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第1節 断絶の中の逆説——実写カメラと嘘の関係

前章の末尾で、一つの断絶を確認した。
見世物小屋の「人魚のミイラ」も、歌舞伎の宙乗りも、幻燈機が暗闇に投じた虚像も——どれも観客に「知っているが驚く」という体験をもたらした。しかしどれも、「これは現実に起きたことだ」という感覚を完全な形で呼び起こすことはできなかった。実写のカメラだけが、その感覚を持つ。レンズが現実を記録するという事実が、映像に独特の実在性を与える。これが、前史と特撮を隔てる断絶だった。

しかしここに、一つの逆説がある。
カメラは現実を記録する装置だ。そのレンズを通じた映像は「これは現実だ」という感覚を呼び起こす。ならばカメラは、嘘をつくことができないはずだ——そう思える。ところが映画の歴史は、その出発点から、この推論を裏切る。カメラは嘘をつくために使われた。人間が消え、月へのロケットが飛び、怪物が都市を踏みにじった。そしてその嘘は、現実の感覚を持って観客に届いた。
なぜか。

答えは逆説の形を取る。カメラは現実を記録するからこそ、その映像を通じた嘘は現実の感覚を持つ。 映像が「実在性の感覚」を持つという性質は、映像の内容が真実であるかどうかと無関係に作動する。見世物小屋の観客が「人魚のミイラ」を前に「本物かもしれない」と思ったとき、その感覚は観客自身の意志によって引き起こされた。しかし映画館の暗闇でスクリーンを見つめる観客が「これは現実だ」と感じるとき、その感覚はカメラというレンズの構造によって半ば強制的に呼び起こされる。映画の「嘘」が見世物や幻燈の「嘘」より深く観客に届くのは、そのためだ。
映画の誕生とは、嘘と真実を不可分にする技術の誕生だった。

では、この逆説はどのようにして発見されたのか。それは最初から意図されていたのか、それとも偶然の産物だったのか。その問いに答えるために、映画の誕生の瞬間へと遡る必要がある。


1895年12月28日。パリのグラン・カフェで、リュミエール兄弟が映画の最初の商業公開上映を行った[i]。映し出されたのは工場の門から出てくる労働者たち、赤ん坊の食事、波打ち際の映像——ごく日常的な光景だった。しかしその映像の前で、観客は震えたと伝えられている。スクリーンに向かって走り込んでくる列車を見た観客が、恐怖で席を立ったという逸話も残る[ii]
日常の光景が、なぜ人を震わせたのか。

それは映像が「現実そのもの」として観客に届いたからだ。幻燈機が投じる静止した絵とも、舞台の上で演じられる俳優の身体とも異なる何か——レンズを通じて記録された動く映像は、観客の知覚に対してそれまでの装置とは質的に異なる働きかけをした。リュミエール兄弟はこの映像を「現実の記録」として世界に提示した。

同じ年、フランスの舞台奇術師ジョルジュ・メリエスもこの上映を目撃した一人だった。彼が翌年から映画制作を始め、やがて「トリック映画」の発明者として歴史に刻まれることになるのは周知のとおりだ。

映画史はしばしば、この二人の対比から語り始める。現実を記録したリュミエールと、映像で嘘をついたメリエス——「記録の衝動」対「虚構の衝動」という対立の図式だ。

しかしこの二項対立は、単純化としての批判に耐えない。
映画研究者トム・ガニングは1986年の論文で、この図式の根底にある前提を問い直した。従来の映画史は初期映画を「物語映画の未熟な前段階」として位置づけ、リュミエールとメリエスをその対立項として配置してきた。しかしガニングは、こうした見方が初期映画の本質を見誤っていると論じた[iii]
リュミエールの列車も、メリエスのトリックも、同じ一つの欲望から生まれていた。
それは「観客を驚かせること」だ。
工場の門を出る労働者を映し出すことで観客を驚かせる。人間を消えさせることで観客を驚かせる。手段は異なっても、目的は同じだった。ガニングはこの初期映画の本質を「アトラクション映画(Cinema of Attractions)」と名づけた。遊園地のアトラクションのように、体験そのものが目的であって、どこかへ連れていくための乗り物ではない映画——物語を語ることではなく、驚かせること自体が目的の映画だ[iv]

この視点から見ると、前章で論じた見世物小屋・歌舞伎・幻燈機との連続性が、より鮮明に見えてくる。江戸の見世物師が観客を「日常の外側」へ連れ出し、歌舞伎の舞台機構が「仕掛けだと知りながら驚く」状態へ導いたように、初期映画もまた観客の身体に直接働きかけることを目的としていた。映画は見世物の「驚かせる装置」としての系譜を引き継ぎながら、実写カメラという新しい道具によって、その驚きの質を根本から変えた。

ただし、アトラクション映画論はリュミエールとメリエスの差異を消し去るわけではない。
両者が同じ「驚かせる」欲望から出発したとしても、彼らが選んだ手段の違いは、映画という技術の内側に二つの可能性を刻み込んだ。「現実をそのまま見せる」という可能性と、「現実をカメラで作り替える」という可能性だ。そしてこの二つの可能性が出会う場所に、特撮は生まれることになる。



[i] Institut Lumière, Presentation
[ii] 列車の映像に観客が恐怖した逸話は広く知られているが、その信憑性については映画史家の間で議論がある。Tom Gunning, "An Aesthetic of Astonishment: Early Film and the (In)Credulous Spectator," Art and Text 34 (1989) は、この逸話を映画史の「神話」として批判的に検討しつつ、それでも初期映画が観客に与えた衝撃の質について論じている。本文では「震えたと伝えられている」「逸話も残る」という形で史料的留保を入れた。
[iii] Tom Gunning, "The Cinema of Attraction: Early Film, Its Spectator and the Avant-Garde," Wide Angle 8.3/4 (1986): 63–70. 
[iv] ガニングはさらに、アトラクション的映画は物語映画の時代以降も消えたわけではなく、ミュージカルのダンスシーン、アクション映画の爆発など、物語の進行を一時停止して「見せること」そのものに奉仕する瞬間として生き続けていると論じた。特撮映画における怪獣の登場シーンも、この系譜に位置づけられる。

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