第1節 ゴレンジャー、あるいは「個」から「集団」への回答
前章の結びで、本書はこう問いを立てた。仮面ライダーが体現した「怪物性を引き受け、その力を何のために使うかを選び続ける」という重荷を、一人ではなく複数の人間で分かち合うことはできないのか、と。この問いへの
最初の回答が、1975年に姿を現す。5人の男女が、それぞれ異なる色の
スーツをまとい、揃って名乗りを上げるヒーロー像――『秘密戦隊ゴレンジャー』である。
なぜヒーローは5人でなければならなかったのか。この問いに答えるためには、まず、5人という編成そのものが、周到な設計から生まれたものではなく、いくつもの偶然と、一度は葬られた企画の蘇生から生まれたものだったという事実を確認しておく必要がある。
第1節 ゴレンジャー、あるいは「個」から「集団」への回答
ゴレンジャーの出発点は、スーパー戦隊という新しいジャンルの創造では
なく、仮面ライダーシリーズの新企画として立てられた、一つの企画にあった。5人の仮面ライダーがレギュラーとなる「5人ライダー」という企画である[i]。しかし、この案は、仮面ライダーシリーズに初期から携わってきた
毎日放送映画部長の庄野至によって、「ヒーローは一人であるべき」という理由で却下された[ii]。「スターの競演はそのときこそ盛り上がるものの、
終わってしまえば消沈してしまう」という、かつて東映時代劇のオール
スター作品が辿った衰退への警戒感も、この却下の背景にあったとされる[iii]。5人という編成は、この時点でいったん、お蔵入りになっている。
この企画が息を吹き返したのは、誰かが5人ヒーローの可能性を再評価したからではない。1975年4月、関西地区での準キー局の組み替え、いわゆる「腸捻転解消」に伴うネットチェンジにより、NET(現・テレビ朝日)は
仮面ライダーシリーズの放送権そのものを失う事態に陥った[iv]。人気番組の枠を突然失ったNETは、東映に代替企画を至急求めた。そこで急遽引っ張り出されたのが、一度は却下されて眠っていた「5人ライダー」案である[v]。つまり、5人ヒーローという発想が実現したのは、その企画が優れていたと再評価されたからではなく、放送局の編成という、内容とは無関係な外部
要因によって、たまたま棚から下ろされたからだった。仮面ライダーの顔や変身儀式が、周到な設計ではなく事故と制約の積み重ねから生まれたのと
同じ構造が、ここでも繰り返されている。
原作者は『仮面ライダー』と同様に石森章太郎(後の石ノ森章太郎)に決まる。石森は、「5人のヒーロー集団」という設定にあたり、複雑なデザインを避け、あえて一目でわかるシンプルなヒーロー像を採用した。カラーテレビの時代を反映させつつ、かつて東映が手がけた『仮面の忍者 赤影』と同様に、色で個性を強調する手法である[vi]。五色の集団ヒーロー「ゴレンジャー」は、こうして誕生した。
「5人」という数そのものについては、東映社内には「3人は少なく、4人は縁起が悪い。7人は多すぎる」という、いわば消去法的な感覚もあったと
される[vii]。5人というチーム編成は、緻密な理論から導かれた最適解ではなく、きわめて実務的な選択だったのである。
もっとも、ここで一つ、慎重な留保を挟んでおかなければならない。ゴレンジャーは、しばしば「集団変身ヒーローの元祖」として語られる。しかし、複数の人間がチームを組んで戦うヒーロー像そのものは、ゴレンジャーの
発明ではない。テレビアニメでは1972年の『科学忍者隊ガッチャマン』が、実写作品でも同年制作の『トリプルファイター』が、すでに集団ヒーローという形式を先取りしていた[viii]。ゴレンジャーが切り拓いたのは、「集団
ヒーロー」という発想そのものではなく、変身後の姿をそれぞれ色分けしたスーツにして、名乗りポーズや必殺技において、メンバーの動きをシンクロさせて描くという、様式化の水準においてだった。
いいかえれば、ゴレンジャーの功績は、「個のヒーローから集団のヒーローへ」という発想の転換を初めて成し遂げた点にあるのではない。すでに
アニメ領域で試みられていた集団ヒーローという形式を、実写・色分けの
視覚記号・玩具展開・そして名乗りという儀式的な身体動作と結びつけ、
一つの安定したジャンル文法へと鋳直した点にこそ、ゴレンジャーの独自性はあった。この点は、前章で見た仮面ライダーの「孤独なヒーロー」という様式が、『タイガーマスク』という先行例の型を特撮の枠組みに移し替えたものだったという結論と、同じ構造を持っている。仮面ライダーもゴレンジャーも、ゼロからの発明ではなく、既存の型の大胆な再配置によって、それぞれのジャンルを確立したのである[ix]。
[i] 堤哲哉、加々美利治、池田誠、平山賢司(著)、岩佐陽一(編)『仮面ライダーX・アマゾン・ストロンガー大全』講談社、2004年、196-197頁「平山亨×内田有作 対談」。ウィキペディア「スーパー戦隊シリーズ」は、これを典拠としている。
[ii] 同上。
[iii] 同上。
[iv] 村上聖一「民放ネットワークをめぐる議論の変遷──発足の経緯、地域放送との関係、多メディア化の中での将来」『NHK放送文化研究所年報』54号、2010年、30頁。
[v] ウィキペディア「スーパー戦隊シリーズ」。
[vi] ウィキペディア「秘密戦隊ゴレンジャー」。『スーパー戦隊 Official Mook 20世紀 1975 秘密戦隊ゴレンジャー』(講談社、2018年)4-5頁を典拠としている。
[vii] ウィキペディア「秘密戦隊ゴレンジャー」。『秘密戦隊ゴレンジャー大全集 : ジャッカー電撃隊』講談社、1988年、236頁を典拠としている。
[viii] 変身ヒーローでない作品を含めれば、1964年から1966年にかけてテレビ放送された『忍者部隊月光』という例もある。
[ix] 本書第9章第5節(仮面ライダーの様式的起源とタイガーマスクとの関係)を参照。両者に共通する「型の再配置による様式確立」という構図は、本章筆者による整理であり、「根拠ある推論」の水準の解釈である。
