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第3節 橋本洋二という調停者――社会性とスポンサーの間で

円谷一が経営へと向かったのとほぼ同じ時期、番組の内容そのものに最も
深く介入するプロデューサーとして頭角を現していたのが、TBS側の橋本
洋二だった。1931年生まれの橋本は、ラジオ東京へ入社し、ラジオドラマや教育ドキュメンタリーの制作に携わったのち、1966年に東京放送映画部へ
異動する。『ウルトラセブン』の第2クールから円谷プロ作品のTBS側プロデューサーとして参加し、「タケダアワー」「ブラザー劇場」枠の作品を
手がけ続けた[i]。市川森一という脚本家を見出したのも橋本である。

橋本のこうした作風には、伏線があった。テレビに移る前のラジオ時代、
橋本は差別問題を取り上げたドキュメンタリー番組の制作に携わっており、これが後年「テーマ主義」と呼ばれることになる、社会的なメッセージ性を重視する演出方針の原点になったという[ii]

この「テーマ主義」が最も先鋭な形で試されたのが、1971年11月19日放送、『帰ってきたウルトラマン』第33話「怪獣使いと少年」だった。脚本・上原正三、監督・東條昭平によるこの回は、被差別的なマイノリティ(メイツ星人)をめぐる差別と集団心理をテーマに据えたもので、試写の段階でTBS側が「放送できない」と強く反発し、一度は放送が危ぶまれる事態に陥った[iii]

問題視されたのは、テーマそのものというより、その表現の激しさだった。当初のクライマックスは、群衆が竹槍でメイツ星人(老人に扮していた)を刺し殺すという、より残酷な描写だったが、これは上原の脚本にはなく東條昭平自身の演出判断による追加であり、子ども番組の範疇を超えるとして、老人が銃で撃たれる場面へとリテイクされた[iv]

この譲歩と引き換えに、番組は放送にこぎつけた。だが代償は、脚本と演出を担った二人に及んだ。東條はこの一件をきっかけに、年末から放送が始まった『ミラーマン』の監督に回され、ウルトラシリーズから遠ざかることになる[v]

この一件をどう評価するかは、見方が分かれる。上原と東條がその後およそ2年にわたって円谷プロ制作のTBS作品から遠ざかったことだけを見れば、橋本は局との関係を守るために現場の二人を差し出した、と読むことも
できる。だが、東條は『ミラーマン』『ジャンボーグA』というTBSの関与しない円谷プロ作品では監督を続けており、完全に仕事を失ったわけでは
なかった。上原もまた、のちに橋本自身の紹介で『シルバー仮面』の仕事を得ている[vi]。単純な「切り捨て」というより、放送を実現させるための一時的な代償という側面が、そこにはあったのかもしれない。

「怪獣使いと少年」という一話をめぐる顛末は、プロデューサーという仕事の、もっとも生々しい顔を映し出している。橋本は、テーマそのものは守りながら、その表現の激しさについては局の基準に譲歩するという、綱渡りのような調停を行った。その調停は番組を守ったが、同時に現場の二人に見えない代償を払わせてもいた。「見えない作者」としてのプロデューサーの
仕事は、しばしばこうした、誰も進んで語りたがらない取引の産物として
残っている。次節では、橋本の後を継ぐように現れた、次の世代のプロデューサーたち――阿部征司と塚田英明――に目を向ける。



[i] 加藤義彦「ウルトラマンと敏腕プロデューサー」『小説推理』2023年11月号(双葉社公式サイト「COLORFUL」、2023年11月9日)。橋本洋二への直接取材(計4回)に基づき、1931年生まれ、東京教育大学(現・筑波大学)卒業後にラジオ東京入社、ラジオドラマ・教育ドキュメンタリーの制作を経て、1966年に志願してテレビ制作へ異動した経緯を記載している。 および「橋本洋二氏インタビュー」『市川森一の世界』(日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム、2012年11月8日取材)。『ウルトラセブン』第2クールからのTBS側プロデューサーとしての参加、市川森一の起用経緯について橋本自身の証言を記載している。
[ii] 加藤義彦、前掲。橋本洋二への直接取材に基づき、ラジオディレクター時代に差別や貧困の実態を各地で取材した経験(沖縄の基地問題を扱った番組など)が、のちの脚本家たちに登場人物のリアリティーを求める作風の原点になったことを紹介している。
[iii] 上原正三へのインタビュー「対照的な2人のウルトラマン 沖縄出身の脚本家・上原正三さんが挑んだタブー」沖縄タイムス+プラス、2016年3月27日(2023年7月12日更新)。上原自身の証言として、『帰ってきたウルトラマン』第33話「怪獣使いと少年」の試写室でTBS側が「放送できない」と強く反発したこと、プロデューサーの橋本洋二が「上原の思いが込められた作品だから放送させてくれ。罰として、上原と東條を番組から追放する」と説き伏せて放送にこぎ着けたことを記している。
[iv] 上原正三へのインタビュー「対照的な2人のウルトラマン 沖縄出身の脚本家・上原正三さんが挑んだタブー」沖縄タイムス+プラス、前掲。
[v] 片野「『帰ってきたウルトラマン』のトラウマ回「怪獣使いと少年」 監督が「飛ばされた」噂は本当か?」マグミクス、2025年8月24日。「ウルトラ特撮 PERFECT MOOK vol.06」(講談社)に掲載された東條昭平自身の証言を引用し、この回をきっかけに東條が同年末から放送開始の『ミラーマン』の監督に回されたことを紹介している。
[vi] 「スーパー戦隊制作の裏舞台 上原正三」『スーパー戦隊 Official Mook 20世紀』《1975 秘密戦隊ゴレンジャー》講談社〈講談社シリーズMOOK〉、2018年、31頁。

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