Britannica, ”Georges Méliès”
https://www.britannica.com/biography/Georges-Melies
Encyclopedia.com, “Le Voyage dans la Lune”
https://www.encyclopedia.com/movies/dictionaries-thesauruses-pictures-and-press-releases/le-voyage-dans-la-lune
Emilyfoster, “Willis O'Brien: Oakland's own animation pioneer” Oakland Public Library.
Tom Nardi, “Retrotechtacular: The Revolutionary Visual Effects of King Kong” Hackaday, March 10, 2023
Fritz Heider and Marianne Simmel, "An Experimental Study of Apparent Behavior," American Journal of Psychology 57.2 (1944): 243–259.
Gunnar Johansson, "Visual Perception of Biological Motion and a Model for Its Analysis," Perception & Psychophysics 14.2 (1973): 201–211.
Shengwei Zhou, “Should the Low Frame Rate of Stop-motion Animation Be Regarded as a Defect?” animationstudies 2.0.
Yujia Peng, Nicholas Ichien, and Hongjing Lu, “Causal actions enhance perception of continuous body movements” Introduction. ScienceDirect
Michotte, A. (1946). La perception de la causalité. Louvain: Institut Supérieur de Philosophie. https://www.persee.fr/doc/phlou_0035-3841_1946_num_44_4_4078
英訳版: Michotte, A. (1963). The Perception of Causality (T. R. Miles & E. Miles, Trans.). Basic Books.
Brian J. Scholl & Patrice D. Tremoulet, "Perceptual causality and animacy" (Trends in Cognitive Sciences, 2000)
