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第1節 原水爆の恐怖——怪獣の身体に刻まれたもの

 劇中の冒頭、まだ核も水爆も語られないうちに、一つの古い物語が語られる。
 大戸島は、ある時期から記録的な不漁に見舞われていた。村では厄祓いの神楽が行われ、島の老漁師は、取材に来た新聞記者にこう語る——これは島に古くから伝わる海の怪物「ゴジラ」の仕業だ。ゴジラは海のものを食い
尽くすと陸に上がり、人間さえも食らう。だから昔は、若い娘を生贄として
遠い沖へ流し、ゴジラを鎮めていたのだ、と[i]。

ただし、この伝承を村の全員が文字通りに信じていたわけではない。劇中には、神楽を執り行う年長の世代と並んで、この言い伝えを取り立てて信じてはいない者たち、とりわけ若い世代も描かれている[ii]。

 第1章で、本書は次のように書いた。社会は「想像上の秩序」を必要とし、その秩序を維持するための「集団的フィクション」を生み出してきた。怪物は、その集団的フィクションの中でも最も強力な部類に属する——秩序の外にあるものを可視化し、秩序の内側にいる人々に「これを恐れよ」
「これを排除せよ」というメッセージを送り続けるからだ、と。

 大戸島の伝承は、この文章が説明する通りのことを、そのままの形で
行っている。見えない災い——不漁、海難——に、「ゴジラ」という名と
物語の形を与え、生贄という排除の儀式によって秩序を回復しようとする。これは神話でも、見世物でも、無声映画でもない。1954年に公開された、
まさにこの映画自身の中に置かれた、もう一つの「特撮の前史」である。

 ただし、ここで一つ確認しておきたい。「集団的フィクション」は、
共同体の全員が等しく信じ込んでいる神話だけを指すのではない。神楽と
いう儀礼が、信じる者と疑う者を含めた共同体全体によって、なお続け
られているという事実そのものが、集団的フィクションの作動の仕方を
示している。秩序を支える物語は、全員の心の中に等しく真実として根を
張っている必要はない。共同体が儀礼を共有し続ける限り、物語は秩序を
支え続けることができる。

 しかし映画は、この古い集団的フィクションに、長くは留まらない。
 大戸島へ派遣された調査団を率いる古生物学者・山根恭平は、巨大な足跡の中からトリロバイトと放射性物質を発見し、帰京後、国会の専門委員会で別の説明を発表する——海底の洞窟に潜んでいた侏羅紀から白亜紀の生物が、度重なる水爆実験によって生活環境を奪われ、現れたのではないか、と[iii]。

 老漁師の「海の怪物」は、ここで山根の「核実験の被害者」に置き換え
られる。迷信は退場し、科学が後を継ぐ。
 だが、置き換えられたのは説明の形式だけであり、機能ではない。老漁師の物語も、山根の科学的説明も、どちらも見えない災いに名前と形を与え、共同体に向かって「これを恐れよ」と語っている。古い集団的フィクションが、核の時代の新しい集団的フィクションに置き換えられただけだとすれば、ゴジラを「何者か」と問うこの章自体が、最初から、この置き換えの
構造そのものを問うことになる。


[i] 大戸島の伝承と厄祓いの神楽について。映画本編11~12分目。
[ii] 映画本編10分目。
[iii] 山根博士の国会専門委員会での発表について。映画本編23~24分目。


 第1節 原水爆の恐怖——怪獣の身体に刻まれたもの


 前章の終わりに、一つの問いを残した。円谷の技術と本多の記憶が一つの作品に流し込まれたとき、スクリーンの上に現れたものは何だったのか。

 その問いに答える前に、まず一つの時系列を確認しておきたい。
 1954年3月1日、アメリカがビキニ環礁で行った水爆実験により、静岡県
焼津港のマグロ漁船・第五福竜丸が「死の灰」を浴びた。乗組員23人全員が急性放射線症を発症し、無線長の久保山愛吉は同年9月23日に死亡した[i]。広島・長崎への原爆投下からわずか9年後、被爆国の人々は再び、自国の
漁船員が核の犠牲になるという事実に直面した。

 この事件から映画公開まで、8か月。
 1954年11月3日、『ゴジラ』は日本の映画館に現れた。物語の中で、太古の生物は「度重なる水爆実験」によって安住の地を追われ、東京に上陸する[ii]。事件と虚構を隔てる距離は、8か月という短さの中に圧縮されていた。


 ゴジラが核の恐怖の身体化であることは、広く共有されている解釈である。だが、どのように身体化されたのかは、確認しておく価値がある。

 ゴジラの皮膚の質感は、「魚のうろこ状」「いぼのような半球状の突起物」といった試行錯誤を経て、最終的にワニをモチーフにしながら火傷に
よるケロイドをイメージさせる「畝のあるごつごつした」表面に決まった。背びれは、粘土原型の段階から「水爆によって骨化した」イメージとして
造形された[iii]。これは後年の批評家が遡って読み込んだ象徴ではない。制作の最初の段階で、すでにそこに込められていた意図だ。

 プロローグで触れた、観客が気づくまでもなく体が先に知っていたかも
しれないという感覚は、おそらくこの設計上の事実と無関係ではない。観客の多くは、ゴジラの皮膚が広島・長崎の被爆者たちのケロイドを意識して
作られたことを、知識として知っていたわけではなかったはずだ。しかし、この映画が公開されたとき、まだ被爆者たちの傷跡は、新聞や写真の中に、あるいは知人の体の上に、生々しく存在していた。説明されなくても、
見れば分かるものがあった。

 ここまでの事実を重ねると、一つの像が浮かび上がる。ゴジラの身体
には、設計の最初の段階から、核兵器による被害の記憶——ケロイド状の
皮膚、骨化したかのような背びれ——が刻み込まれていた。そして公開からわずか8か月前に起きた第五福竜丸事件が、この身体化に切迫した現実感を与えていた。

 しかし、ここで一つの疑問が生じる。
 ゴジラが核そのものの身体化であるなら、なぜこの怪獣は終始、日本を、東京だけを目指すのか。核を生み出し、ビキニ環礁で水爆を実験したのは
アメリカである。怪獣が「核への恐怖」の体現者であるなら、その恐怖の
発生源を脅かしてもよいはずだ。だが映画の中でゴジラが上陸するのは東京である。

 この疑問は、単純な「反核寓話」という図式だけでは答えが出ない。
ゴジラの身体に核が刻まれていたとしても、その怪獣がなぜ東京を破壊
しなければならなかったのかは、別の問いとして残る。

 次節では、この疑問を手がかりに、もう一つの読みに向かう。



[i] コトバンク「第五福竜丸事件
[ii] 映画.com、「ゴジラ(1954)
[iii] ウィキペディア「ゴジラ(架空の怪獣)」ゴジラの深く刻まれた皮膚が原爆被爆者のケロイド瘢痕から着想を得たとされる点については、William M. Tsutsui, "Teaching Gojira: Godzilla in Japanese History, Folklore, Culture, and Film," Education About Asia, Vol. 29, No. 1 (Spring 2026) でも確認できる。

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