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第2節 仮面ヒーローの系譜——一つの思想が業界の共有語彙になるまで

『月光仮面』の成功は、ただちに同業他社・同じ制作者による類似企画を
呼び込んだ。しかしここで問うべきは、「正義の味方」という言葉が使われたか否かではない。第1節で確認した川内の哲学は、(a)正義そのものではなく、あくまでその側に立とうとする謙抑的な自己規定、(b)権威や体制の代弁者ではなく、その外側に立つ脇役性、という二つの構造からなっていた。この構造が、言葉の有無とは独立に、どう継承され、あるいは失われていったのかを、放送順に確認する。

まず、川内自身による直接の後続作である。『月光仮面』の劇場版を手がけた東映[i]は、仮面ヒーローものとして、川内に新たな連続テレビ映画の企画を依頼した。こうして1959年6月、『七色仮面』が生まれる[ii]。多羅尾伴内という戦後初期の人気ミステリー映画シリーズの主人公——七つの顔を持つ男——をモチーフとしたこの作品で、蘭光太郎が変身した七色仮面は、改題後の『新・七色仮面』のオープニングで、月光仮面と同じく「正義の味方、七色仮面」と名乗る[iii]。言葉も構造も、月光仮面から直接引き継がれている。私立探偵という、警察機構の外側に立つ職業も(b)の脇役性と整合的である。

「正義の味方」という言葉の拡散は、川内自身の作品群にとどまらなかった。『月光仮面』からわずか半年余り後の1958年11月、同じ宣弘社プロダクションが制作した『遊星王子』は、川内が原作者としてクレジットされていない作品である——脚本を担ったのは、当時宣弘社の社員であった伊上勝だった[iv]。この『遊星王子』もまた、主題歌の歌詞の中に「正義の味方」と
いう言葉が用いられている[v]。さらに注目すべきは構造面での一致である。地球を宇宙連邦に加えるべく飛来した遊星王子は、普段は「銀座の靴磨き・ワクさん」という、社会的に最も目立たない庶民の姿に扮している[vi]。宇宙からの来訪者でありながら、その仮の姿は権威とは対極の位置に置かれている。つまり「正義の味方」という自己規定は、言葉としても、その背後にある脇役性という構造としても、わずか半年余りのうちに、川内個人の筆を離れ、同じ制作会社内の別の書き手にまで共有される表現になっていたということになる。

一方で、この拡散には限界もあった。1960年、松下電器の単独スポンサーで東映が製作した『ナショナルキッド』は、日本でも人気を博していたアメリカの『スーパーマン』に触発された「空飛ぶヒーローもの」であり[vii]
川内やその周辺の書き手とは無関係に企画されている。この作品のオープニングナレーションは次のようなものだった——「四次元の世界を克服し、
不可能を可能ならしめ、あらゆる科学兵器より強く、正義と平和の為に
斗う、ナショナルキッド」[viii]。ここには「正義の味方」ではなく「正義のために斗う」という、より直截的な自己規定が採用されている。この言葉の違いは、単なる言い換えにとどまらない。ナショナルキッドの仮の姿である旗竜作は、宇宙研究所の所長を務める青年科学者であり[ix]、周囲から
「先生」と慕われる社会的エリートとして描かれている[x]。これは体制の
外側に立つ脇役ではなく、体制と並び立つ権威としての位置づけである。
つまりナショナルキッドにおいては、「正義の味方」という言葉の不在と、権威的なキャラクター構造とが、正確に対応している。ここでは言葉と哲学が、乖離ではなく、一致した形で川内の型から離れている。

もっとも示唆的な事例は、1962年から1965年にかけて、月光仮面と同じ
宣弘社プロダクションが、しかも月光仮面の生みの親である小林利雄・西村俊一の原作、伊上勝の脚本という、ほぼ同一の制作陣によって世に送り出した『隠密剣士』である[xi]。この作品は覆面のヒーローものではなく、公儀
隠密・秋草新太郎が忍者集団と戦う時代劇である[xii]。主題歌「江戸の隠密渡り鳥」の歌詞には「正義」という言葉こそ繰り返し現れるものの、「正義の味方」という定型句そのものは一度も使われていない。

