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第1節 中島春雄という開拓者――怪獣の身体を発明する

1954年、まだ「怪獣映画」というジャンルそのものが存在しなかった時代に、中島春雄は東宝の大部屋俳優として「G作品」という仮タイトルの台本を渡された[i]。台本をくれた演技部の課長に聞いても、監督に決まっていた本多猪四郎に聞いても詳細は分からず、本多からは「円谷さんのところに
行ってくれ」とだけ告げられたという。円谷英二のもとを訪ねた中島に
手渡されたのは、絵コンテが十数枚あるだけだった。「どうなるか俺も
わからない、キャラクターができて、お前が入って動いて初めてわかる。
それから作戦を練る」――円谷はそう告げたと中島は証言している[ii]

参考として渡された『キング・コング』(1933年)のフィルムを見ても、
中島はイメージをつかめなかった。そこで仕事の合間を縫って上野動物園に日参し、象や熊の動きを観察することを自らの判断で始めた[iii]。「エテ公(猿)は参考にならなかったが、象や熊は非常に参考になった」と中島は
述懐している。「脇を開かず、つま先を蹴り上げて、足の裏を見せない
ように歩く」という中島独自のゴジラの歩行法、そして膝を曲げて重心を
落とし、体を前傾させることでゴジラの目線を作るという工夫は、こうした自主的な調査の産物として確立された[iv]。円谷から与えられたのは「参考
資料と大まかな方向性」のみであり、具体的な身体言語の設計そのものは
中島の裁量に委ねられていたことになる。

この経緯を三層構造で捉え直すなら、(a)円谷がスーツアクターという
前例のない職能に「動きの設計そのものを一任する」という判断を下した
こと、(b)中島自身が現場の裁量の中で動物観察という方法論を自発的に選び取ったこと、(c)約100キロという重量のスーツの物理的制約が、下駄から長靴への変更、脇・股への「マチ」の縫い込み、踵への木製ヒールの挿
入といった、身体を役に合わせて作り替えていく試行錯誤を要求したこと――という、意図・裁量・制約の三つの力学が同時に働いていたことになる[v]

『ゴジラの逆襲』以降、新しいゴジラが作られるたびに中島自身が試着して転げ回り、動きにくい部分を実地に洗い出していったという経緯は、この
身体技法が机上の設計ではなく、現場での反復によって鍛え上げられたものであったことを示している。腰のひねりで尾を動かす技法を編み出し、
「怪獣の尻尾を中から動かせるのは僕だけですよ」と語った中島の言葉は、この試行錯誤が単なる我慢比べではなく、一つの身体技法として体系化されていったことを裏づける[vi]

もっとも、中島の功績を「天才的な個人の発明」という物語だけに還元することには、二重の留保が必要である。第一に、中島自身が繰り返し語って
いるように、動きの発想の出発点は円谷から与えられた参考資料(キング・コングのフィルム)であり、中島の独創はそこからの「逸脱」として生まれている。ゼロからの発明というより、既存のモデルを批判的に検討した末の再設計というべきだろう。第二に、より重要な点として、中島の引退後も
ゴジラ像は薩摩剣八郎をはじめとする後継のスーツアクターに引き継がれ、「中島的なゴジラ」の身体言語―脇を締めた歩行、重心を落とした前傾
姿勢―は個人を離れて継承可能な様式として存続しているように見える。
もし中島の身体表現が純粋に個人の資質や工夫のみに依存するものであったなら、これほど円滑な継承は起こり得なかったはずである。中島が確立したものは、一回性の名演技ではなく、他者に伝達・模倣可能な「型」として
結晶化していたことになる。この「型」という論点―そして、それが能・歌舞伎における型の概念とどこまで接続しうるかという問い―は、第4節で
改めて取り上げる。

なお、この黎明期にはまだ「スーツアクター」という呼称そのものが存在していなかったことにも触れておく必要がある。中島は自らの仕事を、演技部所属の「俳優」としてこなしながらも、台本もろくに与えられないまま体
一つで役を作り上げるという、既存の職能区分のどこにも収まらない働き方を強いられていた。通常、監督が俳優に求めるのは、すでに存在するキャラクター像をどう演じるかということである。しかし円谷が中島に求めたのは、そもそもゴジラという存在がどう動くべきかという、誰も答えを持っていない問いそのものへの回答だった。俳優が演じ方を教わるのではなく、
自分で演じ方自体を一から作り出す―このような仕事に対応する呼称も
評価軸も、当時の映画界にはまだ存在していなかった。次節で見る「俳優か技術者か」という職業的アイデンティティをめぐる問題は、すでにこの黎明期の状況の中に、その萌芽を見出すことができる。



[i]「元祖」ゴジラ・スーツアクター中島春雄」nippon.com。2014年7月23日。
[ii] 同上。
[iii] 同上。
[iv] 同上。ウィキペディア「中島春雄」。この記事は、中島春雄『怪獣人生 元祖ゴジラ俳優・中島春雄』洋泉社、2010年、146–155頁を典拠としている。
[v] 「俺とゴジラ」第四回 ゴジラ俳優 中島春雄氏(前編)、GODZILLA STORE。2015年8月17日。
[vi] ウィキペディア「中島春雄」。この記事は、中島、前掲、146頁を典拠としている。

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