第2節 宮内國郎という、もう一人の始祖――冬木透以前の円谷サウンド
「ウルトラシリーズの音楽」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、勇壮な男声コーラス「ワンダバ」で知られる冬木透かもしれない。しかし、『ウルトラQ』と『ウルトラマン』(ともに1966年)で円谷サウンドの原型を作ったのは、冬木ではなく宮内國郎である。
宮内は1932年2月16日、東京都世田谷に生まれた[i]。
そして、1960年には映画『恐妻党総裁に栄光あれ』の音楽を手がけている[ii]。同年には、東宝の特撮映画『ガス人間第一号』の音楽も手がけている[iii]。
円谷プロとの結びつきが実を結んだのは1966年である。TBSで放映が決まった『ウルトラQ』と、これに続く『ウルトラマン』の音楽を担当し、初期
ウルトラシリーズのイメージ作りに音楽面で大きく貢献した[iv]。ガーシュウィンへの憧れから出発したジャズ由来の感性[v]は、「科学特捜隊」という
架空の防衛組織に、それまでの日本の特撮音楽にはなかった都会的でモダンな響きを与えた――というのが本書の見立てである。以後、宮内は特撮テレビ番組の音楽を数多く手がけていく。
宮内から冬木透への「継承」は、しかし単純な世代交代の物語では説明しきれない。1979年、宮内はそれまでの映像音楽の集大成として『ザ☆ウルトラマン』(TBS、アニメ)の音楽を手がけたが、実際にはこの作品は主題歌を宮内が手がけ、冬木透は第2回録音分のみを担当するという、一つの作品を二人で分け合う形で作られている[vi]。1967年の『ウルトラセブン』以降、冬木が円谷特撮の音楽の中心を担うようになった後も、宮内と冬木は「先駆者と後継者」というより、キャリアの終盤まで現場を共有し続けた同僚に近い関係だったとみることができる。両者の楽曲は後年、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』の音楽をそれぞれが自ら交響詩として再構成したアルバムでも、宮内が「交響詩 ウルトラマン」、冬木が「交響詩 ウルトラセブン」という形で対になって収録されており、この協働的な関係は没後の商品企画においても繰り返し再演されている[vii]。
ジャズ畑出身であった宮内は、晩年になるとデジタル系の音楽へと関心を
移していった。2004年の『ウルトラQ dark fantasy』では、みずから作曲した原作『ウルトラQ』のテーマ曲を、デジタルサウンドで自らリメイクしている。宮内國郎は2006年11月27日、74歳で死去した[viii]。
もう一つ、宮内の仕事を語るうえで避けて通れないのが、1974年のアニメ『チャージマン研!』の音楽である。低予算アニメとして制作された同作は、放送当時はさほど話題にならなかったが、2000年代以降、インターネット上で「ツッコミどころの多いアニメ」として再発見され、カルト的な人気を
獲得した。2018年には音楽だけを集めた『チャージマン研!音楽大全』が
発売され、2025年末には増補版が緊急発売されている[ix]。奇しくも同じ2025年、円谷プロダクションは公式に、宮内が手がけた『ウルトラQ』『ウルトラマン』『快獣ブースカ』の音楽を完全収録した7枚組CD-BOXセット『宮内国郎の世界』を発売した[x]。同じ作曲家の同じ年における二つの再
評価――一方は特撮音楽史の礎を築いた功労者として、もう一方はインターネット文化が生んだカルトの対象として――が並び立っているという事実は、「音楽はなぜ、映像が消えた後も記憶の中で鳴り続けるのか」という
本章の問いに、皮肉な角度から光を当てている。
宮内が切り開いた円谷サウンドを引き継ぎ、独自の叙情性へと展開させていったのが、冬木透である。