しかし劇中、秋草新太郎は自らが戦う理由について「私が守るのは将軍家でもなければ徳川の権力でもない。この世の中に生きる民百姓の安らぎを守るため」と語っている[xiii]。公儀隠密という、幕府に仕えながらもその功績を公にできない匿名の存在でありながら、戦う理由を体制そのものではなく
民衆に置くこの発言は、(b)の脇役性・非権威性という構造を、「正義の味方」という言葉を失った後もなお保持していることを示している。同じ
制作陣が手がけた作品でありながら、ジャンルが変身ヒーローものから時代劇へと移った途端に消えたのは、「正義の味方」という言葉であって、その背後にある哲学の骨格ではなかった。

こうして整理すると、1958年から1966年にかけての8年間で起きていたことが見えてくる。「正義の味方」という言葉の有無だけを追えば、この8年間は思想の希薄化の物語に見える。しかし言葉の背後にある構造——謙抑性と脇役性——に着目すると、異なる像が浮かび上がる。七色仮面と遊星王子は言葉も構造も継承し、ナショナルキッドは言葉も構造も同時に手放し、隠密剣士は言葉を失いながら構造だけを保持した。「正義の味方」という言葉は、川内の哲学を運ぶ器の一つではあったが、唯一の器ではなかった。

1966年7月、『ウルトラマン』が登場したとき、この8年間の蓄積はすでに
視聴者の中に一つの土壌として存在していた。科学特捜隊の隊員たちが
「正義」を体現するのではなく、あくまで怪獣という圧倒的な脅威に立ち
向かう「人間」として描かれ、ウルトラマン自身もまた、科学特捜隊の
ハヤタ隊員という組織内の個人に宿りながら、その指揮系統には属さず、
事態を収拾すればすぐに姿を消す「味方」として——支配者としてでも、
組織の一員としてでもなく——振る舞うという構図は、まったくの無から
生まれたものではない。むしろそれは、月光仮面から隠密剣士に至る8年間の試行錯誤の中で、言葉としても構造としても、最も純度高く川内の哲学を継承した到達点として位置づけることができる。

もっとも、この土壌を用意したのは、宣弘社や東映といったテレビ映画の
世界だけではなかった。ウルトラマンという神話を実際に設計した円谷プロダクションは、まったく別の場所——東宝という映画会社の内部対立——
から生まれた組織である。次節では、この円谷プロの成立過程を見ていく。



[i] 講談社編『キャラクター大全 特撮全史―1950~60年代 ヒーロー大全』講談社、2017年、20頁。
[ii] 『月光仮面』(1958年 - 1959年、KRT)の川内康範が、七つの顔を持つ男・多羅尾伴内をモチーフにして作り上げたといわれる。1959年(昭和34年)6月3日から1960年(昭和35年)6月30日まで、連続ドラマとしてNET系で放映された。全57話。ただし、1960年1月7日の放送分から『新・七色仮面』と改題されている。『’60年代 蘇る昭和特撮ヒーロー』株式会社コスミック出版、2013年、40頁。
[iii] 『新・七色仮面』オープニング。
[iv] 『’60年代 蘇る昭和特撮ヒーロー』25頁。
[v] 『遊星王子』オープニング主題歌「遊星王子の歌」。
[vi]遊星王子」宣弘社公式サイト。ふだんは街頭で靴磨きをしているワクさんは、じつは宇宙からやってきた遊星王子の仮の姿。悪の暗躍を察知すると、遊星王子の姿となり、悪者と戦う。
[vii] 1960年(昭和35年)8月4日から1961年(昭和36年)4月27日まで日本教育テレビ(NETテレビ:現・テレビ朝日)系で放送された東映製作の特撮番組。『’60年代 蘇る昭和特撮ヒーロー』68頁。
[viii] 同上。
[ix] 同上。
[x] 『ナショナルキッド』第1話で、旗竜作は、先年物故した世界的権威の科学者・旗まさちか博士の孫で、研究所に出入りしている子供たちからは「先生」と呼ばれ親しまれていて、国会の円盤対策委員会に専門家として招かれることが描かれている。
[xi] 1962年(昭和37年)10月7日から1965年(昭和40年)3月28日までTBS系で全10部(計128話)に渡って放映された宣弘社プロダクション製作による大瀬康一主演の連続テレビ時代劇。『’60年代 蘇る昭和特撮ヒーロー』74頁。
[xii] 同書74-77頁。
[xiii] 同書77頁。

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