安楽死キボンヌの女チー牛

しりとりをしていたら自分の知らない単語を言われまくってムカついて離婚するとこだったみたいなこと書いてる女の人がいて、男側が私すぎるなと思った。私も高校生の頃、全く同じことを言われたことがある。

家族で実家に帰省する車内で、母親、私、姉、弟でしりとりをしていた。世界史専攻だったので世界史の単語を言いまくっていたら、
「えーずっるー、そんな単語存在するかわからないのに」
と母親に言われ、あからさまにイライラされた。
卑怯も何も、教科書に出てきた単語を言っているので確かにアケメネス朝ペルシアもマロロス共和国もランカスター家もイッソスの戦いも存在する(した)し、あなたの頭の辞書にないというだけで「存在するかわからないので卑怯」という言い分こそ卑怯ではないかと思った。思っただけで言わなかったけど。

私の言い分を理解してくれる存在は父親くらいしかいない。同じようにアスペっぽい父親であれば全面的に容認してくれたはずだがその時はいなかった。母親に反論したところでお前は意地が悪いだの人格を罵られて終わりである。
母親はこのようにごく一般的な女である。自分の常識的な感性を波立てるものを認めない。私が女の形をしているから母親は逐一文句を言い、矯正しようとし、実際に私のアスペ的性格(診断されてないので断定はできない)は矯正されまくって今日に至る。

大人になって、しりとりで共通言語でないワードを使う女はほとんど存在しないと思うが、男はかなりの割合で平然とこのような手も使うと思う。矯正されなかった世界線の私のまま社会に出て働いている。そのままインターネットで声高に意見を言う。
私を矯正しようとしてきた人間は母親だけではない。関わってきたほぼすべての女に「人間の気持ちを理解しろ」「自己中なままでいてはいけない」という圧をかけられて生きてきた。

私が男だったらここまで社会的動物でいなくても居場所はあっただろうし、「これだから女さんは!」とか言えたことだろう。本来私にもこれだから女さんはという思考回路しか存在しなかったのに、社会性で自制して頑張って繋がらないようにしているに過ぎない。私が口にするすべての社会性を伴った言葉は私の心由来のものではなく、宗教の教典を読み上げているうちに板についただけである。

しかし正確に言えばこれだから女さんはというのは間違っていて、なぜならアルファオスも社会性を伴うからである。アルファオスも自己中な奴というものを許さない。しりとりで知らない単語を使う奴がいたら咎めるだろう。
しかし知らない単語を使うアスペ男は絶対に駆逐されることはなくて、必ず一定数は存在する。というか完全に社会性の塊のような男だけがアルファオスと呼ばれ、それ以外はうっすら全員自己中なアスペである。サリーとアン問題を机上では解けても現実では解けない、解かなくて許される奴らである。

なぜ女アスペは駆逐されて男アスペ駆逐されないのだろう?絶対数の違いだろうか。社会的な免罪があるかどうかなのだろうか。安楽死キボンヌの人間はアスペ女の割合が高すぎると話題になったが、アスペ女は死ななくてはならなくて、アスペ男は堂々と生きていけるなら、外見もチー牛に生まれた方がいっそマシだったのではないか。

「モテない」などという悩みなどマジでどうでもよくて、そんなこと言ったらアスペ的性格の女こそモテない。そんなことよりも、普段の思考とか、挙動とか、しりとりとかいう遊びでさえ一挙手一投足をすべて否定されるのがアスペ女の人生である。お前の存在は、やり方は世界に受け入れられないという怒られから人生がスタートし、教育(洗脳)が終わる頃には思考回路、細胞ごと入れ替えた割に平均より不器用な人間としてどこか浮いて蔑まれ生きていかねばならない。割に合わない人生。性別ガチャさえ外さなければ、健常者ガチャさえ外さなければこうはならなかった。それは死にたくもなるわ。

来世はせめてチー牛に生まれられますように⭐︎

おしまい

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