[i] 「ウルトラQ ウルトラマン 快獣ブースカ 宮内国郎の世界」日本コロムビア公式サイト、商品情報ページ。なお生年月日・出身地については、円谷プロダクション公式サイトの告知記事にも同内容の記載がある。詳細な伝記的経緯(家庭環境、音楽的影響、罹病歴、師事関係等)については、小林淳『東宝空想特撮映画 轟く 1954-1984』アルファベータブックス、2022年、133-137頁に記述がある。
[ii] 「恐妻党総裁に栄光あれ」作品情報・スタッフ、映画.com。スタッフ欄に音楽担当として宮内国郎の名がクレジットされている。なお、この仕事が宮内にとって最初の映像音楽の仕事であったか、また1950年代のテアトル・ド・ポッシュ所属時期については、無料で確認できる独立の資料が見つからなかったため、本書では記述を映画のクレジット事実のみに限定した。
[iii] 「ガス人間第一号」作品情報・スタッフ、映画.com。スタッフ欄に音楽担当として宮内国郎の名がクレジットされている。
[iv] 「ウルトラQ ウルトラマン 快獣ブースカ 宮内国郎の世界」日本コロムビア公式サイト、商品情報ページ(前掲)。宮内は同作で「『ウルトラQ』『ウルトラマン』『快獣ブースカ』のほか…音楽を手掛けた円谷作品の初代マエストロ」と紹介されている。また、円谷プロダクション公式サイトの告知記事(前掲)も、宮内が手がけた『ウルトラQ』『ウルトラマン』『快獣ブースカ』を「初期円谷プロ三部作」と位置づけている。
[v] 「『ウルトラQ』『快獣ブースカ』……円谷プロ・空想特撮シリーズの音楽を手掛けた、宮内国郎の色鮮やかな世界が広がるCDコレクション」Mikiki by TOWER RECORDS。「ジョージ・ガーシュインに憧れてジャズ、作曲の道を志した」との記述がある。なお、この感性が「都会的でモダンな響き」を特撮音楽にもたらしたという評価そのものは、先行する特撮音楽(第1節で扱った伊福部昭の仕事など)との対比に基づく本書独自の見立てであり、特定の先行研究に基づくものではない。
[vi] 「ウルトラ・マエストロ 冬木透 音楽選集」日本コロムビア公式サイト、商品情報ページ。冬木透(本名・蒔田尚昊)の代表作リストに「ザ☆ウルトラマン(第2回録音分)」と明記されている。主題歌が宮内國郎の作曲であることは、「1/24:ウルトラ音楽の父 作曲家・冬木透追悼特集2」MUSIC BIRD(コミュニティFM向け番組配信サービス)が「テレビアニメ『ザ☆ウルトラマン』(1979-1980)※主題歌は宮内国郎作曲」と明記している。 なお、宮内が『ザ☆ウルトラマン』の音楽を手がけたこと自体は、日本コロムビア公式サイト「宮内国郎の世界」商品ページ(前掲)の代表作リストでも確認できる。
[vii] 「交響詩ウルトラマン/ウルトラセブン」商品情報、キングレコード公式サイト。「交響詩『ウルトラマン』(作曲、編曲:宮内國郎)」「交響詩『ウルトラセブン』(作曲、編曲:冬木透)」という収録内容が明記されている。同ページによれば、この作品は1979年のLPが2025年にSACDとして完全復刻されたもので、2024年に没した冬木透と、2026年に没後20年を迎える宮内國郎の双方の業績を称える企画として位置づけられており、両者の協働的な関係が没後の商品企画で繰り返し再演されているという記述を裏付けている。
[viii] 「宮内国郎氏死去/作曲家」全国ニュース、四国新聞社(共同通信配信)、2006年11月30日。11月27日午後4時13分、大腸がんのため東京都府中市の病院で死去、74歳と報じている。
[ix] 「よくもこんなCDを!『チャージマン研!』音楽集に頭の中のタイマー音も」音楽ナタリー、2025年12月25日。
[x] 「『ウルトラQ ウルトラマン 快獣ブースカ 宮内国郎の世界』が本日発売!全509トラックの7枚組CD-BOXセット、84ページの別冊解説書付き!」円谷プロダクション公式サイト、2025年。
