ガレよふたたび @サントリー美術館 Vol.3
最終編となります。
Vol.1、Vol.2はこちら。
🔴没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ

🔷第3章
1900年、世紀のパリ万博
1900年のパリ万博は、フランス史上、最も華やかな国際舞台となりました。しかし実際には、地方都市には何の利益ももたらさないといった反対の声もあり、このとき中心となって声を上げた都市のひとつがガレの故郷ナンシーでした。この頃のガレは、もはやナンシーの一市民であるだけでなく、フランスを代表する装飾芸術家としてパリでの地位を固めつつありました。1894年に起きた冤罪事件「ドレフュス事件」におけるドレフュス擁護派としてのガレの急進的な振る舞いも、ナショナリズムが沸き起こるナンシーでは反感を買った一方、パリでは好意的に受け入れられ、故郷ナンシーと国際都市パリの間で、ガレは精神的重圧に苦しみました。
こうした状況で挑んだ1900年のパリ万博でガレは、特にガラス作品において、造形的にも観念的にも、観る者の心を震わす独自の世界観を展開しました。本章では、ガラスと家具の部門でグランプリに輝いた1900年パリ万博の頃の作品を中心に、ガレの傑作の数々をご紹介します。

ムラサキシタバ

ホウジャク


ムラサキシタバ(カトカラ・フラキシニ) 👈出典:wikipediaより引用
ホウジャク(ハチドリガ)👈出典:wikipediaより引用
※マルケトリ
マルケトリ(marquetry)とは、木や宝石などの素材をカットしてはめ込んで模様を作る細工の技法です。フランス語で「寄木細工」を意味し、芸術や工芸の世界では古くから用いられています。






※アイリス(アヤメ属)👈出典:wikipediaより引用
アヤメ科アヤメ属の多年草で、春から初夏にかけて開花する花です。さまざまな色があり、花言葉には「希望」「友情」「信じる心」などがあります。
※マルケトリ(marquetry)
木や宝石などの素材をカットしてはめ込んで模様を作る細工の技法です。
フランス語で「寄木細工」を意味し、芸術や工芸の世界では古くから用いられています。



※イヌサフラン👈出典:wikipediaより引用



※おだまき 👈出典:NHK出版より引用
※エングレーヴィング👈出典:wikipediaより引用






※溶着
樹脂や非鉄金属を熱で溶かし、圧力をかけて接合する加工技術です。融着や熱接着とも呼ばれます。



どう見ても、作者は日本人では?と思ってしまいますね。
枯葉が舞い落ちるさま、日本人的な「もののあわれ」をこの壺に表し、「過ぎ去りし苦しみの葉」の詩を刻んでいる。
















※エッチング
酸やアルカリ、イオンなどの腐食性を利用して、金属やガラス、半導体などの表面を加工する技法。
※パチネ
パチネ(Patiné)とは、ガラスの表面に色ガラスの粉末や顔料を含んだ液を塗り、錆色などにくもらせるガラス工芸の技法。
※曜変
焼成して変化してできる模様。































出典:楽天
※象嵌
地となる素材に異質な素材をはめ込んで模様を表す工芸技法。
東洋の影響がかなり色濃い作品。







※こうほね 👈出典:Wikipedia


斜め上から撮影




🔷エピローグ 栄光の彼方に
1900年までの成功の裏側で、その準備に疲弊し、社会問題のなかで戦い、故郷ナンシーでは名声ゆえの反発を買うこともあったというガレ。
新しい世紀を迎えた1901年あたりから、彼は療養を繰り返すようになりました。
そして1904年9月23日、白血病によってその人生に幕を下ろします(享年58)。
ここでは、ガレの最晩年にあたる1901年からの4年間、おそらく死を覚悟していた彼の心情と、独自の芸術のために奔走し、その人生を捧げた、ガレの集大成とも言える作品をご覧いただきます。






🟥ランプ ひとよ茸
最後に、最高傑作のひとつとされる「ランプ ひとよ茸」をたっぷりとご鑑賞ください。






◩あとがき
今回、ガレの多くの作品に出会えてとても幸運であった。
初期の作品から年譜を追って観て来たが、作品の底流にあるのは「生きとし生けるもの」が持つ、もののあわれ、儚さ、なのだろう。
植物の花は咲き誇り、茎や葉、蔓など生き生きと生い茂るが、いずれは朽ち果てる。
「我が根源は森の奥にあり」という言葉を家訓のようにして、森をスピリチュアルで秘密めいた生命の神秘が生ずる場所と捉えていたとされるが、作品だけでなく、これこそがガレの人生観、死生観そのものなのだ。
日本人が平安の時代より尊び、江戸時代になって本居宣長に紐解かれた「もののあわれ」。
我々日本人が日常文化の中で脈々と受け継ぎ大切にしてきた物と合い通ずるからこそ、ガレはこうして多くの支持を得ているのだろう。
晩年、人間としての業を重ねて来て、行き着いた先で待っていたのは不治の病。
悟りとも取れる人生観、死生観をもってしても、年齢からしたら、まだまだ描きたい物がたくさんあった筈だ。
晩年の大作、「ひとよ茸」には、儚い美しさという事に目が行きがちだが、そこには、自らの人生をデフォルメし、生きる、生きたいという思いを鎮めるかのように、輪廻転生への思いが込められていたのだ。
事実、茸の菌糸は翌年にはまた新たな命として地表に現われるのである。
アールヌーヴォーの作品は、どれも機微に富んだ素晴らしい作品が揃っているが、ウェッティーな性質ゆえに生活の一部として、そこかしこに、もしも置かれていたとしたら、次第に煩く感じてしまうのではないかと思う。
それは、そのあとに来るアールデコのすっきり、そしてくっきりとした作風がその反動から生まれたことから想像するに難しくない。
Aマイナーの曲調ばかりでは、人間疲れてしまう。
時としてC調も聴きたいと思うのが私のような常人の心理だろう。
最後に、
彼がパリに出た時に食べたであろうモンブランケーキ。
苦味が利いてボディーのしっかりした粗挽きマンデリンをペーパードリップで愉しもうではないか!
まったりと舌にまとわりつくマロンクリームをコクのあるコーヒーで流し込み、ガレへの想いを馳せるとしよう。

FIN

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