第7節 作家監督の時代と庵野秀明
前節で見た職人監督たちが、自らの個性を作品全体のブランドより優先し
ないという職業倫理のもとに立っていたとすれば、庵野秀明はその対極に
立つ。庵野にとって特撮の古典を手がけることは、原作への奉仕である以上に、自らの作家性を刻み込む行為そのものだったからである。
庵野の特撮との関わりは、職人監督たちのように撮影所の助監督から始まったのではない。大阪芸術大学在学中、庵野は「DAICON FILM」という自主
制作集団の一員として、SF大会のオープニングアニメーション「DAICON III」「DAICON IV」の制作に参加する。この一連の自主制作活動の中で、『帰ってきたウルトラマン』への愛惜を込めたパロディ作品なども手がけ、DAICON IVに先立つ自主映画『愛國戰隊大日本』では特技監督としてクレジットされている[i]。つまり庵野が特撮というジャンルに足を踏み入れた最初の場所は、東宝や円谷プロ、東映といった業界の内部ではなく、既存の特撮作品への愛情から生まれたファンによる自主制作の現場だった。これは、
本章でこれまで見てきた脚本家・監督たちの誰とも異なる出自である。
1988年、庵野は『トップをねらえ!』で商業アニメ監督としてデビューし、1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』で社会現象を巻き起こす[ii]。その庵野が実写特撮に本格的に取り組んだのが、2016年の『シン・ゴジラ』である。総監督・脚本を庵野が務め、第5節で見た樋口真嗣が監督・特技監督を兼任するという体制のもと制作されたこの作品を皮切りに、2022年の『シン・
ウルトラマン』、2023年の『シン・仮面ライダー』へと、庵野は「シン」を冠した特撮三部作を手がけていくことになる[iii]。
これらの作品を、本多猪四郎の反戦・人道主義の系譜を継ぐものとして位置づける見方は、批評として十分に成り立つ。しかし、庵野自身の証言に基づいてこの系譜を直接的な影響関係として断定することには、注意が必要である。庵野自身がインタビューで繰り返し語っているのは、DAICON FILMの
自主制作活動を通じて培われた、『帰ってきたウルトラマン』をはじめと
する円谷作品への愛惜である。
もっとも、本多・円谷の初代『ゴジラ』への言及がまったく確認できないわけではない。『シン・ゴジラ』の完成報告会見(2016年7月19日)で庵野は、怪獣映画の完成度・素晴らしさは初代『ゴジラ』に集約されていると
述べ、怪獣映画は初代ゴジラがあれば十分だと考えて当初は東宝のオファーを断ったものの、初代ゴジラの面白さ・衝撃に少しでも近づきたいという思いから、最終的に監督を引き受けたと証言している[i]。
またゴジラの造形を担当した美術家・竹谷隆之によれば、庵野は打ち合わせの席に初代ゴジラのフィギュアを持参し、「初代へのリスペクトにしたい」と伝えたという[ii]。
ただし、これらはいずれも『シン・ゴジラ』という特定作品の制作にあたっての職業的な参照点としての言及であり、円谷作品について繰り返し語られてきたのと同種の、幼少期からの個人的な思い入れとしてゴジラからの影響を語った発言は、管見の限り確認できない。庵野が『シン・ゴジラ』を手がけるに至った道筋は、本多の後継者としての自覚から出発したというより、
円谷作品への少年期の愛惜を土台としながら、制作にあたって初代ゴジラという円谷プロの外側にあった特撮の古典への敬意を新たに獲得していった
経路として理解する方が、確認できる証言に忠実だろう。
「シン」三部作が原作への再解釈として一様に歓迎されたわけではないことも、付け加えておく必要がある。『シン・ウルトラマン』については、第13章第4節で見た通り、成田亨の遺族が、長らく円谷プロとの間で緊張関係にあった成田のデザインコンセプトを、この作品が正統に位置づけ直したことに感謝を示している[i]。
これに対し『シン・仮面ライダー』の公開時には、仮面ライダーの生みの親の一人である平山亨の息子・平山満が、2023年4月5日、「SNSなど不特定多数の方に目に触れる場でのネガティブな書込みは、お控えいただきたい」とSNS上で呼びかけ、賛否を呼ぶ波紋を広げている[ii]。この発言の当否について本稿が判断を下すことはできないが、庵野による再解釈が、特撮ファンの間でも一様に受け止められていたわけではないことを示す事例として、記録しておく価値があるだろう。
職人監督たちが東映・円谷という組織の内側で肩書とともに継承されていったのに対し、庵野は業界の外側、ファンという立場から出発し、やがてその古典そのものを書き換える立場に至った。本多と円谷が築いた本編監督・
特技監督という分業の形(第5節)も、庵野の『シン・ゴジラ』では樋口
真嗣という一人の作り手の中に再統合されていた。個人の刻印を作品の
ブランドより優先しないという職人監督の倫理と、個人の刻印そのものを
作品の核心に据える作家監督の倫理――この二つの極のあいだに、特撮を
演出してきた者たちの百年近い歴史は広がっている。次節では、この章全体を振り返りながら、脚本家・監督という「見えない作り手」たちの系譜を、もう一つの角度からまとめる。
[i] 「日本のアニメを変えた『宇宙戦艦ヤマト』で育った作り手が結集した『超時空要塞マクロス』、そして『風の谷のナウシカ』【庵野秀明監督が語る】」文春オンライン。
[ii] ローランド リチャード「「エヴァンゲリオン」庵野秀明監督のアニメ人生を探る」リッキーレポート、2014年10月28日。
[iii] 「シン・ゴジラ」映画.com、前掲。
[i] 「『シン・ゴジラ』―庵野秀明が今の日本でゴジラ映画を作る意味」nippon.com。
[ii] 「庵野秀明、エヴァからゴジラへ創造の裏側~『シン・ゴジラ』を作った男たち」シネマトゥデイ。
[i]「「シン・ウルトラマン」のデザイン発表に寄せて」映画『シン・ウルトラマン』公式サイト、2019年12月12日。成田亨の子息・成田浬による寄稿。庵野秀明監督から油彩画『真実と正義と美の化身』の映画化を望む旨伝えられた際の心情と、父・成田亨のデザインコンセプトへの敬意を述べている。
[ii] 「『シン・仮面ライダー』が苦戦――庵野秀明氏にパワハラ批判、関係者の異例ツイートで波紋」cyzo woman、2023年4月6日。
