第4節 渡辺宙明のヒーロー音楽――ブラスとリズムの設計思想
渡辺宙明、本名の読みは「わたなべ・みちあき」(ペンネームとしての読みは「わたなべ・ちゅうめい」)は、1925年8月19日、愛知県名古屋市に生まれた。東京大学文学部で心理学を専攻し、在学中に映画音楽家・作曲家になることを決意して團伊玖磨・諸井三郎に作曲を師事し、後にジャズの理論を渡辺貞夫に学んだ。1953年、中部日本放送(CBC)のラジオドラマ『アトムボーイ』の音楽で作曲家としてデビューし、その後、新東宝・大映・日活などで100本以上の映画音楽を手がけ、テレビドラマでも活躍するようになった[i]。
この時期の渡辺には、第1節の主人公である伊福部昭との、ささやかな邂逅の記録が残っている。渡辺が伊福部の著書『管絃楽法』でブラスの反復奏法を独学していたところ、そこに記載された演奏可能音域の表に誤りを見つけた。知人を通じてその指摘を伝えたところ、後日、京都の撮影所で録音の
準備をしていた渡辺のもとに、たまたま同じ現場に居合わせた伊福部本人が「渡辺宙明さんですか」とわざわざ挨拶に訪れたのだという。「あの本はね、校正に間に合わなかったんですよ」と詫びる伊福部の姿を、渡辺は「ああ、いい人だなあ」と回想している[ii]。特撮音楽の礎を築いた二人の作曲家が、著書の誤植をきっかけに一度だけ言葉を交わしていたという事実は、この世代の作曲家たちが決して大きくない一つの業界の中で互いに結びついていたことを示す一例である。
映画産業の斜陽とともにテレビの仕事が増えていくなかで、渡辺のキャリアを大きく変えたのは、1972年の子ども向け特撮番組『人造人間キカイダー』だった。それまで大人向けの作品を手がけてきた渡辺は、東映から届いた
台本の題名を見て「がっかりした」というのが正直な感想だったという。
しかし放映が始まると、大人向けの仕事では得られなかった強い反響――
ファンレターや、自宅を訪ねてくるファンまで現れる事態――を経験する
ことになる。渡辺は当初、参考にしようとレコード店で『ウルトラマン』や『仮面ライダー』の音楽を聴いたが、「こんなふうな音楽は、私はやりたくない」と判断し、既存の特撮音楽とは距離を置いた「自分流」の音作りを
選んだと証言している[iii]。
『キカイダー』の手応えを受けて、東映の渡邊亮徳プロデューサーが後押しする形で起用が決まったのが、同年の『マジンガーZ』(東映動画制作のテレビアニメ)だった。この仕事の大きな反響が、渡辺の名を「子ども番組の作曲家」として決定的に印象づけることになる[iv]。そして1975年、東映特撮の『秘密戦隊ゴレンジャー』――日本のスーパー戦隊シリーズの第一作――の音楽を任されたことで、渡辺は再びテレビ特撮の現場に戻ってくる[v]。
「宙明サウンド」を特徴づける代表的な逸話の一つは、この『ゴレンジャー』の仕事から生まれている。当時のレコード会社担当者の木村英俊は、
渡辺が提示した主題歌のメロディーそのものには了承を与えたうえで、翌日になってあらためて電話をかけ、「頭になにかスキャットみたいなものが
付かないか」と要望した。渡辺はしばらく考えた末、「バンバラバンバンバン」というフレーズを思いつき、電話で伝えたところ、木村から即座に「あ、それそれそれ」という反応を得たという[vi]。歌詞でも旋律でもない、単なる擬音のスキャットが、後年に至るまでシリーズの記憶として定着し、テレビのバラエティ番組でパロディの題材にされるほど広く浸透することになった[vii]。
渡辺自身による自己分析によれば、「宙明サウンド」と呼ばれる作風の核にあるのは、マイナー・ペンタトニック(2度・6度を抜いた短音階)を基調としながら、前奏やBGMではブルーノートを効果的に用いるという、ジャズ
由来の語法である。音楽に馴染みのない読者のために補足すれば、マイナー・ペンタトニックとは、短調の音階から2つの音を抜いた5音だけの音階で、日本の民謡や演歌にも通じる、単純だが力強い響きを持つ。一方のブルーノートは、ブルースやジャズに特徴的な、正規の音階からわずかに外れた「にごり」を帯びた音を指す。西洋音楽の規則からすれば「はずれた」音をあえて紛れ込ませることで、聴き手にざらついた緊張感や危うさを感じさせる効果がある。渡辺はこの二つの語法――土着的で力強いペンタトニックと、都会的でざらついたブルーノート――を組み合わせることで、ヒーローの高揚感と、敵と対峙する緊迫感を、一つの音楽語彙のなかに同居させていたことになる。
編成面では、トランペット・トロンボーンを中心とした大人数のブラスセクションを好んで用いたという。また、東映作品の多くが詞先――歌詞が先にできあがってからメロディーをつける方式――で制作されていたことも、
渡辺は自ら証言している。詞先の作曲は制約が大きい反面、詞に「誘導される」形で独特のメロディーが生まれる面白さがあったのだという[viii]。
渡辺宙明は2022年6月23日未明、96歳で死去した。60年以上にわたって現役の作曲家であり続け、没後もそのブラスとリズムの語法は、オーケストラ編成での再演企画などを通じて演奏され続けている[ix]。
次に見るのは、渡辺と並んで「熱血系アニソンのツートップ」と称され、
東映特撮・アニメの主題歌に情熱と哀愁を吹き込んだ、もう一人の作曲家――菊池俊輔である。
[i] 「アニメ・特撮音楽の巨匠 作曲家の渡辺宙明が死去」amass、2022年6月27日。日本コロムビアが発表した訃報コメントを引用し、生年月日・出身地・学歴・デビューの経緯を報じている。
[ii] 「『マジンガーZ』や『人造人間キカイダー』を手がけたアニメ・特撮音楽の巨匠・渡辺宙明氏――宙明サウンドの秘密に迫る!」マイナビニュース、2009年12月29日、1ページ目。渡辺本人の証言による。
[iii] 同上、2ページ目。
[iv] 同上。
[v] 同上。「アニメ特撮音楽の巨匠・渡辺宙明 96歳の誕生日を記念して超緊急ドミューン生放送」SPICE、2021年8月19日。
[vi] マイナビニュース、前掲、2ページ目。
[vii] 同上。
[viii] 同上、3ページ目。
[ix] amass、前掲。没後のオーケストラ再演企画については、「『渡辺宙明音楽選2/ヒーローオーケストラ』~マジンガーZ、グレートマジンガー、太陽戦隊サンバルカン、宇宙刑事ギャバン、他」商品情報、TOWER RECORDS ONLINE、を参照。
